第14話ろうらく作戦会議

 オーマがクラースに面会した次の日____。


 日が昇ってしばらくした昼前、サンダーラッツ幹部たちは、再び酒場レッドベアの地下に集まった。

昼前の腹のすく時間帯のためか、緊張をほぐすためか、会議のテーブルには、酒のつまみになるものが置かれていた。


「うーん、美味い。酒が欲しいわ」

「副長、それはさすがに・・・」

「分かってるわよ。報告が終わってからでしょ?」

「いよいよ、本格的に任務が始まるってのにマイペースだねぇ、ウチら」

「そうなる原因のフランに言われたくない」

「ま、まあ、肩肘張って、上手くいく任務ではないですし」

「そもそも、作戦内容が女性を口説くことだから、緊張感が無い」

「場所も、たまり場でもある、この店の地下だしな。とはいえ任務は任務、ぼちぼち会議を始めよう。えーと、では、第一回勇者ろうらく作戦会議を始める!」


「「・・・・・・」」


「・・・何だよ」

「締まらないわ~、何そのタイトル」

「やる気でない・・・」

「仕方ないだろ!そういう任務なんだから!いいから、まずは報告からだ。お前達、ジェネリーの様子見てきたんだろ?」


 グダつきながらもオーマが会議を始めると、サンダーラッツの面々も渋々ながら気持ちを切り替え始めた。


「は~、そうね。いい加減、気持ちを切り替えましょう。そうよ。団長の言う通り、昨日、団長が城に行っている間にジェネリーの様子を見に行ったわ」

「ウェイフィーから、実際に接触すると報告を受けたが?」

「ええ。声を掛けたわよ。良い子ね、ジェネリーって」

「平民の僕たちに対しても、丁寧な対応でした」

「私も真面目な印象で、好感が持てました」

「そうなんだよ。でも、真面目で良い子だからこそ、口説くのは難しいんじゃないか、って思ってる」

「いや、大丈夫よ」

「え?」

「あの子の反応からして、すでに団長に気があるわよ」

「えっ!?そ、そうなのか!?」

「気付かなかったの!?分かりやすいでしょ!?」

「まあ、団長に女性の気持ちを察するなんてこと、期待してませんけど」

「クシナ・・・かわいそう」

「今は同情しないで下さい。ウェイフィー」

「だ、だが、まだ一度しか会ってないんだぞ?そんな簡単に・・・」

「サンダーラッツのことを尊敬しているって話が本当ってことなんでしょ」

「前評判で尊敬されていて、実際会って第一印象が良いなら、恋の滑り出しとしては上々だな」

「なんだよ。そこが一番難しいと思っていたのに、クリア済みかよ」

「そっ♪だから、よっぽど幻滅するようなことしなきゃ、普通に行けるでしょ」

「げ、幻滅か・・・大丈夫かな」


皆は盛り上がっているが、女性とお付き合いしたことが無いオーマには、好感があるのもそれはそれでプレッシャーだった。

 オーマは普段の作戦会議では見せない、弱気な態度を見せてしまう。

そんなオーマの態度に対して、ヴァリネスが見せたのは“仕方がないなぁ”という態度だ。


「大丈夫よ。初めて会った時に好感を持ってくれたんだから、そのままでいいってことよ。自信を持ちなさい!団長!」

