第5話
俺はイリスとやらにお姫様だっこされたまま、『冒険者ギルド』の看板がある建物の中に入った。現在進行形、つまりお姫様抱っこingである。
何言ってるか分からないと思うが、俺も現実逃避で精一杯だということを理解して欲しい。
色んな人から生暖かい目で見られながら、街を連れ回されたのもメンタルに来たが、一番辛かったのはアレだな。
『お兄ちゃん何してるのー?』
とちっちゃい女の子に聞かれたのが一番辛かった。……なんて答えるのが正解なんだよ。
「もうヤダ、お婿に行けない……」
一人メソメソ泣いて見たが、虚しくなるだけだった。……俺、これからどうなるの?異世界人だからとか言って解剖とか人体実験の材料にされたりしないよね?
(イリスさん帰ってきたぞ……てか、あの手に抱えてる子供は何だ?もしかして誘拐か?)
(あ、あの人ならやりかねないな……まぁ、怖ぇから首は突っ込まないがな。少年には御愁傷と思っておこう)
おいおいおい。そんなガタイと治安悪そうな面構えしてるんだから、ちょっとくらい漢気出しやがれ下さい。んでもって、俺をこの魔の手から救ってくれ。そんな軽々と俺の生存を諦めるなよ。
というか、この人。こんな明らかに腕っぷしが強そうな人達に恐れられてるってことはやっぱり強いんだな……。マジで、暴力に訴えなくて良かった。
やがて、ギルドの受付の前まで歩いていくと、茶髪を三つ編みにした受付嬢らしき人がこちらの存在に気付いた。うん、普通そうな人だ。しかも、かなり美女。しかも、大層ご立派なモノをお持ちで……。見習えよ、この幼女が!ペッ!!!
「______イダダダダダッ!?なんで、何も言ってないのにアイアンクロー!!?」
「しゃーねぇだろ。なんかムカついたんだから」
失礼な事を思った瞬間、アイアンクローをかまされる。直感だけで、人の頭蓋砕くの辞めてください。口に出てないんだから、セーフだろうが!
「あっ、ギルドマスター!やっと、帰って……って何してるんですか!?」
「ただいま」
「おかえりなさい!_____じゃないですよ!?今まで何処で何やってんたんですか!?やらなきゃ行けない仕事あるって言ってましたよね!?」
「うるせぇ。一応、仕事はしてきたからセーフだろ。______ほれ」
背中に背負った大きな鳥を地面にぶん投げたイリスに絶句する受付嬢さん。なんかこの人滅茶苦茶じゃない?
「______と言うか、離してあげてください!」
「まだ駄目だ。それよりお前も一緒に私の部屋に来い」
俺を離すように談判した受付嬢さんの言葉をにべもなく真っ二つにしたイリスは、少しだけアイアンクローの威力を弱めると、そのまま奥の方へと歩いていく。俺は引き摺られている。
「ギルドマスターの部屋に、ですか?」
「あぁ、こんな喧しい所で話なんて出来ないからな。今は昼だし、仕事もないだろう?すぐ終わるから付いて来い」
……えっ、ちょっと何が始まるの?普通に怖いし、何よりまともな美女には普通の挨拶をさせて欲しい。暴れると、アイアンクローの威力が、な?
「まぁ、そこまで言うなら付いて行きますけど。先に何をしてたのか聞く必要は……後ろの荷物を見たら無いですね。魔物の縄張りを荒らしてきてくれたんですね」
「あぁ、チキチキ鳥の縄張りはある程度荒らしてきたから安心しろ。これで暫くは希少種が生まれることもないはずだ。ついでに土産も置いておく」
「はぁ……わかりました。後で解体しておきますから、邪魔にならないように壁に寄せて置いててて下さい」
「よし、じゃあ上行くか」
背負った鳥を乱雑に、しかし正確無比なコントロールで受付のそばに放り投げたイリスはガスガスと階段を登っていく。俺は勿論キープされたままである。
そのまま少しばかり廊下を歩き、突き当たって右にある部屋に入ったところで、俺はお姫様抱っこからようやく解放された。
「やっと降りられた……」
「……ごめんなさい。ウチのギルドマスター、ちょっと変な人なんです。自分の気に入ったものはすぐ持って帰って来る習性がありまして……」
子供かな?俺も小さな頃、蝉の抜け殻を持って帰って弟が泣いた覚えがある。ちなみに、それ以来俺はセミのぬけがらを触ったことがない。もしかしたら弟に嫌われるかもしれないからね。
「流石に人間を持ってきたのは初めてですけど」
「俺もお姫様抱っこされながら、街中を歩いたのは初めてです」
俺のその言葉に受付嬢さんは苦笑する。うん、やっぱりマトモな人っぽいな。
それに引き換え、なんだあの幼女は!何椅子に豪快に座ってんだ!もっと、お淑やかに座れ!おい、葉巻を出すな!絵面的にアウトだから!
