第9話

 ギルドにいる冒険者の数も段々と少なくなって来ていた昼ごろ、受付で一休みしていた俺に、リアさんが一枚の依頼書を持ってきた。


「……?何かあったんですか?」


「さっき言ってた、余ったクエストですよ。今日は遠出の冒険者さん達が多いですし、折角ならマワル君に行ってきてもらおうかなと思いまして」


 受け取った依頼書を読んだところ『孤児院のお手伝い』と書かれている。少しだけ条件が書かれているものの、俺はその条件を全て満たしていた。……ふむ、確かに初依頼としてはうってつけかもしれない。外に出なくていいし。


「依頼料は相場以上ではあるんですけど、稼ぎとしてはあんまりなのでいつも余ってるんです」


 本来、余った依頼はギルド職員が可能な限り受けるのが基本ではあるものの、このギルドは人手不足……と言うか、リアさん以外に職員が居なかったため、ずっと放置せざるを得なかったらしい。


「言ってた通り、危ない依頼は本当に回ってこないんですね」


「討伐依頼なんかは直ぐに無くなることが多いので、 私達には危険な依頼は回って来ませんよ……殆ど」


 ……最後の言葉が凄く引っかかる。そこは断定して欲しいところではあるが、絶対はないのがこの世界だ。多少危険な依頼が余ることもあるのかもしれない。口振り的に滅多にないんだろうけど。


「とにかく、俺はこの依頼をこなしてこれば良いんですか?」


「はい。一応、昨日の内に依頼主の方には連絡してあるので、依頼書と冒険者カードだけ忘れずに行ってきてください」


 仕事早過ぎない?と言うか、昨日の内からここまでの予定を建てるって出来る女すぎる。


「これが、キャリアウーマンっ……!」


「あはは……そんなに褒めても何も出ませんよ?」


  クッ!照れる仕草も清楚な雰囲気に溢れてやがる……!……会長も見てくれは清楚なんだから見習おうね。


「依頼書には孤児院の運営って書いてあるんですけど、具体的には何するんですか?」


「主な仕事は孤児院の子供達の世話です。ご飯作ったり、子供達と遊んだり、ですね」


 仕事の内容を聞いた俺の頭の上に疑問符が浮かんだ。仕事の内容にしては、あまりにも報酬が破格だったからだ。


「……何か報酬が高い気がするんですけど」


 依頼書に書かれた報酬は銀貨五枚。子供の世話をするだけでこんなに貰えるのは、ちょっと意味がわからない。


 確かにパーティーとして受けるのなら割がいいとは言えないだろう。しかし、今日受付で見た人達の中にはソロで、尚且つ初心者っぽい人達も沢山いた。初心者にとって、報酬が高く安全な依頼は貴重な筈だ。


 だって、討伐依頼で一番報酬が安い奴は『ジャイアントラットの討伐』で、二匹銅貨四枚とかだったんだぜ?命の危険があるのに、あまりにも報酬がしょっぱい。……だが、そんな依頼ですら誰かが持って行っているのだ。


 それを踏まえて考えると、ちょっとこの依頼は異質すぎる。……根拠は先程説明したものしかないが、俺の勘がこれは駄目だと訴えている。因みに俺の勘はよく当たる。的中率脅威の九割だ。


「この依頼には、他の冒険者さん達ががあるんじゃないですか?」


「……。……無いです」


 そう言うなら、目を逸らさないで欲しい。と言うか、発言の前に若干の躊躇いがある時点で、何かあるって言ってるようなものだと思う。


「_______俺って、前の世界では行くところ行くところに変人が居て、そいつらに何時も辛酸舐めさせられてきたんですよ。因みに、この世界でも初日に幼……ギルドマスターに早々とエンカウントしました」


「そう、ですか……」


 だから、何でそんなに目を泳がすのだろうか。という、その目の泳ぎようは立派な肯定だと思うから、さっさと認めて欲しい。


「リアさん」


「はい」


 俺はリアさんの目をまっすぐ見ながら、依頼書をリアさんの方へとスっと移動させる。


「______お断りしても良いでしょうか?」


「______ダメです」


 笑顔で俺が嘆願を却下したリアさんは、ズイッと依頼書を俺の方へと突き返してくる。流石はBランク、断ったら酷い目に会うのが分かるレベルの圧を纏ってやがる……!


「因みにですど、どのくらいヤバいですか?」


 歯向かったところで一方的な蹂躙が待っていることを悟った俺は、覚悟を決めて対象の脅威度を確認することにした。


「どの位って言われましても……」


 俺の問いを受けたリアさんは困った顔をしながら、結った髪をクルクルと手に巻いている。


「冒険者のランクに合わせて例えて下さい」


「……ふ、普段は良い人ですよ?子供たちにも優しいですし、案外人当たりも良くて______」


「_______リアさん、俺の元の世界での経験則を教えてあげます。______普段がマトモな人間でも狂ってる奴は狂ってる」


 俺はリアさんの肩に手を置き、菩薩の様な心で経験則を説いた。代表的な例として、我らが会長をご紹介しよう。あの人は普段は眉目秀麗、才色兼備、挙句の果てには生徒からの信頼も厚い。しかし、一度スイッチが入れば______とんでもないことをやらかす。


