第3話 図面を描かない建築学科の学生たち(2)

 前回は、「建築学科には入試に美術系科目があることもあるけど今は皆BIMとか使っててそんなに画力が無くても大丈夫! でもワンポチで図面をつくれるBIMに慣れると図面スキルがそんなに伸びないので教授がマジギレするよ」みたいな話をした。

 今回も図面描けない(そもそもあまり描かない)話をしていく予定である。


 入試科目の話から離れて図面の話に焦点を移そう。

 建築学科では、設計課題のエスキスや講評などで「何でn年生なのにこんな図面を書いてくるんだ!」とか「こんな図面を書いてくるヤツを社会に出さないのが俺の仕事だ!」(これを言われた時に思わず笑ってしまった)などとお叱りをいただくことがある。

 後者はともかく、前者は身に覚えのある人も多いのではなかろうか。

 いや~、先生方の言いたいことは分かるし、ごもっともなご意見だと思うけど、最初の数回のトレース指導だけで身につくと思っている方にも問題があるのでは?


 建築学科で教鞭を取るような人間だと、授業以外の時間に独学などで身につける努力をした人たちが大半だと思われる。しかし、それは生存バイアスのようなもので、ぼくのような意識低い系はもっと丁寧な指導をやってくれないと身につかないのである。

 加えて、現代の大学生は昔の大学生より課題や出席などが厳格になって自由時間が減っている(教授陣もそういう認識らしい)という背景もある。

 図面作成のスキルを独学で高められる学生は一握りだろう。

 なので授業だけは真面目に受ける系の学生としては授業でカバーして欲しいわけだが、


「もっとさぁ、基礎的なことを丁寧に教えて欲しいんですよね~。それが建築リテラシーの高い人間を多く輩出することに繋がるんじゃないですか~?」


 みたいなことを先生に遠回しにでも言おうものなら、


「きみはねぇ、専門学校に進んだ方がいいんじゃないかな」

 

 などと返されるのである。ぼくがこれを言われた時には既に学部の折り返しだったんだが? 学校紹介みたいな冊子にデカデカと書いてくれ。……まあ、そういうの一切見ずに受験したので書かれていたとしてもぼくには通用しなかったかもしれないが。

 恐らく先生方の言う通り、図面を描く能力だけで言えば専門学校の生徒や工業高校の建築系コースで鍛えられた生徒の方が上なのだろう。

 そういう学校の方が丁寧に指導してくれそうで羨ましい。弊学なんてBIMどころかCADの講義すらなくて(名目上はあるけど実質的にはなかった)時代に置いていかれそうなので学生ながらちょっと心配なレベル。

 そもそも専門学校卒と大卒、院卒では就職難易度とか給料とかが全然違うから専門学校に行けとか気軽に言われても無理だ。パトロンも納得しない。


 そんなに図面スキルを高めてほしければ、もっと図面関係の演習等を増やしなさい、としか言えない。

 基礎のないところに建物を建てるのが難しいのと同じで、基礎的な図面スキルや知識がない人間に「自由に建物を作ってみましょう」と設計課題を出しても悲惨なことにしかならないのである。


 タチが悪いことに、設計課題には時間も手間もかかるので、課題を通して「何か」が身についた気になる。実際、少しは「何か」が身についているだろうが、同じ期間を基礎的な課題に充てた方がもっと色んなことが身につくんじゃないかと思っている。

 でもそうなると4年間のカリキュラムでは厳しいから……あっ。

 というわけで前々回述べたように、海外のように5年制とか6年制にしていくというソリューションが出てくるわけなんですな。4年でやるの無理なんだわ。


 カタを身につけることで初めて型破りな案が出せるのであって、カタのない人間にやらせても形無しのどうにもならないものになる確率が圧倒的に高くなる……という日本的な技術習得プロセスも割と有名な気がするのだが、建築学科ではあまり取り入れられていないようである。

 ……まあ単に、大学側としては「カタなんて自習で身につけろ」と言っているだけなのだが、やらなければならないことに追われている現代の学生にはあまり通用しないので講義や演習でもっと丁寧にやるべきであろう。



 教授陣も薄々察しているようで、我々の悲惨な図面を前にして、


「ぼくらって、もしかしてあんまり教えられてないんじゃないですかね……?」


 と弱気な発言をすることもある。そうだよ(便乗)。

 隣地境界線から屋根がはみ出している建物とか、明らかに車が出られないように柱が配置されている駐車場とか、同じ階段を数人に描かせたにも関わらず階段の段数がバラバラみたいな惨憺たる学生の図面を前にすると歴戦の教授たちも猛省するようになるのだ。(嘘だと思う人もいるかもしれないけど、全部ぼくが観測した事例です。しかも2年とか3年とかの話)


 そんななので当然、学生の製図スキルは社会では通用しないどころか一級建築士の製図試験でも通用しないので建築学科の学生たちの多くは製図試験対策のためにクソ高い受講料を資格予備校に払うことになるのである。

 しかも、大枚はたいて資格学校に通っても過去問パターンから離れた出題をされて「習ってないから描けねー」と死屍累々になる回もある。世知辛い……。


 とはいえ結局、手で綺麗に製図しなければならない機会は限られているからCADとかBIMで課題をやるのを個人的にはオススメしたい。

 大体、この手の「最近の若いモンは矩計が描けなくて嘆かわしい」的な話はどの世代でもよく言われるやつなので「またいつものやつか……」ぐらいに思っておけばいいのかもしれない。

 学生時代から肩までBIMに浸かる世代の出現でついに底が抜けた感がないでもないが、これからはAIに設計をアシストしてもらう世代も出てくるから教員陣は覚悟しておいてくれよな!

 図面を全部AIに描かせるのは無理だとしても、AIに「図書館を設計する時に大事なことは?」と聞いたり、立面やメインの空間のデザイン案を大量に作らせたりするのは現状でも出来そうだ。


 イラスト系のAIの発展スピードを見るに、AIが大まかな設計をやって、法規などに適合させるために細かいところを人間が調整する未来も遠くないかもしれない。

 凝った建築じゃなければ図面を引けなくても問題ない時代が来るのは割と想像できる気がする。


 個人的には、メタバースみたいな仮想空間内で原寸大のものをペタペタ配置したりグニャグニャ弄ったりしながらモデリングして、それを図面化するような感じの設計プロセスが実用化されたら面白そうだなと思っている。

 そうなれば誰でも意匠設計ができる時代になって、構造設計や設備設計以外の建築設計で生計を立てるのが難しくなっていそうだが。


 ……というか業界的には意匠設計をやる人間は飽和状態に近くて施工をやる人間を増やす必要があるはずなので、大卒資格を得られつつ職人の技能を学べるような学科を増やすべきなのでは、感。

 え、ぼく? 寒いのと朝早いのが無理なのでそういう学科があったとしても絶対進学しないっすね。やっぱ時代はデジタルですわ、ガハハ!

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