第2話
「何処だ此処」
目が醒めて 真っ白な部屋 立っていた 。
おっと、困惑しすぎて思わず五七五を読んでしまったぜ。落ち着け落ち着け、まずは現状の確認からだ。俺は確かトラックに轢かれて………。
「________はっ、そうだ!ガチャ結果は!?」
トラックなんかより、もっと重要なモノを忘れるところだった。あの虹色の光は確かに最レアの確定演出だ!
クソッ、何処に行ったんだ相棒!オンボロなんて行ったのは謝るから早く出てきておくれ。さもなくば、買い換えるぞ!
「________目が覚めましたか?」
「んぁ?」
目が痛くなるくらい白い床を血眼になって見渡していると、背後から声をかけられる。不意打ちのような形で声をかけられた為、変な声が出た。
恥ずかしくなって自分の口元を抑えながら後ろを振り向くと______女神が居た。
腰まで伸びた白髪に、凡そ人のものとは思えないほどの美貌。最早、美しさだけを追求して作られたアンドロイドだと言われた方が納得出来るレベルだ。銀の瞳が、細くしなやかな肢体が、世界トップレベルのモデルみたいな体型が、何もかもが俺がこれまで見てきた人間とは比べ物にならないレベルにまで達している。
______しかし、そんなことはどうでも良かった。
「……あの……」
絶世の美女だとか、明らかに人じゃあないとか、そんなのはどうでも良かった。俺の注意はその明らかな上位存在より
「はい?」
「俺のスマホ、返してくれませんか」
「……え?」
……何か、空気が凍った。何か目の前の美女が俺の事を「マジかコイツ」みたいな目で見てくる。いや、良いからその何かよく分かんないけど、ふわふわ浮いてる俺のスマホ返してください。
「あ、あの、貴方死んだんですけど……」
「あ、やっぱそうなんですね。オッケーです、スマホ返してください」
「____軽っ!?自分の命にもうちょっと興味持ってあげませんか!?」
「______うるせぇ!俺はそんな事よりガチャの結果が気になって仕方ないんだよ!このままじゃ、おちおち成仏も出来やしない!」
「現実に魂を縛り付けられる要因が、ガチャの結果ってどうかと思いますよ!?どうするんですか、スマホが一緒に粉砕されてたら!?」
そうなったら、俺の魂も粉砕されるんで成仏出来ますね!やったぜ!全然嬉しかないぜ!
でも、安心してくれ。俺のスマホはガチャの引きがカスな変わりに______一度も壊れたことがない。
ヒビが入ったのだって今回が初めてだ。
「ほら、早く返してください。俺はそれが無いと生きて行け____いや、死んで逝けないんですよ」
「えぇ!?もうちょっと、みっともなく喚いたりしてもいいんですよ!?ほら、やっぱり内心不安だったりするでしょう!?そういうのもまとめてお聞きするのも仕事の内なので……」
嫌だよ。やっと、マトモそうな美女に会えたのに、みっともなく泣き喚くとか。あと、そんなに死んだっていう実感がないから、泣くに泣けない。
「えぇ……貴方、凄いメンタルしてますね……。百戦錬磨の老兵ですら、もうちょっと心に色々な想いが去来してましたよ?」
「あっ、やっぱり俺ぽっくり逝っちゃったんですね」
「『ぽっくり』というより『メッキョリ』というか、『ベキボコべぎべきぐちゃぐちゃズドンボカん』と言うか」
それ、最後の擬音で俺の死体吹き飛んでない?えっ、俺、トラックに轢かれただけだよね?もしかして、あの後トラック横転して爆発したりした?
「……ごめんなさい、嘘です。右手右足が、見るも無惨な姿になった程度です」
それは果たして程度で済ませても良いんだろうか?確実に致命傷だ。あっ、致命傷だから死んでたんだったわ、ワッハッハー。……うぉ、すっごい虚しいぞこれ。コレが百戦錬磨の老兵も味わったと噂される虚無感、か?
