第6話



「まず、貨幣の説明からしましょうか」


「よろしくお願いします!」


 常識のある美人に一対一でモノを教えてもらえるってこんなに嬉しいことなんだね。はい、反省しましょうね、何処ぞの会長さん。


 因みに今居る場所は引き続きギルドマスターの部屋だ。あの人、本とか読まなさそうなのにこんなに難しそうな本があるのは何でだろう。……あの感じで俺より頭良かったら悔しいからインテリアってことで処理しとこう。


「価値の低い順に銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、聖銀貨、聖金貨と上がっていきます」


 テーブルの上にパチン、パチン、とそれぞれの貨幣を並べてくれる。うん、実物があると非常にわかりやすい。


「聖銀貨と聖金貨は国からの特別報酬以外では世に出回りませんから、普段使いされるのは大金貨までですね。まぁ、大金貨もよっぽどの事が無ければ使われませんけど」


「聖銀貨と聖金貨って普通の奴と何が違うんですか?」


「教会の教皇自らある儀式をすることによって生まれる、特殊な銀と金で作られてるんです。非常に貴重ですが、貨幣として使われることはほとんどありませんね」


「へぇー」


 やっぱり聖水とかで清めたりするんだろうか。それだと偽造とか簡単に出来そうだから、もっと複雑な工程あるんだろうけど……素材そのものが変わるとか、やっぱファンタジーだな


「聖銀貨と聖金貨はいわば勲章みたいなものなんです。よっぽどの事が無いと授与されませんし、コレを持っていると言うことは国の後ろ盾を持つのと同義です」


 ……成程。つまり、端的に言うと俺が絶対に持つことがない貨幣ってことだな。


「一応、普通に使えはしますが、これらは貨幣として使うより商人や貴族などに売った方が価値は高いとされています。商人からしてみれば、自分の商会の力を誇示するチャンスですからね」


 国も授与した相手くらいは覚えてるだろうから、後ろ盾としての効果はなくなってしまうだろう。しかし、ソレを買えるだけの財力を持っているということを、簡単にそして分かりやすく知らしめられる。


「私達みたいな庶民が主に使うのは、銅貨とか大銅貨ですね。銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚って具合に増えていきます。まぁ、一般家庭が一月暮らすには大体銀貨ニ〜三枚ぐらいが必要です」


 成る程。つまり、俺のお給料は中々にお高いということか。


「普通、こんな辺境のギルド職員の給料は銀貨六枚ぐらいなんです。でも、この街には駆け出し達を育成する役目を担ってるので、国が他の街より多く出資してくれてるってわけです」


 リアさんが言うには、この街の近くの森や草原は初心者にとって狩りやすい、ゴブリンやオーク、スライム等が多く生息しているらしい。


 奥に行きすぎると、高ランク冒険者が狩るような魔物も居るらしいが、基本的にソイツらはよっぽどのことがないと、浅い所に出てこないとの事だ。


 そんな訳で、この街は初心者達が始まりの地としてこぞって選ぶのだとか。


「実際、名のある冒険者たちの出身は此処ですしね。他にも魔物の強さだけでいえば王都近くもオススメですけど……魔族が結構な頻度で攻めてきますからね」


 魔族か……。会ってみたい気持ちもあるけど、人間と敵対関係にあるなら難しいかもな……。好奇心は猫をも殺すって言うし、控えておいた方がいいな。友好的な魔族に会えることを願っておこう。


「まぁ、そんな訳でこの街のギルドは、他の街のギルドに比べて、ちょっと業務が多いんですよね」


「このギルドは冒険者に対して_____と言うか、初心者に対してちゃんとアドバイス出来なきゃ行けないですもんね」


「その通りです。このギルドではアドバイザーを取り入れたりして、モンスターの基礎知識を駆け出しの冒険者たちに教えるのはもちろんの事、この街に在留する熟練の冒険者さん達による戦闘訓練も取り入れてます」


 この世界の冒険者ギルドは思ったよりも、初心者に優しいみたいだ。これだけ手厚いサポートがあるのなら、駆け出しの冒険者達の死亡率ってそこそこ低いんじゃないだろうか?


「……残念ながら、自分の力を過信して、何の説明も受けずに依頼を受ける子も居ますけどね。大抵、こっぴどくやられて帰ってくるんですけど……酷い場合にはそのまま帰ってこないこともあります」


「それは……まぁ、仕方がないと思います」


 此処まで優遇されているのに、その全てを自らの手で振り払ってしまったのだ。何か不手際が起きてしまったとしてもそれは、本人の過失以外の何物でもない。まぁ、若さ故の過ちではあると思うが、ソレが取り返しのつかない結果を招いてしまうことなんてザラだ。


 誰かが誰かを『助けたい』と思ったとしても、助けてもらう側がその手を振り払って走り抜けてしまっては、此方が差し伸べた手は絶対に届かない。俺は差し伸べた手が空を切った時、どれだけ辛いのかを良く知っている。


「……ごめんなさい、脱線してしまいましたね。でも、心の隅の方で良いので覚えておいて下さい。此処にくる冒険者達全員が、私達の話を素直に聞いてくれるわけじゃありませんから」


「……分かりました」


 リアさんの言葉を心にしっかりと留めた俺は、向こうの世界より更に『死』が身近にあるのだと言うことを心に刻んだ。折角拾った第二の命、大事にしなきゃだしな。


「大分話が逸れちゃいましたけど……この世界の貨幣については大体わかりました?」


「あっ、それは大丈夫です」


 俺はこれでも、記憶力はいい方なのだ。……元の世界では、変人に拐われることとかザラだったし。その成果?が出たのか、俺は一度通った道を完全に記憶するぐらいは記憶力が良い。


 そうじゃないと、大変な目にあっちゃうからね!『oh、ワタシ、オウチワカラナイネ』ってなる。てか、小さい頃になったことが何回もある。


「貨幣はだいたい分かりましたか?分かったのなら、次は仕事の説明をします」


「はい、ばっちりです!」


 ビシッと敬礼を決めてそう言いはしたが、正直向こうの貨幣に慣れてるから暫くは慣れないかもな。まぁ、時間が解決してくれるだろうし、未来の自分に丸投げしておこう。


「私たちは受付でクエストの、そして、素材やアイテムの鑑定をするのが主な業務です。その次が魔物の解体と、書類の整理。最後は_______残った依頼の消化」


 ……あれ?結構な量の仕事あるな。それを一人でリアさんはこなしていたのだろうか?