「おい、お前らも座れ」
「あっ、はい」
勿論、そんなことを言えるはずもなく、大人しく葉巻で刺された席へと腰掛ける。ねぇ、ちょっと様になりすぎじゃない?
完全にギャングのボスとかそこら辺の人の吸い方だよ?
「」
やがて、イリスが此方に顔を向け話を始める。
「まず、始めに自己紹介をしておく。私の名前はイリス。昔はSランクの冒険者をやってたが、今はこの街のギルドマスターをやってる」
Sランク?もしかしなくても最高ランクだよね?アンタ、そんな高ランクで俺の頭にアイアンクローしてたのかよ。手加減はしてたんだろうけど、頭が無くなるかと思ったんだぞ。
「さて、改めて聞いとくぞ?マワル、お前は_______迷い人だな?」
「まぁ、そうなりますね」
目をスっと細めながら問いかけてきたイリスに、先程と同じ答えを返す。
「迷い人!?ギルドマスター、なんて子拾って来てるんですか!?」
その返事に受付嬢さんがソファーから立ち上がった。……えっ、なになに?迷い人って、とんでもない厄ネタだったりする?
「落ち着け。何処の国の印も付いてない、正真正銘、野良の迷い人だ」
動揺する受付嬢さんとは対象的な程に落ち着いたイリスが、先程と変わらないトーンで意味のわからないことを言う。迷ってんだから全員野良に決まってんだろ。と言うか、同じ人間に対して野良とか言うな。
「……野良の迷い人なんて本当に実在したんですね」
「アタシも初めて見る。だが、魔力の流れ的に間違いないだろ」
「私は魔眼の類は持ってないので……」
「そうだったな。まぁ、アタシの眼を信じろ。これでも、どの世界で生まれたか程度は分かる」
魔眼。何とも中二心を擽る響きだ。この人、素の身体能力がゴリラっぽいから脳筋系かと思ったら、案外搦手とかするタイプなんだろうか?
……。……しないな!会って間もないけど、この人が搦手をとりそうな感じが一ミリもしない。
「因みにお前の隣に座ってるそいつはリア。このギルドの受付嬢だ」
「あっ、改めましてリアです。このギルドで受付嬢をやってます」
「ええっと、俺は神崎 廻です。さっき、紹介された通り迷い人です。好きな食べ物は普通のクッキーです」
普通のクッキーって何だって?……石炭みたいに硬いクッキーとか、何かドロドロした物体Xが入ってないクッキーの事です。料理下手な癖に妙にアレンジするもんだから、余計に失敗するだよ。誰とは言わないけどな!
軽く自己紹介を終えるとイリスが葉巻をあっという間に燃やし尽くす。何それ格好良い。
「よし、軽く自己紹介も終わったし本題に入るか。単刀直入に言うぞ、お前______ギルド職員になる気はないか」
「……え?」
呆けた声が出る。唐突過ぎて、頭の中で理解が追いつかなかったからだ。しかし、直ぐにイリスが俺の脳内に浮かんだ疑問の解を述べる。
「今このギルドは、甚大な人手不足に襲われている。募集は掛けては居るが、今このギルドには私とリアしかいない」
「何でそんなに少ないんですか?」
「前は私たちを含めて十人ほどは居たんだが……転勤やら高齢による退職やらが重なってな。急に人手不足になっちまった」
「……何で俺何ですか?」
「異世界人は皆、【言語翻訳】のスキルを持ってるし、大抵のやつは算術もできる。今の時代はそう言うやつらは貴重なんだ。後は……まぁ、私が気に入ったからだ」
「最後の理由が適当すぎる!?」
最後が無ければ、色々考えた末の俺の誘拐って、自分の中で納得がつけられ……無いわ。お姫様抱っこ誘拐はどうやったって納得出来ないわ。逆にどうやって納得しろってんだよ。俺の尊厳はボロボロだ!