「……ちょっと実感湧いてきたな」
「すみません、冗談が上手くなくて……」
「……いや、別に良いです」
しょんぼりとした顔をする女神様に、何だか申し訳ない気持ちになる。そして、改めて自分が死んだと言う事実が徐々に重みを持ち始めてきた。
……あんなあっさりと死ぬなんて思ってなかったし、改めてハッキリ『死んだ』と言われると、何とも言えない気持ちになってくるり。
俺は何だか急に力が抜けて膝から地面に崩れ落ちる。
「……大丈夫ですか?お辛いのなら無理せず吐き出してくれて結構ですよ?此処はそういう場所ですから」
そんな俺の前にかがみ、心配そうな瞳で俺を見てくる美女。______天使……いや、女神だった。
「______神様ってもっと無慈悲で事務的な感じかと思ってました」
「別の神はそういう方もいらっしゃいますよ?でも、私はこの方が性にあってるので」
そう言って、楽しそうに微笑む女神様。何と慈愛に満ち溢れ、包容力を感じる笑顔なのだろう。
頭のネジが飛んだ変人に縁があった俺の人生。どれだけ、世界を恨んだか。だが、今の俺はその恨みすら、些細な事のようにかんじられる_____そうか、神は此処に居たのか。
______なんかよくわかんないけど、俺は思わず涙を流した。
「______えぇ!?どうしたんですか!?」
「いや、やっとまともな美女に会えたなって……。生きててよかった……」
「死んでますよ!?生きてませんよ!?」
本当だ。なら、死んで良かった……。もうこれだけで苦労が全て報われた気がした。
「ちょ、調子狂うなぁ……。ええっと、貴方の資料は……あった、これだ」
女神様は何処からか透明な板を取り出すと指でそれをスライドする。あそこに俺の素行とかが書いてあるんだろうか?
「神崎 廻、年齢は十八歳。そこそこお金持ちの家に生まれて、能力自体は平凡ながら幸せに暮らす、と……幼少期にガチャ依存症になった事以外は特に問題はないですね」
「なんか、診療を受けてる感じがします」
「ふふっ、面白い例えですけど診療とはちょっと違います。コレはどっちかと言うと面接の方が近いですね」
ウインク可愛い。完全に心臓を撃ち抜かれました。もう、俺の心臓、蜂の巣状態。多分今の俺には心臓無いけどね!
「さっ、では天国に行くか、地獄に行くかの、審判をしましょう……といきたいところなんですが……」
「……何か問題が?」
俺のその言葉に女神様が言いにくそうな表情をする。
「ええっと、実は……貴方って本来は老衰まで生きる予定だったんですよ」
「えっ、そうなんですか」
「はい。実は人間って、何時死ぬかが予め運命みたいなもので決められてるんです。だから、基本的にこんな異常事態は起きないはずなんですよ」
基本的にという事は例外もあるということなのだろう。まぁ、現状の俺が例外みたいなもんっぽいしな。
「あんまり詳しく説明するのはちょっと禁忌に触れるので言えないんですけど……本来近付くことすらなかった、色々な歯車が偶然噛み合って貴方の寿命があの女の子に移っちゃったというか……」
なるほどなるほど。よく分からんけど、ややこしそうなのは分かった。
「それだけなら、ちょっと寿命の残量みたいなものをを弄って、貴方を向こうの世界で復活させたら良いだけなんですけど……あの少女が本来持っていた寿命の容物が先程の意味の分からない歯車のゴタゴタで跡形もなく吹き飛びまして………」
「つまり?」
「向こうにある貴方の体にはどう足掻いても、命を吹き込めないってことです」
成程、成程。何かやばい事故で俺とあの女の子の寿命が入れ替わったけど、その拍子に俺だけ寿命を入れておく為の容器が無くなってしまったと。
「……今回の事は完全に私のミスです。本当に申し訳ございません。本来であれば、貴方を向こうで復活させる事くらいなら可能なんです。ですが、容物が跡形もなく消失してしまいまして……」
「改めて容物を用意するとかは……」
無理だろうな、とは思いつつも一応聞いてみる。
「……ごめんなさい、容物は体につき一つしか作れないんです。私達の力でもゼロから容物だけを作るのは出来なくて……。一欠片でも残っていれば時間はかかりますが、修復も可能ではあるんです。でも、今回は……」
……欠片も残さず綺麗さっぱり消えちゃったから、修復が出来ないと。……あれ?ってことは今の俺って精神体だけってことか?
