第10話サンダーラッツ

 __数日後。



「「はぁああーーーー!?」」


 酒場レッドベアの地下で、反乱計画を聞かされたサンダーラッツの隊長達の声が木霊した。


「は、反乱って、まじかよ・・・」


 開いた口が塞がらない表情で、金髪の男が呟く。

細身だが鍛えこまれた体で、金髪を肩まで伸ばした、やや軽薄な雰囲気のある色男。

雷鼠戦士団、遊撃隊隊長フラン・ロープ。

女好きの楽天家で、普段は飄々としている彼だが、二人の計画には驚きを隠せないでいる。


「こんな日が来るかもと思っていたが、まさか籠絡とは・・・」


 目を閉じて、考え込む様子で呟く男が居る。

集まった者たちの中で一番大柄で、縦も横も大きい。

黒い髪を短くして立てており、顔は四角く目が細い。

その低く落ち着きのある声と相まって、オーマより年上に見える(実際は年下)男だ。

雷鼠戦士団、重歩兵隊隊長イワナミ・ムガ。

冷静沈着で思慮深い彼は、オーマの抹殺計画以降、帝国を裏切る日が来ることを予感していたらしいが、この内容は予想外だったらしい。


「やっぱり、第一貴族は、団長のことを切り捨てるつもりだったんですね」


 男と言われなければ分からない、優しく透き通った声が、控えめに響く。

水色のしっとりサラサラヘアを肩まで伸ばし、男と言われなければ分からない童顔で、細身の小柄な可愛い“男の娘”。

雷鼠戦士団、突撃隊隊長ロジ・レンデル。

穏やかで優しい彼は、計画の内容より、切り捨てにあったオーマを心配している様子だ。


「何を言っているんですか!?お二人とも!?無謀ですよ!」


 ややヒステリックに、二人に訴える女性がいる。

紫色のロングヘアーで、丸眼鏡をかけており、知性を感じさせる整った顔立ちの美人女性。

雷鼠戦士団、砲撃隊隊長クシナ・センリ。

“サンダーラッツの常識人”と呼ばれ、一番まともで真面目な彼女にとって、二人の提案は非現実的過ぎたのだろう。


「ふーん」


 クシナの叫びの裏で、全く感情の読めない棒読みの声が微かに聞こえた。

発したのは、メンバー中一番小柄で150センチ位の細身の女の子で、黄緑色のショートヘアをボサボサにしている。

顔も声と同じで、非常に可愛らしいが、無表情で感情が読めない。

雷鼠戦士団、工兵隊隊長ウェイフィー・フィットプット。

マイペースで、猫の様な気まぐれな雰囲気があるが、鈍いわけではなく、むしろ頭の回転は速い。議論中に鋭い指摘をすることもよくある。

なので、あまりこの話に興味がなさそうに見えるが、何も考えていないわけではないと皆は知っているので、彼女の態度を気にする者はいない。


 隊長達から、一通りのリアクションが出た後、副長のヴァリネスが口を開いた。


「正気も、正気よ。じゃあ何?大人しく、帝国のために馬車馬のように働いてから殺されろ、っての?」

「そ、それは・・・」

「でもなぁ・・・さすがに厳しいんじゃないか?どう思う?イワ?」

「正直分からん。魔王、勇者、帝国。戦力が分かっているのは帝国だけだ。これでは、何も判断できない」

「そうです!無茶ですよ!」

「で、でも、やるしかないようにも思えます。ボクは協力します!」

「本当かロジ!?」

「や~ん、さすがロジ君♪私の未来の第一夫ね!」

「え?お、夫?」

「き、気にするな、ロジ。とにかく、協力してくれて俺は嬉しい」

「そんなの当たり前ですよ。団長には恩がありますから」

「お、おう。あ、ありがとう」


 見た目の愛らしさと相まって、真っ直ぐなロジの尊敬の眼差しに、変な感情がわいてくる。


(・・・やっぱり女なんじゃないか?)


