第7話

「これが商品だよ。小さくなったら、また、来ると良いさね」


「ありがとうございます」


 俺は服屋のお婆さんに一礼すると、商品を受け取りアイテムボックスの中に仕舞う。俺の手元からアイテムが消えたのを見て、お婆さんが驚いたような顔をしたが、すぐにふっと笑った。


「『収納魔法』持ちかい?今どき珍しいね……。神様に感謝しながら使いなさいな」


「はい!」


 ついでに尊敬も向けている。本当なら愛情も向けたいところなのだが、神様相手にそれを向けると、後々雷が落ちそう。うろ覚え神話知識ではあるが、神様と過剰に関わった人間の末路って、大体バッドエンドだった気がするしな。


 やっぱ、人間は人間らしく平々凡々に生きるのが一番だ。


「……ふふっ、そうかい。あんたもこれから大変だと思うけど、頑張りなよ」


「はい、お邪魔しました」


「はいよ。大きくなったらまたおいで」


 俺は笑顔のお婆さんに見送られ、店から出る。


  外に出ると、もう夕日が段々と沈み始めて来ていて、見慣れない街並みとやけに澄んだ空気が、少しだけ寂しさを胸に運んできた。


「……早く帰ろう」


 俺はギルドの制服で生活必需品を買いに来ていた。資金は女神様がプレゼントしてくれた銀貨を使っている。


 正直、銀貨十五枚も要らない気がしたが、女神様が俺の為に沢山入れてくれたんだと思う。まぁ、お金はある分には困らないし、有難く受け取っておくとする。


 でも実際の所、この世界で金を貯めたところで、俺の欲しいものは既に手元にあるわけだから対してお金使わないかもな……。


  逆転の発想として、お金貯めて女神様に貢くか?……でも、教会に貢いでも女神様に直接届くわけじゃないよな多分。大体は教会が作ってる孤児院の子供達とか、教会の運用費用とかに使われるだろうし。まぁ、子供が助かるならそれもそれで別に良いんだけどさ。


「おーい、そこの君ー」


 そんなことを考えながらギルドに向かっていると、後ろからガシャガシャと金属が擦れる音が聞こえて来る。


 その後に振り向くと、其処には門で見た一人の騎士の姿があった。フルプレートメイルを身に付けているその姿は見事に俺の少年心をくすぐった。カッケェ……フルプレートマジカッケェ。


「____ギルドマスターから逃げ……切れるわけはないか……。すまない、野暮な事を聞いたな」


「あはは……」


 いや、アレから逃げられる人とか多分居ないよ?もうね、動かないの。全然離れないし、もしかしたら手に吸盤でも付いているんじゃないかと思った。残念ながら、いくら確認しても吸盤は見つからなかったです。


「……その、すまないな。止めてやれなくて」


「大丈夫ですよ。……それにもう、手遅れですし」


 声音から分かるくらいには、謝罪モードに入っている門番さん。……何だかそこまで申し訳なさそうにされると、何か居た堪れなくなる。


「門番さんは悪くないですよ。悪いのはあのクソガ_____ロリバ______ギルドマスターですから」


 危ない危ない。二回くらい呼び方を間違えるところだったが、寛容なイリス様ならきっと許してくれるだろう。見た目に寄らず、心は広い。きっとそうに決まってる。……というか、そうでも無いとあの人を褒める要素が戦闘能力以外に浮かばない。


 即決で雇ってくれたから仕事が優秀なのかと思ったら、リアさんがとんでもなく仕事が出来るだけだったし。今の所、マイナス評価まで至っては居ないものの、好感度より警戒度を高めざるを得ない相手ではある。


「ところでその格好に変わっているという事は、無事にギルドに雇われたんだな」


「えぇ、無事?うん、無事……うん、雇われました」


 考えてみると、わりと無事ではない。得たものは多かったが、失ったものは大きかった。


 因みに失った物は、一端の大人になりたての人間としての_____いや、男としてのプライドだ。得たものは、職業と身分と宿だ。文面だけだと、得たものの方が多いかもしれない。でも、俺的には男としてのプライドはこの三つを足しても足りない。


 プライドが高すぎるのもアレだが、低すぎて床をペロペロするのはちょっと話が違う。人間、生きるために多少のプライドは必要だ。


 ……日本で女子から逃げてる時点でプライドなんてあるのかって?キコエナイネ。ワタシニホンゴワカラナイネ。


「私は一応冒険者に登録しているから、また会うことがあるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」


 そう言って、手を差し伸べてくる騎士様に、俺も応え軽く握手を交わす。フルプレートメイルを来てる人間と握手出来るとか……俺マジで異世界に来たんだな。


 この騎士様も兜のせいで顔は伺えないが、雰囲気や佇まいからして、さぞかしイケメンなんだろう。性格も良さそうだし、俺とか勝てる要素が殆どないのではなかろうか?べ、別に悔しくなんてないんだからね!


 でも、日本でも弟と親友がイケメンだったから、モテない状況には慣れっこだ。俺に群がってきてた変人共は人ならざるもの達だから先に述べた人間には含まないものとする。


「えーと……君は確か迷い人、だったよな?良ければ君のいた世界について教えて貰えないだろうか?」


「そのぐらいなら別に良いですよ。……だだ、暗くなる前には帰らないと行けませんけど」


 そう言えば俺ってば、異世界に来てから変人一人しか会ってなくない?……これはもしかして平凡なスローライフ確定演出きた?