「確かに・・・好感を得るために不慣れなことをする必要ないなら、後は会う回数を増やしていけば、自然と親しくなれるだろう」

「あ、会う回数を増やす・・か。なら食事とかに誘ったりするんだよな・・・。貴族の食事の作法なんて知らんぞ。幻滅されないかな・・・」

「大丈夫よ!向こうがこっちに興味あるんだから、こっちの作法と流儀でいけるわ。すでに約束もしてきたし」

「何?」

「え、ウソ!?すでにデートもセッティング済みかよ!?」

「そんな色気のあるもんじゃないけどね。ウチに入るなら、一度見学に来ないかって誘ったの。そしたら行きたいって、案内役はもちろん団長よ」

「なるほど」

「へー」

「副長ナイス」

「ナイスでしょ♪いいわね団長?・・・団長?」

「どうしたんですか、団長?」

「・・・今日ほどお前を頼りになると思ったことはないぞ、副長。すげーな」

「アッハッハッハッハ!まかせなさい!このヴァリネス姉さんの手に掛かれば恋愛なんて、どうにでもなるわ!」

「おー!それで何で、ロジはどうにもならないんだ?」

「___ぐはぁ!」


ヴァリネス姉さんは瀕死のダメージを受けてしまった。


「副長!?大丈夫ですか!?」

「団長、それは言わない約束」

「す、すまん、副長。ふと疑問に思っただけで、ダメージを与える気はなかった」

「う~~、どうしてロジくんは、私の気持ちに気づいてくれないの?天然過ぎよ・・・そこも可愛いけど」


 ロジは自分の恋愛に対して絶望的に鈍い。

今現在、恋愛に興味が無いこともあって、ヴァリネスのことを優れた上官として尊敬してはいるが、異性としては全く見ていなかった。


「クシナと同じ仲間だね」

「やめてください、ウェイフィー。ロジのは天然です」

「?」

「うーー、団長ー・・・」


 ヴァリネスは涙を浮かべて、オーマに目で訴える。


「わ、分かってるって、副長。もちろん協力するから、今は手を貸してくれ」

「・・・絶対?」

「絶対だ」

「絶対の、絶対の、絶対ね。信じるわよ?」

「絶対の、絶対の、絶対だ。信じてくれ」

「・・・うん、分かった」


ヴァリネスはグシグシと涙を拭いて、立ち上がる。


「よ、よし!じゃー話を戻そう」


オーマは強引に話を戻した。


「じゃー改めて、ジェネリーのことだけど、変なことはせず、会う機会を増やすって話しだけど、私は反対」

「何故です?」

「私も、一刻も早くハーレムが欲しいから」

「は?」

「ゲフッゲフッ、違った違った。任務なんだし、あんまり時間かけてらんないでしょ?」

「そういえば、期限ってあったっけ?団長?」

「特に言われてはないな」

「魔王が誕生するまでってんなら、10年以内ってとこか?」

「なら時間的余裕は、わりとある気がしますが」

「いや、気を付けるべきは魔王だけじゃない。一人に時間を掛け過ぎたら、他の候補者を他所に取られるかもしれん。これは、他勢力との人材争奪戦でもある。だから、悠長なことはしてられん」

「それもだし、二人の性格を考えたら、成り行きに任せていたらいつまで掛かるか分かったもんじゃないわ。二人とも真面目で奥手だし。なにより、一気に距離を縮めるネタがあるなら尚更よ」