「_____おぉ、貫通する」
試しに右手の手のひらに左手の指を押し当てて見ると、何の感触もなくスっとすり抜けた。幽霊ってこんな感じなのか。
「そもそも此処は資格を持つ存在以外、精神体でしか入れませんからね」
俺が遊んでいるのを複雑そうな表情で見つつ、苦笑する女神様。
「生物以外は例外なんですか?」
「いいえ、生物であろうとなかろうと、実体を持つモノは此処には入れません」
「あれ?じゃあ、俺のスマホは……」
俺の言葉に、自身の上にふわふわと浮いてあるスマホをそっと手に取る女神様。
「……よっぽど愛着がおありだったんですね。八百万の神が宿る……とまでは言えませんが、一生懸命に大事なされたモノには、稀に『想い』が伝染ることがあるんです。これが此処にあるのは、貴方の魂の一部とも言える『想い』がこのスマホに分け与えられたからです」
女神様が、愛おしそうに、嬉しそうに俺のスマホの縁をそっと撫でる。……まぁ、かれこれ八年以上は使ってるもんな。明らかに型落ちではあったものの、中々捨てられなかった位には愛着があったものだ。そうも褒められると少し嬉しくなる。
オンボロとか言ってごめんな。俺、実はツンデレなんだ。
「申し訳ありません。少し、話が逸れてしまいましたね。では、改めて今後のことについてお話させて頂きます」
スマホをポンっと机の上に置いた女神様は指を立てて、俺の取れる選択肢を説明してくれる。
「まず、一つ目の選択肢は魂を丸ごと洗い流して、新たな生命に生まれ変わると言うものです。コレを選んだ場合、次回の転生先へある程度の融通は聞けます」
……凄いイケメンに生まれ変われたりするんだろうか?それはちょっとアリだな。
「そして、次が天国で悠々自適に暮らすと言うものです。本来なら厳正な審査の上で入国の有無を決めるのですが、今回はそれら全てをとっぱらって入国ができます。あと、こちらでもそれなりの地位を約束出来ます」
ほうほう、天国かぁ……。どれだけガチャしても怒られたりしない場所だったりするんだろうか。
「そして、最後が______今の記憶をもって別の世界で生きてもらうというものです」
「ん?……ちょっと待って下さい。……別の世界で生きる?」
「はい。これを選ぶと、貴方は異世界に転生することになります。因みにコレを選び、やがて死んだとしても、先に説明した二つのどちらかを選ぶことは出来ます」
「記憶持って赤ん坊からやり直しってことですか?」
「それは、輪廻転生を劣化させる方ですね……そっちの方が良いんですか?」
「い、いえ、このままの方がいいです」
両親の記憶があるまま、誰かを新たな両親として迎えることなんて小心者の俺には出来そうに無いからな。
「異世界はちょっと気になりますけど……俺、異世界語とか分かりませんよ?」
「転生特典として【鑑定】と【アイテムボックス】【言語翻訳】が一緒に付けられるので大丈夫です。言葉に困る事は恐らくないと思いますよ」
おぉー、なんと言うアフターケア。素晴らしい。拍手喝采を送りたい気分だ。送っとこう。パチパチパチ、うぉー!