「……リアさんって優秀なんですね」


「……優秀って言うより、やるしかなかったから死ぬ気で頑張ったとしか言いようがないですね」


 何故だろう、リアさんは心なしか俺と同じ匂いがする。これは______苦労臭だ!……なんか加齢臭みたいな言い方になってしまった。


「と、取り敢えず、仕事の説明に戻りましょう。受付は、明日私がお手本を見せるので、見て学んで下さい。依頼の説明をしたりするだけなので、別にそこまで難しくはありませんから直ぐに覚えられると思います」


 これでも元の世界ではファミレスのホールでバイトをしていた。笑顔とハキハキとした声だけは任せろください。


「次は素材やアイテムの鑑定ですね。これはらギルド内に置いてある道具を使えば出来ますから、【鑑定】スキルはいりませんよ。まぁ、あったら見れるものも増えますし、便利ですけど」


「えっと、一応【鑑定】スキルは持ってます。最初からあったので、神様からの祝福とかだと思います」


 まぁ、正確には祝福じゃなくて、お詫びの品みたいな感じだが、些細なことだ。


「へぇ〜、やっぱり、迷い人は神様に祝福を貰えるんですね。……迷信かと思ってました」


「はははっ、詳しいことは分かりませんけどね」


 此処で神様に会ったとか言えば、熱狂的な信者に拉致られたりするかもしれないので、女神様のことは伏せておこう。唯でさえ変な人を呼び寄せてしまうイカれた体質なのだから、面倒事からは積極的に距離を取っていこう。


 ところでリアさんが俺の事を訝しげな目で見てくるのだが、何故だろうか?


「……何でしょうか?」


「______あっ、ごめんなさい。ちょっと、変な匂いが……」


「え!?」


 俺は慌てて自分の体をすんすんと匂う。


「______あっ、別にマワル君から匂ったわけじゃないですよ?なんて言うか……もっと別の何かが漂わせてるんじゃないでしょうか?」


「……何ですかそれ」


「うーん……さぁ?私にも詳しいことは分かりません」


「何処かで嗅いだことがあるような……」とリアさんが付け足しつつ首を傾げる。


「______はっ!……また、話が脱線しちゃいましたね。えぇっと後はマワル君の部屋についてですね……付いてきてください」


 俺は促されるままリアさんの後について部屋を出る。廊下を少し歩くと、職員休憩室と書かれた扉の前についた。てか、明らかに知らない文字の筈なのに何故か読めてしまう。……凄いが、若干怖い。


「此処がこれから暫くマワル君が住むことになるところです。……あぁ、この書いてあるのは無視してください。今じゃ、誰も使ってませんからね」


  リアさんに促され、扉のドアノブを捻って中に入る。中には普通のベッドと机、タンスなどが置いてある。意外と広い。


「結構、綺麗ですね」


「魔物が大量に発生して、家に帰れない時とかはお世話になった部屋ですから、結構愛着湧いててマメに掃除してるんですよ」


 なるほど、それなら納得だ。俺は家事全般が得意だから分かるが、此処まで綺麗にするのは大変だろう。ちなみにコレを維持するのはもっと大変。


「これからは此処を好きに使ってついですからね。流石にその服装だと目立つので、ギルドの制服を持ってきてあげます!」


「な、何から何までありがとうございます」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 リアさんはそう言うと、タッタと軽やかなステップで下の階まで降りて行った。


 俺はその様子を見た後、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。そして、額に手を当て溜息をつく。


 ……初日から濃い。そして、色々と上手く行き過ぎている。上手く行き過ぎて、俺のもう一つの隠れスキルが発動しちゃったんじゃないかとも思う。


 それにしても、異世界初日で職をゲットって……やばいよな?もしかして、女神様のご加護だろうか?……うん、そうだよな。きっと、そうだ。


 そうじゃなかった場合、俺の隠れスキル『巻き込まれ体質(強)』が発動しちゃってるパターンだもんな。……このスキルは発動したが最後、確実に面倒ごとに巻き込まれると言うスキル。


 ヤのつく職業の人に追いかけられたり、銀行強盗に巻き込まれたり……。よく分からない怪しげな実験場に迷い込んだ挙句、実験場が爆発したり……俺、よくこの歳まで生きてたな。


 ……まぁ、この隠れスキルは変人を引きつける隠れスキルより、発動する機会が少ないし、心配は要らないよな!


「持ってきましたよー」


 俺がそんな風に自分に暗示をかけていると、リアさんが制服を持って扉を開けた。


「この服なら外に出ても、さっきの服装よりは目立たないと思います。コレを着て服を買いに行ってください」


「……あの、さっきのお姫様抱っこのせいで、殆どの人に顔を覚えられたりしてませんかね?」


「……」


 無言でそっぽを向いたリアさんを見て、俺は思わず上を見上げ、こう思った。


 お家帰りたい。









 ……此処がお家になるんだったわ。

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