「シルバーシュの件ですね?」

「そう、利用できそうなんでしょ?団長」

「ああ、多分な。じゃー、今度は俺からその件について報告しよう」


 オーマは水を一口含んでから、テーブルに両肘を付いて身を乗り出す。

それに合わせるように、隊長達もオーマと向き合って、話を聞いた。


「まず、思っていた通り、宰相もシルバーシュ残党のことは把握していた。それだけじゃなく、連中を泳がせてもいた」

「はー、やっぱり」


全員が、“だろうな”といった感じで、特に驚いた様子はない。


「帝国内に潜入している数は約50人、首魁は元シルバーシュ貴族のザイール・グレンデス・ヒューロス、現段階で予想される連中の目的は元シルバーシュ貴族の暗殺だそうだ」

「ウソッ!?本当に暗殺なの!?」

「騎士の誇りはどうした(笑)」

「元凶の帝国じゃなくて、そっちを目標にしたんだな。元は同士だろうに」

「元同士だからでしょうか?彼らからすれば、裏切りなわけですから、“騎士の誇り”が許さないのでは?」

「矛盾してますよね。誇りを捨てて裏切ったことが許せず、暗殺という誇りを捨てた行為に走る」

「きっと、自分達のすることは、都合良いこと言って正当化するタイプだ。絶対めんどくせぇ連中だ」

「まだ、予想の範囲だがな。だが、もしそうなら、こちらの作戦に利用できる。すでに宰相からは許可をもらっている。シルバーシュの残党は俺達の好きにしていいそうだ」

「団長、暗殺のターゲットって、ジェネリーさんなのですか?」

「恐らくな、彼女のことも嗅ぎまわっているし、一番恨まれているのはジェネリーの父親だ。ミシテイス家全員を狙っていると判断している」

「それで、間違いないと思うぜ。なあ?イワ」

「ああ、ボロスの所に聞き込みに行きましたが、ジェネリー嬢に対して、恨み言を言っていたそうです」

「父親が憎いからって、娘に対しても?ますます感じ悪いわね」

「ミシテイス家の誰から仕掛けるんでしょうか?」

「一番恨んでいる父親じゃねーの?」

「意趣返しなら、むしろ最後だと思う」

「誰からでもかまわないでしょ。こっちから暗殺しやすい状況を用意して、食いつかせるのよ」

「その通りだ。そこで俺達は、副長が約束したジェネリーの演習見学に、奴らを誘い込もうと思う」

「待ってください、団長。さすがにこの人数では、50人のシルバーシュ残党相手にするのは厳しいのでは?」

「大丈夫だろ。このメンバーなら50人くらい。相手次第じゃー、一人50でもいける」

「油断は禁物です。フラン。相手の手の内も分からないというのに」

「それに、ジェネリーさんの警護、場所によっては民間人に被害が出ないようにしなければなりません。戦力的に問題なくても、人手は要ります」

「ああ、それなら大丈夫だ。宰相からこの作戦に際し、雷鼠戦士団の出撃許可をもらってきた。万が一のときには、サンダーラッツを帝都に展開できる」

「ウソッ!?」

「マジかよ!?」

「帝都内で、本土防衛軍以外の部隊が作戦行動をとれるなんて、すごいですね」

「団長。と、いうことは___」

「ああ、“俺達の計画”にも使えるってことだ。帝都でサンダーラッツを使えるなら、事実上、どこでも使えるということだからな」

「ほー、ちゃっかりしてんなぁ!団長!」

「こういう場合は、しっかりって言うんだ。こっちが俺達の本当の目的なんだしな」

「てことは、ジェネリーが見学に来た時に暗殺を実行されたら、そのままサンダーラッツで対応できるわね」

「民間にも被害を出さずに済みますね」

「それなんですが、団長。そもそも民間人の居ない場所に、こちらで連中を誘導できるのでは?」

「どうやるんだ?イワナミ?」

「この界隈のゴロツキ連中と、宰相から持たされた権限を使えば可能だと思います。ゴロツキ共にとっても連中は邪魔者ですから、誘えば乗ると思います」

「私達が第一貴族の命令で、残党狩りをすると言えば、言うこと聞くでしょうね」

「なるほど。可能だろう。ゴロツキ共だけじゃなく、バグスのカラス兄弟の協力も得られるからな」

「本当!?」

「すごいですね」


 『帝国諜報機関バグス』___。

 帝国第一貴族の直轄で、情報収集のみならず、工作、暗殺まで行う、帝国最精鋭の隠密部隊である。

カラス兄弟とは、そのバグスの中でも、一番の腕を持つ二人組の工作員で、カラスを模した黒い仮面と黒装束を身にまとい、第一貴族以外の者で素顔を見た者はいない。


「我々7人だけでしたら、結構厳しかったでしょうけど、帝国の隠密部隊まで使えるとは」

「うーん。こりゃ楽勝だな」

「イージーモード」

「気は抜くなよ?それだけの権限を使えるってことは、それだけの責任があるってことだ。宰相にも釘を刺されたしな」

「今さらよ。今回に限らないじゃない。そんなの」

「どこの戦場だって、気を抜いたら死ぬ」

「ん、そうだな。俺の方が弱気だったか?」


女性を口説く任務といい、宰相の圧力といい、オーマにとってしんどい事ばかりだったため、自身の方が少し弱気だったと気付かされる。

 そのことに内心で感謝し、改めてオーマは皆に号令を出す。


「よし、方針は決まった!ジェネリーが見学に来る日に、シルバーシュ残党をおびき出す。そして、奴らの暗殺計画を阻止する!いいな?みんな!」


「「・・・・・・」」


「・・・あれ?どうしたお前達?」


「「ジェネリーを口説くんだろ!!」」


「う・・・」

「それが団長の役目」

「女性を口説く自信がないからって、逃げないで下さい」

「大事な任務と言ったのは団長です」

「団長の性格からして、女を口説くより、そっちの方が性に合っているけどさー」

「シルバーシュの残党は私達がやるわ」

「慣れないことで大変でしょうけど、頑張ってください」

「・・・・はい」


再び自身が弱気だったと気付かされ、内心で鬱陶しいと思いつつ、仲間たちと計画を詰めていった____。






 帝都中心部から門を出ると、農場地帯がある。

帝国は軍事大国だが、農業の手を抜いているわけではない。

むしろ、遠征には大量の物資が必要になるため、農業にこそ力を入れている。

だが、そうはいっても、広い領土と人口の大きさから、全てを完璧に管理できているわけではなく、帝都からも農場からも離れるにつれ、人通りがなくなり空き家も増え、廃墟なども見えてくる。

