異世界来たのでガチャを回します!〜最強何それ美味しいの?〜

あるたいる

第1話



 ___ガチャが小さい頃から大好きだった。


 キッカケは覚えていないが、俺こと神崎かんざき まわるは小さいときからお小遣いを全てガチャに注ぎ込む『ガチャ狂い』だった。


 鞄に付けると明らかに邪魔になるストラップや、置き場所に困るミニチュア。果てには制作者すら用途がよく分かっていないであろうキーホルダーまで、全種コンプリートを目指した。


 小さな頃から親の買い物に積極的について行き、そのご褒美として店外にあるガチャを回す。好きな物かどうかなんて関係ない。ただ、目当てのものが当たるか当たらないかのドキドキと、何をトチ狂って制作したのか分からない景品や完成度が高すぎる景品に心を揺さぶられたのだ。


 欲しかったもの、欲しくなかったもの、何か段々気に入ってしまった得体の知れないもの。その全てが俺の記憶と共に、今も部屋の一端を宝石の様に鮮やかに彩ってくれている。


 何時までも、何時までも、こんな日々を過ごしたい。子供の頃はそう思っていた。でも、人間は少しづつ大人になっていく。ガチャの景品が移り変わるように、視点も少しづつ変わっていく……いや、正確には高くなっていくだろうか。


 視点が高くなるそうなるとガチャ狂いの子供はどうなるか。自分が対価として貰っていた、あの硬貨の価値を少し高い目線で見るとどうなるか。


『俺、滅茶苦茶金使ってね?』


 そう、親がそこそこの金持ちじゃなければとっくにガチャが回せなくなっていることに気付いたのだ。それ程までに、俺はガチャに狂っていた。ついでに部屋にはよく分からない景品が溢れていた。


 『_______これじゃあ駄目だ』


 タイミングとしては、弟の五歳の誕生日だろうか?


 俺の可愛い可愛い弟はあるモノを欲しがった。両親ならば問題なく買ってあげられただろう。でも、弟は俺に買って欲しいとねだったのだ。


 因みに俺の当時のお小遣いでも問題なく買ってあげられた。をしていなければの話だったが。


 ……弟は優しい子だった。俺の誕生日には必死に折った折り紙のお花をプレゼントしてくれる位には良い子だった。そんな可愛くて優しい弟に、俺は何のプレゼントも渡さない駄目兄貴だった。


 俺は自身の堕落を悔やみ、号泣した。因みに弟は俺を泣かせてしまったと思ったらしく、俺より大泣きした。なんて優しい弟なのだろうか。


 ______その次の日から、俺の特訓は始まった。


 まず、普通に我慢しようと思った。いつも通り買い物の荷物持ちのご褒美ガチャを我慢した。次の日、三十九度の熱を出した。


 次に、ガチャを嫌いになろうと、特に好きでも無い女児向けのガチャばかり回した。……何故か女子力が上がった。後、別にガチャが嫌いに慣れたわけでもなかった。


 次に、そもそもガチャの存在を認識するから悪いのだという結論に至り、家に引きこもった。結果、三日目にしてストレスでゲロを吐いた。どないなってんねん。


 その後も策を高じ、熱を出し、策を高じ、ゲロを吐き続け______ある結論が導き出される。


『______俺、ガチャ禁無理だ』


 そして、最後の策を取った。


 スマホゲームの解禁である。当たり要素が少しでもあれば俺の発作は収まるため、毎日無料の低レアガチャや偶に出来るレアガチャによって、少しづつ俺のガチャ欲は常人より少し上レベルまで下げることに成功した。


 今の俺なら、ガチャBOXの前で財布から出したコインをもう一度財布の中に戻すことだって可能だ。


 因みにスマホゲーム解禁のお願いをしたときは本当に大変だった。……まず、スマホを買ってもらうために、父親の仕事をニヶ月ほど手伝ったし、母親に媚びも売った。そして何より、二ヶ月のガチャ禁が辛かった。