こんな時、未だにそんな事を思ってしまう。


 ロジは納得し賛成したが、クシナとイワナミは納得できない態度をとる。


「私だって、何も団長を見捨てたいと言っているんじゃないんです!現実的ではないと言っているんです!国一つを相手取るなんて・・・」

「同意見だ。それ以前に、第一貴族相手に我々が出し抜くのでさえ、厳しい」


二人は、“サンダーラッツの理性”とも呼ばれ、今までも無茶な作戦が上がってきた際に、難色を示してきたのはこの二人だった。


(二人は、予想通りの反応だな。どうする?副長?)


 この手の無茶な作戦をやるとき、隊長達を説得してきたのは、いつも副長のヴァリネスだった。

オーマでもできるが、ヴァリネスの方が勢いがある分押しが強いのと、しこりができるなら、団長より副長の方がマシだと、二人で判断したからだ。


「フラン、あんたはどうなの?」


 二人の説得が困難と見たのか、ヴァリネスは標的をフラン・ロープに変える。


「オレか?オレは反対だ」


フランはキリッとした表情で、反対を口にした。


(普段はチャラチャラして、ノリの軽いフランでもやっぱり反対か)


「要は、団長に女の子を口説かせるんだろ?イヤだね。オレが口説く、ってんなら引き受ける」


「「バーカ」」


ロジ以外の全員が、声と表情を“何言ってんだ、こいつ”で合わせ、ツッコむ。


(フランはフランだな)


 合せなかったロジが、一番手に苦笑いしながら口を出す。


「フラン。そういう問題じゃないよ」

「女から女へと渡り歩く、“ふらふらフラン”らしい意見」

「いや、意見ですらないだろ」

「バカはほっときましょう。お二人とも、本当にそれしか無いんですか?籠絡なんてやり方は・・・別の手段は無いのですか?」

「別の手段って?」

「え?」

「“え?”じゃないわよ。計画に反対するのだから、あなたが代案を出すべきよ、クシナ。ちなみに、勇者候補の籠絡作戦自体は、宰相の命令だから断れないわよ?」

「うッ・・・」

「籠絡作戦は私達の発案した計画じゃない。私達の計画は、自分達の身を守るために、その作戦を利用するというものよ」

「作戦自体は、宰相の命で俺達に下りている。となれば、帝国に従おうが、従うまいが、やらなきゃならん。実際、魔王の誕生も近い。勇者に、帝国以外の勢力に入られて、敵対される可能性だってある」

「帝国軍人である以上、この件からは逃れられないと?」

「逃げた場合のことを想像してみろ、イワ」


言われてイワナミは目を閉じて考える。

 しばし考えた後、答えが出たのか、目を開けて口を開いた。


「なるほど。確かに他に手はないように思えます。分かりました。自分も団長たちの計画に乗ります」

「おお!?本当かイワナミ!?ありがとう!」

「はい、じゃーイワも決まりね」

「イワナミ!?お前、マジかよ!?」

「不思議か?」

「ああ。正直、お前とクシナは冷静に考えて、こんな計画には乗らないと思ってた」

「冷静に考えて、やるしかないだろ。他に団長が生き残る方法はなさそうだ。見捨てたとしても、勇者の籠絡作戦や魔王の問題が無くなるわけじゃない。人類のためにも、勇者は探さなきゃならん。ふざけた作戦だが、多くの人の命に係わることだぞ」

「はー、ご立派だねぇ、イワちゃんは」

「お前こそ協力しろ、フラン。この手の類なら、お前が一番頼りになるだろ」

「オレぇ?ってもなぁ・・・いや、団長のことは嫌いじゃないが、ハーレム作りに協力するってのはなぁ・・・楽しみが無いと、燃えないというか」


(・・・ハーレムを作る気はないのだが)