市街から遠く離れた農村の空き家や荒れ地の廃墟など、一般人には興味がないだろうが、そういう場所を絶好の隠れ家にしている者達も居る。

 シルバーシュ残党のアジトは、そんな荒れ地の廃墟の一軒だった。

 屋敷の中はジメジメしており、埃が溜まっていてカビがそこら中に生えている。

そして、外に明かりが漏れないよう閉めきっているので、部屋の空気はこもり、鼻が曲がりそうなほど臭く、息を吸い込めばむせ返るほどだった。

 そんな屋敷の地下の狭い一室で、ギシギシと悲鳴を上げる椅子に座り、すえた匂いを放つ木造テーブルに肘をついている男が居る。

痩せこけて、目の下にくまを作り、白髪の混じった髪はボサボサだ。

服装は貴族服だが、擦り切れてボロボロなうえ、埃と泥で汚れている。

 その男は眉間にしわを寄せ、今にも何かに襲い掛かりそうなほど殺気立っている。

理由は部屋の悪臭ではない。


「ミシテイス・・・・」


 その男、ザイール・グレンデス・ヒューロスは、己にとって最も憎むべき人物の名を口にする。

深く静かにそう呟く様は、相手を憎みながらも、確実にその者への復讐を遂げる決意が感じられる。

ザイールは、ジェネリーの父、ギュンドの事を一日たりとも忘れたことはない。


「何が騎士の誇りだ。さんざん人に騎士の誇りを謳っておいて、国を売るなど!!」


この数年間で何度となく口にする悪態。何度口にしても、一向に治まることはない。


「そのくせ、今は帝国で貴族だと!?ふざけやがって!!」


治まるどころか、口にすればするほど怒りが膨らんでいく。

今のザイールには、最早貴族の誇りなど無く、ただ一人の裏切り者に執着する復讐者だった。


「祖国よ!四大神よ!いや、このさい魔王でもいい!!奴に復讐するチャンスを!!」


 その渇望に答える様に、腐った木のドアがギィィと返事をした。

開かれたドアから入ってきたのは、一人の男。

ザイールと似た貴族服で、同じくボロいが、こちらの方が汚れは少ない。

髪などもオールバックで整えており、ザイールよりは清潔感があった。


「どうしたというのだ?外に聞こえたぞ」

「ロメオか・・・ふん!どうせ周りには誰もいないだろ?」


ザイールの言葉に、ロメオと呼ばれた男は、やれやれと言った表情を浮かべる。


「警戒は必要だ。こんな騒ぎで帝国の連中に気付かれたら台無しだ。今日は、せっかく良い土産を持ってきたんだ」

「みやげ?」

「ああ、ジェネリー・イヴ・ミシテイスを殺るチャンスが来たぞ」

「ほぉ!」


眉間に寄っていたしわが一気に伸びて、目が開かれる。ザイールが望んでいた時が訪れたのだ。


「ようやく!ようやくだ!!今までは警備の厳しい貴族区画と軍学校で、チャンスは無かったが、ようやく・・・ククク、それで!?」

「来週末、軍の演習を見学するため、市街から出るそうだ。」

「・・・演習?周りに軍がいて大丈夫か?演習の規模は?」

「軍の演習といっても一戦士団だけだ。ジェネリーが配属を希望しているらしく、それを聞いたその戦士団の団長が誘ったそうだ」

「どこだ?」

「雷鼠戦士団」

「ああ、あの“ドブネズミ”か、あのバークランドから国を守ったと聞いた時は一目置いていたが・・・そういえば、確かにシルバーシュにいたころ、奴らの武勇伝に目を輝かせていたな、あの娘。だが、サンダーラッツの方はどうして?たかが一人の入団希望者のために演習するのか?」

「ああ、良いポイント稼ぎになると思ったのだろう。平民で構成された部隊に貴族が志願するのだから」

「ふん!卑しい連中だ!まさに“ドブネズミ”だな!」

「だが、そのおかげで演習に関する情報の入手は簡単だった。日時、場所、規模までな。酒場でサンダーラッツの部隊長達が、貴族を迎えれば箔が付くと言いながら、上機嫌で喋っていたぞ」

「バカな連中だな。たとえ演習とはいえ軍事行動をベラベラ喋るなんて。そんな連中が演習と接待に集中するのなら出し抜くなど容易だな」

「ああ、すでに準備に入っている」

「クククク・・・ギュンドの奴、娘の死を知ったらどんな顔をするのか見ものだな。娘の後は必ず奴も地獄に送ってやる・・・」


 ザイールは醜悪な笑みを浮かべて悦に浸り始める。

 その様子を見て、ロメオはそっと部屋を出た。

そのまま外へ出て、明かりの無い真っ暗な林の中を少し歩いた後、暗闇に向かって呟いた。


「目標の誘導に成功。暗殺計画は分かり次第報告する」

「了解。こちらも本物のロメオ・デル・イージの処分を完了した。合せて宰相閣下に報告する」


誰もいないはずの暗闇から返事が返ってくる。

 それを聞いたロメオは、また屋敷に戻って行った____。

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