「仕事内容を聞いてもいいですか?」
「大抵は受付だ。後は、冒険者へアドバイスをしたり、偶に余ったクエストをこなしたりだな」
「まぁ、主に薬草採取とか孤児院の手伝いだ」とイリスが付け加える。
「お給料は?」
「一ヶ月、大銀貨五枚。クエストの報酬は別だ。因みに銀貨ニ〜三枚で普通の平民が一ヶ月暮らせるぐらいの額だ。しかも、今ならそれとギルドの部屋、朝と夜の飯も付けてやる」
「おぉ!!!」
あんま貨幣価値が分からないのでイマイチピンと来ないが、結構な優遇なのは分かる。
「優遇されすぎじゃがありません?貨幣価値が分かんない俺でも、罠じゃないかって思うレベルですよ?」
「________翻訳系のスキルを持つ人って本当に貴重なんです。それに、翻訳系のスキルを持っている人は、大抵商人とか貴族の出ですから、スカウトするのも難しくて……」
「あれ?でもギルド職員は殆ど持ってるんですよね?」
「二〜三年くらいみっちり仕込めば、何とか翻訳スキルは覚えられますから」
「逆に言えば、二、三年もかかっちまうから、大抵の奴は即一発逆転が狙える冒険者の方を選ぶって訳だ」
……確かに、二、三年勉強とかしんどいもんな。しかも、それに加えて生きていくために働かなきゃ行けないし。
「最近は色々な援助等があるにはあるんですが……やっぱり長続きしないんですよね」
まぁ、誰だって勉強しながら仕事とかキツイよな。俺だってバイト掛け持ちしながらのテス勉は死ぬかと思ったからな。
「ギルド職員になればギルドカードも無料で作れる。そうなれば迷い人のお前でも身分が証明できる。決して悪い話じゃ無いと思うぞ?」
正直言うと、色々と分からないことが多い中で宿屋とかに泊まる必要が無くなるのは凄くありがたい。
ボッタクられる可能性もあるし、何より手持ちが尽きて、危険なクエストを受けなきゃいけなくなる可能性だってある。
文字はスキルのお陰か問題なく読めるので、大丈夫なのだが、この世界の常識や貨幣に付いても落ち着いて学べる場所が無くてはいけない。
それら全ての問題がここに就職すれば全て解決する。あまりにも……あまりにも魅力的だっ……!
色々な考えが頭の中を駆け巡り、リスクとリターンを天秤に何度も何度もかける。クソッ、リターンが大きすぎて、逆に不安になってくる。_____えぇいっ!もう、どうにでもなれっ!
「……俺で良ければ、是非ここで働かさせて下さい」
俺の返事を聞いた、イリスが獰猛な笑みを浮かべる。笑い方怖ァ……。
「よし、決まりだな。なら、早速ギルドカードを作るとしよう。リア、今からギルドカードを作ってやれ。私は狩りに行ってくる」
「えぇっ!?またですか!?仕事まだまだあるんで______」
「任せたぞ」
イリスはその一言だけを言うと、部屋から飛び出して行った。その時、リアさんの背中に哀愁感が漂っていたのは内緒だ。
「あぁ、行っちゃった……。やっぱり、新しい職員連れてきたのって、自分がサボるためでしたか……」
ガックリと肩を落としたリアさんに同情しちゃっうよ。何だ、あの職務放棄上司。俺が今からぶっ飛ばしに_____あっ、ダメだ。頭が飛んでくビジョンが見える。
「マワルさん……いや、これから後輩になるんだし、マワル君でいいですか?」
「大丈夫です」
美人に君呼びされるのか……やっと、俺の運がこっちに向いてきたのかもしれないな。
「じゃあ、取り敢えず、この水晶玉に手を置いてくれますか?」
俺は言われるがまま、リアさんが棚から取り出した水晶玉に手を置く。すると、水晶玉が淡く発光する。
そして、何度かチカチカと発光したあと、水晶玉と俺の手の間に一枚のカードが現れる。えぇ……どんな原理?さっきまで、とんでもない職務環境に驚いてたところなのに、いきなりファンタジーし過ぎじゃない?温度差で風邪ひくわ。
リアさんはそのカードを手に取ると、それを確認する。
「えぇっと……レベルはやっぱり1と……。確かにその歳でレベル一なのは迷い人でほぼ確定ですね。……敏捷がやたらと高いけど……マワル君は元の世界で何してたんですか?」
「頭のネジが外れた人達に追いかけられてました」
「え」
「頭のネジが外れた人達に狩られそうになってました」
ほぼ毎日。
「そ、その、なんかごめんなさい……」
謝らないで、悲しくなるから。
「大丈夫です。既にこの世界でも、人の言葉を一切聞かないネジが外れた人に会いましたから」
「ギルドマスターのことですね」
「はい」
「あの……強く生きて下さい」
「……はい」
俺、異世界ではこれ以上変な人と関わらないようにするんだ……(願望)。
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