 ……学校の九割の生徒を自分の傀儡にするとかな。


「______そうか!指標が無いと分かりにくいですよね!それなら、ギルドマスターをAランクと仮定しましょうか。……で、その人のランクはどんな感じですか?」


「ふ、普段はEですよ?」


 ハッハッハ、普段なんて関係ない。重要なのは普段以外だ。それ以外など全て些事だ。些事は言い過ぎた、普段も大事だ。普段がイカれてても困る。


「_____び、Bです、かね……?」


「何だぁ、Bかぁ!そっかぁ!ギルドマスターよりワンランク下なら余裕ですね!______それじゃあ、ちょっと急用思い出したんで、外回りしてきますね!」


 俺が笑顔でギルドから出ていこうとすると、リアさんがむんずと俺の手を掴んだ。


「……何ですか」


「外回りとかしなくても大丈夫ですから!後、マワル君の宿此処ですから、出て言っても無駄ですよ。逃げたところで、今日の夜に同じ話をするだけです」


「外泊します」


「だ、駄目です!勝手に此処を出て行かれたら私、本当に困りますから!」


 必死の形相で俺の手を引っ張るリアさん。何時もなら、『美女に手を掴まれた、うっほほーい!』ってなっている所だが、今はそんな悠長なことをしている場合では無い。命が危険で、危険が危なくて、デンジャラスが危険なのだ。アーユーオーケ?


「離して下さい!俺はもう変人と関わり合いを持ちたく無いんです!」


 パニックになったダチョウの如く力一杯暴れ、何とかリアさんの拘束を抜け出そうと試みるも、残念ながら上手くいかない。


「分かります!変な人の相手は確かに疲れますからね!でも、此処で帰られると私が、その変な人に会いに行かなきゃ駄目になるんですよ!」


「嫌だぁ!!!……ってか、リアさん力強っ!?その腕の何処から力出してるんですか!?」


 腕を振ったり、捻ったりと色々と手を変えて抜け出そうと試みるも、そもそも腕がピクリとも動かない。何だこれ……。もしかして、リアさんって大地と一体化してる?


「これでもBランクの冒険者ですから!一般人より、強いんですよ!」


 流石はベテラン。俺程度のひよっこのパワーなんて取るに足らないと言うことだろう。


「その凄い能力を、こんなひ弱な男の子一人を取り押さえる為に使わないで下さい!!!ちょっ、マジで離して!!!」


「は、離しませんよ!受けてくれるって言うまで絶対に離しませんからね!?」


 リアさんも譲る気は無いのか、更に腕を固く胸に抱く様にして掴む。_______そして、俺の腕に胸が当たる。


 ________天啓を得た。突如として俺の頭に浮かんだその考えは、間違いなく神からの天啓だった。電流が走るとは、正にこのことを言うのだと、奇妙な結論を出すにまで至る。


 ________俺がもっと全力で抵抗すれば、更に押し付けて貰えるんじゃないか?そうと決まれば、早速____!


 しかし、そこまで来て俺は自身の考えの欠陥に気付く。確かに俺が手を振り解こうともがけば、胸は更に押し付けられるだろう。しかし、あからさまに動こうものなら怪しまれる。


 あくまでも向こうの方から動いてもらう必要がある。


 ……もしかしたら、俺の腕に胸が当たっていると言う事に気付いて、掴んでいる手を離すかもしれないしね!そうしたら、逃げれるかもしれないし!


 ……うん!だから、これは仕方がないのだ。離して貰うためには仕方ない。そう、仕方ない、仕方ない。


「くっ、離せっ!俺はそんな力に屈しないぞ!」


「なんで、そんな女騎士みたいな台詞を言うんですか!?私は別にマワル君に何もしてませんよ!?」


 リアさんがそう言いながら、更に俺の腕を掴む。おぉ……、エクセレント。結構な大きさのリアさんの胸が俺の腕に当たる。生きてて良かったぁ!……一回死んでた。


「くそぅ、レベル一の俺の力じゃビクともしない!こうなったら_____十ベェだァ!」


「だから、いきなりどうしたんですか!?」


 フォォォォ!!!素晴らしい!素晴らしいぞ!ついでに言うと、これはセクハラではない!逃げるために仕方なくやっている事なのであって、決して他意はない。いや、本当にこんな事態になるなんて予想してなかった。本当だよ?


「くっ、もう少し!もう少し強めに!」


「………」


 その沈黙はまるで、永遠かのように長く感じられた。しかし、永遠に近しいその時間の中でも、俺の腕は解放されなかった。


 ……何故離さないのだろう?まぁ、俺にとっては好都合だが……。


 しかし、直ぐに俺の考えは間違いであったことに気付く。柔らかさは確かに体験出来ていたが、決して好都合とは呼べない。


 _______ミシミシ。


 腕が軋む音が俺の耳に届いた。


 何か段々と力が強くなってきている。このままじゃ、腕がぺきっと行きそうだ。


「……り、リアさん、何か力が強くなってませんか?」


「気の所為ですよ」


 ニッコリと満面の笑みでそう言うリアさんに、俺は思わず冷や汗をかく。


 _________ギシギシ。


「リアさん、ギシギシ言ってます」


「気の所為です」


 ______アカン、コレ、アカンやつや。


「あれ?如何したんですか、マワル君。そんなに汗をかいちゃって。具合悪いんですか?ちょっと見てあげましょうか?」


 何処か座った目でリアさんが、笑顔で俺に問いかけてくる。怖い、笑顔なのに、目が笑って無くて怖い!あの、暖かい笑顔のリアさんは何処に行ったんだ!?


「____さて、後何分耐えられますかね?」


「ごめんなさい!ちょっと、調子に乗りましたぁ!謝るから離してぇ!!!」


 ポツリと小さな声で怖いことを言ったリアさんとは対照的な、大きくて情けない俺の叫び声がギルド内に響き渡ったのだった。


  この後、リアさんに三十分の説教を受け、強制的に依頼を受けさせられた新人がいたのは言うまでもない。

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