「そして、異世界転生にはもう一つ特典が付きます。それは、そう______自分の欲しいチートのような能力を選ぶことが出来る!と言うものです」
「おぉ!……チート能力て言うとあれですね!瞬間移動したり、炎出したりするやつですね!」
「はい、その通りです!貴方が望むなら何でも叶えてあげますよ!【獲得経験値百倍】でも、【時空魔法】でも、何でもです!」
時空魔法とか、なんか俺の厨二心が揺さぶられる。
「ハーレムを作るもよし、無双するもよし!さぁ、貴方の願いは何ですか?」
テンションが上がっているのか、両手を広げて問いてくる女神様。
俺の願い、願いか……。考えてみると、無双もハーレムもしたくないな。ハーレムはいつか刺されそうだし、無双もうっかり足を滑らして崖から落ちたりして死ぬと言う、何とも言えない幕引きになりそうな気がする。
俺は別に冒険したいわけでもないし、安全に自堕落に生きていたい。
そう考えると戦闘系のスキルとかいらなくね?でも、生産系も要らない。だってそこまでして、働きたくないし……そうだ!
「女神様、本当に何でもいいんですよね!」
「えぇ!無双でもハーレムでも……」
「なら俺、ガチャしたいです!」
「…………へ?」
そうだ!こうすれば良かったんだ!こうすればガチャが出来なくなるなんて心配もないし、日本のことを思い出しながら悠々自適に自堕落に暮らせる。
「えぇ……無双とかは?」
「いりません」
すぐ死ぬに決まってる。
「……ハーレムは?」
「……ちょっと欲しいとは思うけど、刺されそうで怖いので作りません」
昔、アニメに出てきた、史上最高にクズな主人公が何処かに出てくるたびに『◯死ね!』と言われてるの知ってるからな。
俺はあの人みたいな最後は迎えたくない。
絶対に包丁でグサグサなんてされるもんか!包丁は人を刺すものじゃないからな!ソイツは殺しの道具じゃねぇって言ってんだ。
「別にガチャがいいなら、それでも構いませんけど……景品はどうします?スキルとか日本の物品にしますか?」
「それでお願いします!多分、お米とかあんぱんが恋しくなると思うので!」
「了解しました。ガチャを回す方法は二つ程に設定しておきますね」
「なんか良く分からないけどお願いします!」
俺の前で女神様が黙々と作業を進める。うむ、絵になる。写真に撮って永久保存したい。いや、むしろ家宝にしようか。マトモな美女とか国宝どころか、世界の宝だからな。
「出来ました。これで貴方は向こうの世界でガチャができるはずです」
「さすが女神様!可愛くて仕事も出来るなんて、完璧じゃないですか!」
ちょっとテンションが上がってきた俺は、あからさまに女神様を持ち上げる。女神様は満更でもなさそうに照れながら頬をかく。
「あ、あの、褒められるのは嬉しいんですけど、そこまで言われると流石に照れると言うか……」
か、可愛い。すごく可愛い。とにかく(ry
「さ、さぁ、気を取り直して、異世界転生行ってみましょう!」
「おー!」
女神様が呪文を唱え始めると、俺の足元に明るく輝く魔法陣が浮かび上がる。何ともファンタジーな光景だ。
女神様の詠唱は長く、美しく、まるで歌の様だった。今、俺の手にちゃんとしたスマホがあれば御身を撮影しているところだ。コイツ、電源すら付かねぇ。というか、そもそも触れない。
「ふぅ……」
やがて、詠唱が終わったのか、女神様がホッと息を吐く。
「異世界のヘルプを書いておきましたので、向こうに行ったら見てみてください」
「えっと……有難うございました」
「いえいえ、元はと言えば此方のミスですし……何より私も貴方と話したり、新しいスキルを作ったりするのは楽しかったですから!」
段々と魔法陣の輝きが増していく。恐らく、もう少しで向こうの世界に行くのだろう。少しだけ、心が踊っているのが、高鳴る自分の鼓動でわかった。
「貴方の旅に幸福があらん事を!次に会うときは天寿を全うした時である事を願っています!では、行ってらっしゃい!」
「はい、行ってきます!」
そして、俺の視界は光に包まれた。
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