 衝撃のアタリ確率に胸を踊らせながらも、しばらく騎士様の質問に答えていると、いつの間にか日が暮れそうになっていることに気が付いた。


「あっ、俺、そろそろ帰りますね。初日から迷惑かける訳にも行きませんし」


 リアさんは俺が問題児になったら、胃に穴が開くと思う。ギルドマスターのせいでストレスとか凄そうだし……いや、誰であろうと上司があの人だったら、ストレス凄そうだけど。


「そうか……私としてはもう少し君のいた世界について聞きたいところだったのだが……」


 俺は、兜の奥で少し残念そうな声を出した騎士様に笑いかける。


「大丈夫ですよ。多分、大抵の場合ギルドにいると思うのでまた話す機会は十分にあります」


「……あ、あぁ!では、また改めて話を聞くとしよう。では、気を付けて帰るといい」


「じゃあ、またギルドで会いましょう」


 俺は手を振りつつ、その場を歩いて離れる。意外と服屋とギルドの距離は近いため、直ぐにギルドに着いた。


 俺はギルドの扉を開けると、感情を殺しながらと自分に与えられた部屋に向かう。


『お、おい、あの子供帰って来たぞ?しかも、ギルドの制服着てんじゃん」


『あぁ、あんた達のパーティーはさっきまでクエストに行ってたんだっけ?あの子、何かギルド職員になるみたいよ』


『……新米にこの激戦区が耐えれるのか?』


『分からないわ』



 えぇ……ここってそんなに過激な場所なの?まぁ、初心者が集まるらしいし、ギルドが忙しいのはしょうがないか。


 俺は周りの冒険者達の視線を無視し、階段を上がると、自分の部屋の扉を開け、中に入る。


 そして、買って来た服や下着などをクローゼットの中にしまう。アイテムボックスの中に入れておいてもいいのだが、生活感を出すためにも此処はしっかりと直していた方がいい様に思えた。


 異世界系のラノベで定番と言ってもいい『アイテムボックス』。定番でありながらぶっ壊れのこのスキルではあるが、此処に物を全て仕舞うのは何だか寂しい気がする。


 もし、『アイテムボックス』ばかりに物を入れてると、本当に人間住んでるの?ってレベルになるだろう。やはり、人間らしく生きる為には少しの手間も必要だ。


 やがて、全ての荷物をしまい終えたところで扉がノックされる。


「どうぞー」


「失礼します」


 俺の返事を聞いたリアさんは、此方を覗くように少しだけ扉を開ける。


「もうすぐご飯の時間ですけど、来れますか?」


「ちょうど片付けも終わったので平気ですよ」


「そうですか。じゃあ、行きましょう」


 俺はリアさんの後に続き部屋を出る。階段を降りて、ギルドの受付を通り過ぎて、酒場の方へと移り、沢山の冒険者が座っているテーブル席の内の一つに二人で腰を下ろす。


 周りを見れば、仲間達とクエストの成功を祝っているものもいれば、一人て静かに飯を食べている人もいる。


「因みに職員の賄いにはどんな料理があるんですか?」


「ギルド職員……まぁ、最近は私しかいなかったんですけど、大抵はパンや唐揚げ、シチューとかですかね。美味しいですよ?」


 この世界では基本的に魔物の肉が食われている。魔石を持たない動物も居るには居るらしいが……特殊な環境でしか生きられないらしく、食材として出回ることはほとんど無いらしい。


 それにしても、一番人気が唐揚げとは……後片付けに目を瞑れば、数を揚げる場合圧倒的に楽だからな。それに、美味いし。


 大衆料理なんて味より量を求めてる人が多いからね。超絶不味くなければ、基本的に文句なんて言わない……と思う。個人的な解釈なので、何とも言えないが。


「ハルちゃーん、注文お願いしまーす」


「はい、只今参ります!」


 リアさんの声に素早く反応したのは、給仕の格好をした黒髪を後ろで括った、なんか大和撫子!って言う感じの美女が来た。両手には山の様に積まれた皿やコップなどが乗せてある。凄いバランス感覚だ。曲芸師とか出来るんじゃなかろうか。


 黒髪黒眼でポニーテール。多分だけど、俺と近い歳じゃなかろうか?


 やっぱ、黒髪はいいね!今の日本は染める子が多くなって来てるけど、黒髪はやっぱり良いんだよ。他の髪色が悪いとは思わないが、黒髪だからこその良さはやっぱりあると思う。


「……?どうされましたか?」


「あぁ、いえ、ごめんなさい。ちょっと、自分以外の黒髪が珍しかったもので」


 俺は今日、街を歩いていた中で黒髪に出会わなかったことから、その言い訳を絞り出す。


「極東なら普通だと思いますが……まぁ、こっちの大陸では確かに黒髪の方は少ないですね」


「極東なんてあるんですね」


「えぇ、此処からは凄く遠いので、行くとしたら結構な日にちがかかりますけど。数ヶ月とか普通にかかりますよ。その辺の常識もまた今度教えてあげますね」


 うおっ、ナチュラルウインクだ。あまりに自然すぎて、うっかり恋するところだったわ。ほら、見習えよ、自称天才中二病患者


「リア殿。もしや、その方は噂になっている迷い人殿ですか?」


 器用に皿を持ちながら此方に寄ってくるハルと呼ばれた女の子。……俺、もう噂になってるの?早くない?俺、異世界転生まだ初日だよ?


「……因みにどんな噂か聞いても良いですか?」


「拙者は、ギルドマスター殿が半泣きの迷い人をお姫様抱っこで拉致して来たと聞きました!」


「泣いてねぇっ……_____ゴホンっ……お姫様抱っこの情報って、結構広まってたりします……?」


 俺が恐る恐る前にいるリアさんに問い掛けると、リアさんは苦笑しながら、首を縦に振った。


「______くそったれぇぇぇぇぇぇ!」


  この場にいない諸悪の根源に対して湧き上がる怒りを発散するように大きな声で叫んだ俺は、思わず机に両拳を叩きつける。


 初めて食べた異世界の料理は少し塩の味がした。

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