 ゲロも吐いたし、熱も出たし、発狂もした。一月半が経った辺りとか最早、人間かどうか怪しかったからな。


 彼奴ら、スーパーやゲーセンを通るたび、俺に悪魔のごとく囁いて来るんだぜ?___こっち来いよ、ほらコインを入れてガチャガチャするだけだぜ?って具合にだ。誘ってんのか。


 まぁ、それも過去の話だ。そんなこんなでガチャ依存症を乗り越えた俺も今や高校二年生だ。学校内では完全にモブAだ。友達も少なからずいるが、俺の親友を除いて、特に特別っぽい奴はいない。何人か知り合いに変なのがいるが、知り合いなので免除だろう。


 俺はそこまでコミュ障では無いが、人と付き合うのが得意ではないタイプの人間だ。だからこそ、今日この日……入学式の足取りは酷く重い。


 ダルい体を引きずりながら通学路を歩く。通学路に人が多いのも、足取りを重くする原因だ。……今日は早めに出たはずなんだが、何かいつもより人が多い。


 ……そういや、ここの近くの中学校は今日始業式だったけ?因みに何で知っているのかと言うと、弟が通っているからです。俺も二年前まで通ってました。


「_____ふぁーあ……」


 だからといって、別に何がある訳でもない。何も無さすぎて間抜けな欠伸が出るくらいだ。


 暫く歩いていると、いつも俺の行く手を阻む、やたらと長い信号の前で止まる。点滅していたので走ればギリギリ間に合ったかもしれないが、朝から走る元気は俺にはなかった。でも、やたらと赤が長い信号渡れないと気分落ち込んでこない?俺は現在進行形で落ち込んでる。


 ……よし、こういう時はガチャだ!よく分かんないけど入学式のヘルプとして呼び出された俺は、来たる保護者や新入生の対応に心血を注ぎ臨まなければならない。そのためにもビバガチャだ!


えっ、ただガチャを回したいだけじゃないのかって?うるせぇ、無駄にクオリティ高いガチャ景品ぶつけんぞ。一個、五百円するやつな。


いかんいかん、神聖な儀式に今から挑むというのに、心を波立たせては邪が混じってしまう。俺ほどの敬虔な教徒は、トーシロがやるようなそんな安易なミスはしない。神に対する冒頭になってしまうからな。


欲を無くし、愛をもって、全てを受け入れる。そうでなければ、お目当てのものなど手に入らない。何処ぞの誰が発明したのか分からない、物欲センサーなるものがこの世界には存在しているからである。


故に、故にだ。俺は春休み中に毎日瞑想を繰り返す事により、完全なる欲の排除に成功していた。今の俺は悠然と立つ大樹のような強靭な心とあらゆるものを包容する慈愛の心を併せ持った存在。


最早、負ける道理など見当たるまい。今こそ、ずっとガチャ禁してた成果を見せる時!幾多ものピックアップを無視してきた俺の努力を見せろぉ!


 今回のピックアップこそは周回性能ナンバーワンのあの人が来てくれるはずだ!現在の石は二百十個。これは勝てる!



 ________さぁ、行くぞ!


 十連目!


 ……まぁ、まだ始まったばっかりだし。


 二十連目!


 まぁ、星四当たったしいいか……。


 三十連目!


 ______まだまだ!


 四十連目!


 ゴミ。


 五十連目!


(声にならない叫び)


 六十連目!


 すり抜け、だと……?


 駄目だ……ラスト十連しかない。


 さっきすり抜けたから、当たる確率は凄く低くなっているはずだ!おのれ、お前は後で育成してやるからな!


 残っている石はラスト十連。当たる確率は恐らくものすごく少ない。


 ______だが、俺を舐めるなよ!俺は最後の引きだけは強い!ガチャ歴十数年、今世紀最大の引きを見せてやる!


 ウォォォォッ!