 ツッコミたいオーマだが、イワナミが説得してくれそうなので、邪魔しないでおく。


「楽しみがない?お前にとって?そんなわけないだろ」

「へっ?」

「この作戦が上手くいって、反逆も成功したら、独立するんじゃないんですか、団長?」

「作戦成功後のことは、まだ具体的に決めていないが、まあ、そうだな。国とまではいかないが、何かの団体や組織は、立ち上げることにはなるだろう」

「勇者候補の子達の武力を背景に、何かしらの組織を作って帝国から独立。他国とも交渉して、帝国を牽制しつつ勢力を拡大・・・って感じかしら?」

「そうなったら、当然、ここにいるメンバーも、それなりの立場になるんですよね?」

「そうだな」

「えっ!?じゃ、何?成功すればウハウハかよ!?」

「えーそうよ♪酒池肉林。良い女も良い食い物も食べ放題よ!・・・・・実際は知らんけど」


 ヴァリネスも、イワナミの意図を察し、バカを煽てる。


「うおーー!マジかーーー!!ならやるぜ!団長!」


___バカは煽てられた。


「・・・急に元気だな」

「当然だ!これで世界中の不幸な女達を、オレの手で救ってやれるってもんだ!」

「うざっ」

「キモ」

「大きなお世話です」


女子三人が心底鬱陶しいといった表情を見せる。が、煽てられたバカは気にしない。


「まあまあ、というわけで団長!このフラン様が手を貸すから大船に乗った気でいてくれ!」

「お、おお。ありがとう・・・いや、不安だな」

「何だったら、団長の代わりに、その勇者候補の子達を、オレが口説いてもいいぜ!」

「え~?フランがぁ?」

「何だよ。副長。ダメなのか?オレの方が間違いなく、女を口説くの上手いぜ?」

「でも、あんたは、女の子によっては、存在していること自体が不愉快って子も居るし・・・適当にナンパしたら、成功する人数はフランの方が多いでしょうけど、嫌う人数も多いから、この作戦には向かないわ」

「な~に。ちゃんと上手くやるって!な?どうだい、団長?」

「気持ちはありがたいが、ダメなんだ。籠絡する役は、あくまで俺がやるというのが、宰相の指示だ」

「え?」


 オーマの発言に、ウェイフィーが眉をひそめた。


「仲間に加わった後のことを考えると、勇者候補達を戦場で指揮する上で、その方が都合が良いらしい」

「そうですか?戦場での士気とか、あんまり気にする必要ないように思いますが・・・」

「でも、まあ、誰でもいいなら、団長やフランより、口説くのが上手い男娼なんかにやらせるだろうな」

「・・・・・」


オーマは、話している最中、ずっとウェイフィーに睨まれていることに気付いた。


「?どうした、ウェイフィー?」

「団長。今の話、本当?」

「え?ああ、本当だ。それがどうした?」

「・・・分かった。私も協力する」


「「え!?」」


 ウェイフィーの突然の発言に、全員が驚いた表情を見せた。


「ホントか?ウェイフィー?」

「ちょ、急にどうしたの?」

「正直、最初は団長のこと疑っていた。別に、ウソを付いているとは思ってないけど。団長を切り捨てるって話は、団長のただの被害妄想かもって・・・証拠も無いし」

「今の話で、本当に団長が切り捨てられるって分かったの?」

「うん。今の話は、ちょっとおかしい」

「どこが?」

「口説き役が団長じゃなきゃダメって話。仲間に加わった後の都合なんて、別に後でいい。口説き役と指揮役なんて、分けたって問題ない。帝国には、それだけの人材が居る。わざわざ、異性との接し方が下手な団長を使う必要なんてない」

「団長が選ばれたのは、別に理由があるってことですか?」

「うん。この作戦、成功した段階までなら、口説き役に手を貸す理由はあっても、帝国に手を貸す理由は無い。そのことに、宰相が気付いてないわけない。だから当然、宰相はその理由づくりも考えているはず。その理由を作るためには、団長じゃなきゃダメなんだと思う」

「どうやって理由を作るんだ?」

「ちょっと差別的なこと言うけど、そこいらの男娼と、団長の“死”は同じ価値じゃない」

「男娼だろうと団長だろうと、好きになった人が死んだら、悲しいと思いますよ?」

「口説かれた子にとってじゃない。帝国にとって。帝国にとっては同じじゃない。男娼は無理でも、団長の“死”はそれなりの使い道がある。例えば、“英雄の死”みたいな・・・」

