第2話 図面を描かない建築学科の学生たち(1)
前回、建築学科が美術系の大学にもあるということを述べた。
普通の(工学部の)建築学科でも意匠系の研究室なら卒業制作だけで卒業できることも多いという話もした。
そういうわけで、多くの建築学科では入試に美術系の科目が課されている。
とはいえ、建築の図面を描かされることは基本的にない(はずである)。
具体的にどういう問題が出題されているのかは各大学の過去問を調べてもらうとして、ここで重要なのは図面を描かされるわけではないということである。
発想力や空間に対する思考などを問いたいのだろう。
また、構造系などを志望している学生も入りやすいように画力勝負になりすぎないような配慮もされているらしい。もちろん、美術系の科目をやらなくても受験できる受験区分が用意されていることもあるのだが、いずれにしても他の美術系学科ほどの画力や造形力は必要とされていない。
ともかく、入試で図面を課されないのだから、仮に入試対策で美術予備校的なものに通ったとしても建築図面を描く能力は養われないことになる。
だから、他の美術系学科では入学直後にエスキスとかをやっても成り立つが、建築学科の場合は製図の基本だとか模型作成の基本だとかを教える講義や演習を挟んでからようやく自由に設計してみましょう、という感じの課題が始まるわけである。
そこで有名作品の図面のトレースなどをやらされる(しかも手書きで!)ことが一般的なのだが、手書きで綺麗な図面を描かされるのは、手書きに拘るヤバい人でもなければ、この手の入門系の課題と、院試や就活での即日設計と、一級建築士の製図試験の時だけ、という人が多い。
まあ、手書きを一回ぐらい体験するのは良いんじゃないかと思うが、A1やA2サイズの紙にデカい定規を使いながら線を引くのは肉体労働と言っても過言ではないので正直あまりやりたくない。
修正も大変だし、曲線を引くのも大変で複製するのも大変。アレをやると「曲がったことが大嫌い」という嗜好に大変共感できるようになる。意味合いが物理的になるのだが。
人類も手書き図面のクソさに嫌気が差すはずで、コンピュータの発達とともにCADで製図をするようになったわけである。やったぜ。
……が、今や
CADはざっくり言えばコンピュータで線を引くものであるが、BIMは柱や壁、床などに厚さや素材などの情報を与えてモデルを作成するものである。情報を組み立てているので、後から積算する手間などが省けたり、各種計算の手助けになったりする。
とはいえ、計算云々は実務的な話で、学校の課題では特に関係ない。
そんなことより、意識の低い系建築学生にとって重要なのは、BIMでモデルをつくってしまえばワンクリックで平面図や立面図、断面図などを出力してくれることである。
ペンがマウスに変わっただけに近いCADならギリギリ製図していると言えるだろうが、ワンポチで図面を出力するBIMだと製図をしているという感覚が更に薄れる。
実家のカルピスぐらい薄い。
まあBIMでもモデルをつくる時に製図の真似事みたいなことをしないわけでもないのだが、窓の記号等をわざわざ描くことはない。
ただ、学生も別に楽をするためだけにBIMを使っているわけではない。世の中的にはBIM活用をガンガン推進していこうという風潮があるからだ。いわゆる働き方改革とかDXみたいなやつである。
業務から無駄なFAXやハンコをなくしましょう、というのに近いのかもしれない。
ともかく、大きな会社とかに就職したければBIMに慣れておいて損はない(はず)……と意識の低いぼくを筆頭に多くの学生が思っている。
逆に、建築界隈では意識が高くなるとDXに全力で逆行して手書きで原寸図を引くのが最高! みたいなノリになる(偏見)。
昭和のノリどころか、明治から何も進歩がないと思われても仕方ない界隈であるが、そういうところで叩きあげられてきた先生方の大半は当然のことながらBIMでつくった図面が大嫌いである。
BIMくんにつくってもらった図面だと怒られ量が5割増になることもある。
特に、図面関係で突っ込まれた時に、
「ソフトの都合で何かこうなってるんですよね……」
みたいな返答をするとマジギレされる。
BIMくんの図面は割と特徴がある上に、不慣れだと特徴を消すための修正が基本的に無理なので、こういう場面に遭遇したら、心の中で「俺は悪くねぇっ!」と繰り返しながら耐え忍ぼう。
さて、図面をワンポチで作れるだけでなく、パースを描かなくても見栄えのする画像を作れることもBIMの利点である(フォトリアルな建築の画像は、従来のイラスト的な建築パースに対して、建築ビジュアライゼーションと呼ばれることもある)。
また、モデルの画像をトレースしたり、線画となる部分だけ抽出したりすることでパースの知識がなくても建築のそれっぽい絵を描けることも魅力である。
ぼくは最低限必要な情報が載っていればヨシとする人間なので、設計課題でパースに掛ける時間は毎回半日以下である。
……というより、パースに取り掛かる頃には締切まであと24時間もないという状況が基本となっていたので印刷やら何やらの時間を見込むとパースに時間を掛けていられない状態が常態化していた。
パース自体はそんなに難しいものではないというか、誰でも同じような絵を描くための技術なのでパースの本を買って練習すれば誰でも数日以内に身につくものだ。
とはいえ、趣味で絵を描くなら学んでおいて損はないので是非とも学んで欲しい。
パースをバキバキに省力化できるようになったということは、絵心がなくてもデカい課題(設計課題と呼ばれることが多い)をどうにかできるようになったということでもある。
なので、ぼくみたいに画力がない人でも安心! 心配せずに進学しよう。
……アレ? (工学系の)入試で美術系科目を課す意味とかあるんですか?
BIMのおかげで図面もそんなに描かないのだから猶更である。
恐らく別の回で語ることになるが、現代の建築学科では絵を描く能力より模型を組み立てる能力の方が遥かに大事である。
もちろん、綺麗な手書き図面を描く機会がほぼないだけであって、メモ書きのようなスケッチなどをする機会は現代の学生や今後の学生も持っているだろう。
空間に対する発想力などを入学前に養うという狙いもあるのだろうが、わざわざ入試科目に据えるほどだろうか?(美大系列ならそれがアイデンティティの一角を担っているのだろうが工学系は……)
(思ったより長くなったので分割します。次回は、ぼくが実際に見た悲惨な学生図面の話とかもあるのでお楽しみに)
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