 ……。……?


ダメだ、固まった。くそっ、このヘナチョコデバイスが。お前なんかこうだ!こうなって当然なんだ!


固まったスマホをブンブンと振って、画面の硬直を直そうとするも、画面はピクリとも動かない。


俺のスマホは最新型から何世代も前のオンボロスペックなのだが、如何せん昔からの愛用機で変えようにも愛着が邪魔をする。


「はぁ……」


 俺は画面から目線を逸らし前を向く。すると丁度信号が青に変わる


 俺は手早く向こうの歩道まで行くと端に寄り、歩みを止める。そして、視線を再びスマホに落とす。


 あっ、動き始めた。一連目は出ない。二連目も出ない。三連目から九連目も駄目だ。……ら、ラストだ……。


 ______!虹回転!星五確定演出!行ける行けるぞ!


「______キタキタキタ!」


 小声でガッツポーズをし、その瞬間を待ち侘びる。


 _______そして、また固まった。どうなってんだこのスマホぉっ!!!


「つらい……」


 ため息を吐きながら、目線を上げる。


チラリと信号機の方へ目を向けると、知らぬ間に信号が変わりかけている。諦めて次の信号を待つことにした俺は、オンボロスマホをポケットに仕舞いつつ、向こう側まで急いでいる少女に視線が向いた。


その少女はかつては俺が通い、今は弟が通っている中学の制服を着ている。


元気がいいな、とか何とか思いつつも再びスマホを弄ろうとしたその時、俺が視線を向けていた少女が、横断歩道の真ん中でズテンっ、とこけた。それはもう、結構な勢いで。


信号が赤に変わりそうなので、手を貸しに行こうかと、一歩踏み出す。しかし、俺が次の一歩を踏み出すことは無かった。


何故なら、少女は別段と負傷は無かったのか、一人で立ち上がろうとしたからである。その頬は恥ずかしさからか朱に染まっていたが、それ以外は別になんて事はなさそうだと、目視で確認できた。


俺はちょっと手持ち無沙汰になりつつも、おもむろにスマホを取り出そうとして________トラックが凄い勢いで右折してきた。


 距離は少しある。立っていたのなら、十分に避けれる距離だった。しかし、少女は不運にも転けて地面にへたりこんでいる。停止もせずに突っ込んできているトラックを自力で避けることはほぼ不可能に近い。


 ______気付いた時には飛び出していた。


 動き出した画面ガチャの結果に何て目もくれずに走り、身を強張らせる少女を力任せに突き飛ばす。


 少女が向こう側に突き飛ばされる。もう少し、優しく突き飛ばせれば良かったが、今の俺にそんな余裕はなかった。


 頭とか打ってないと良い_____


 ______次の瞬間、俺の体を不思議な浮遊感が襲う。


 同時に意識を手放しかねない激痛と、地面を無様に転がる感覚を味わう。徐々に地面が赤く染まっていく。恐らく、これは俺の体から流れ出した血なんだろう。


 あー、くっそ……体動かねぇ……。どっから血が出てるかも分かんないし、止めようも無い。こんな事で人生幕引きだなんて、とんだハズレくじだ。結構、善行積んできたはずなんだけどなぁ……まぁ、しょうがないわな。悔しいけど、モブの幕引きなんてこんな雑な感じでもしょうがない。


 俺の頭の中にこんなどうしようもない息子を愛してくれた弟と両親の顔が浮かんで……いや、まぁ父さんはどうでもいいや。


 弟よ、兄ちゃん多分……いや、確実に死ぬわ。うん、これはヤヴァイ。意識が段々朦朧としてきてるし、目も霞んで来てる。


 あっ、そうだガチャの結果は……?


 俺はトラックにボコボコにされてなお、手に持ったままのスマホを最後の力で持ち上げると、画面を見る______前に命を落とした。


 こうして、俺の人生はアッサリと幕は降ろされたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る