「そ、それって・・・」

「は~、そういうこと」

「・・・なるほどな」

「そうか!クソッ!何で気が付かなかったんだ!」

「おいおい!何だよ、どういうことだよ!」

「団長が英雄的な死を遂げると、どうなるんですか?」


 “英雄の死”というキーワードで、クシナ、ヴァリネス、イワナミ、オーマは、凡そ察しがついた。

それに対して、分からないといった様子のフランとロジに向かって、ウェイフィーは話を続ける。


「口説き役の人が作戦を成功させた後、“何かしらの事故”で死んだとする。その後、その人物を帝国が英雄として祭れば、勇者にとって帝国の地は“愛する人が眠る地”で、帝国という国は“愛する人を英雄として扱っている国”になる」

「あ~、勇者を口説いた人物の死を利用して、勇者が帝国に力を貸す理由を作るのか」

「誰だって、愛する人が眠る、愛する人との思い出がある土地を荒らされたくないですよね」

「あー、多分、それ当たりだわ。さすがね、ウェイフィー。それなら団長が選ばれたのも納得よ。そこだけ引っかかってたんだけどね。はあ~・・・なるほどね~」


メンバー全員が、ウェイフィーの推測に納得の表情だった。


「英雄として扱うには、それなりの“格”が必要」

「だからといって、貴族からは出したくない」

「団長は、一度は救国の英雄として騎士の称号を与える話しもでたことがある」

「平民の中で一番格好がつくな」

「・・・つまり団長がこの作戦に選ばれた理由は」

「勇者が、帝国のために戦う理由を作るための“生贄”」

「うう・・・」


 ウェイフィーの説が当たっているであろうことを皆が確信する。

分かっていたとはいえ、オーマには辛い宣告だった。


「だから、ほっといたら、本当に団長が死ぬと思うから、手を貸す」

「ウェイフィー・・・ありがとう」


辛い宣告の後だか、ウェイフィーが助けると言ってくれたことが心に沁みて、感謝の気持ちがわいてくる。


「へー、ウェイフィーって、意外と団長のこと慕ってたんだ」

「別に、そういうんじゃない。第一貴族に私も狙われると思っただけ。そういうわけでクシナもやろう?」

「どういうわけですか・・・私は、嫌です」

「嫌じゃないでしょ?本当は、私達の中で一番手を貸したいくせに」

「べ、別にそんなこと」

「そうなのか?クシナ、どういうことだよ?」

「どういうことでもないです」

「クシナは団長を助けたくないわけじゃない。助けたいけど、作戦内容が気に入らないだけ」

「そ、そうです!女性の気持ちを弄ぶようなまね___」

「違うでしょ?」

「え?」

「団長が他の女性と仲良くなってほしくないからでしょ?だって、クシナは団長のこと___」

「わー!わー!わー!」


顔を真っ赤にしながら、慌ててウェイフィーの口を塞ぎ、耳元で話す。


「何でそんなこと言うのよ!ってか、何で知ってるの!?」

「モガモガ・・・(見てればもろバレ・・・)」

「そ、そのこと誰にも言わないでね!」

「モガァ・・・モガモガモガ?(いいけど・・・団長に死なれたら告白すらできないよ?)」

「うぅ・・・わ、分かったわよ」


 クシナは諦めたように息を吐き、それからオーマに告げた。


「私も協力します。団長」

「おお!どういう流れでそうなったかは分からんが、とにかく感謝する。ありがとう、クシナ」

「よかったのですか?クシナさん?」

「心配してくれてありがとうございます、ロジ。でも、団長に死なれても困りますし、籠絡作戦が宰相の命令である以上、覆そうにありません」

「よーし、じゃあ決まりね!団長のハーレムと私のハーレム・・・もとい、団長の生存を願って前祝いよ!」

「は?」

「副長のハーレムって?」

「何でもない、何でもない。とにかくカンパイよ!フラン!デネファーさんから許可貰ってきて!」

「りょ~かい!」


 話しが決まり、皆がバタバタと酒の準備を始める。

帝国に反逆する話しの後だというのに、そこには全く緊張感がない。

割り切りと切り替えが早いのか、それともいつかこうなる事を覚悟していたのか、単純に危機感がないバカなのか、正直なところよく分からないが、皆の明るいムードにオーマの心は軽くなっていた___。

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