未来へ
33 双子の違い
「ばいばーい!」
「またあしたー!」
建物から駆け出してくる子どもたちの声がアデルモの石造りの街に響いた。
初級学校の勉強は昼まで。その後は遊ぶなり家業を手伝うなり、子どもらはめいめいに過ごすのだった。
ペンデンテ商会の末の双子、七歳のエリオとジェンマも家路につく。帰ってからの二人はいつも、商会の人々が働いている間をうろちょろしたり姉のニルダに勉強をみてもらったりしていた。
「ねえジェンマ」
「なあに?」
弾むように歩くエリオは好奇心旺盛な男の子だ。この双子がやまびこのようにしゃべることが多いのは、同じことを考えていてもエリオの方が口が早いから。ジェンマは考えをまとめてからでないと話そうとしない。
だけど二人だけの時はもちろん、やまびこをしていては話が進まないのでジェンマは頑張っていた。
「きょうジェンマ、ほめられたねえ」
「うん」
それは算術の授業だった。しっかりじっくり考えるジェンマは計算ミスをほとんどしない。それを先生からほめられたのだが、性格の違うエリオには同じようにはできなくて――つまりしょっちゅう間違えてしまうのだった。
「ぼく、どうしてまちがえるんだろう」
「ええとね、ええと。げんきだから?」
落ち込んでいるらしいエリオを励まさなきゃ、とあせったジェンマはとんちんかんなことを言った。エリオのいいところを考えたら、まずそれが出てきてしまったらしい。どう言えば思うことを正しく伝えられるのか、ジェンマは首をひねった。
「うーんとね、あたまがげんきなの。だから、すうじがピョンピョンするんでしょ」
「あー、そうかも」
ふむ、とエリオは父が考える時のような顔をしてみせた。
「あたまピョンピョンしすぎだよねえ」
大人が聞けば笑ってしまいそうだが双子たちは納得したらしい。にっこりうなずき合う。
すると二人が歩く後ろから、同じ学校の子どもらが追いついてきて言った。
「ガリべんジェンマー!」
「ほめられちゃってさあ、いいきになってんじゃねーぞ」
エリオが振り向くと、その男の子たち四人はそれぞれに商会や小売店の子だった。計算が必須の家業。なのに女の子のジェンマだけが先生にほめられたのが気に食わなかったようだ。
「なんだよ! ジェンマはいいきになんて、なってない!」
「……ってないもん」
はやしたてられたことに、やはり本人ではなくエリオが先に言い返した。その様子がぼんやりして見えるのか、相手の子らはもっと苛立つ。
「ボケボケのくせに、べんきょうできるのおかしいよなー?」
「なー。まわりの子のやつ、みてんじゃねえの」
「だよなー」
こんな言いがかり、理屈も何もないのだがジェンマはうまく言い返せなくて泣き顔になってしまう。
エリオは怒った。双子の片割れをぶじょくされては捨て置けない。
「ジェンマはじぶんでかんがえてるよ!」
「そうかあ?」
「だけどさあ、けいさんできたって、どうせ女じゃん」
馬鹿にしたように笑われて、ジェンマはもっとうつむいてしまった。
悲しいのだ。
そりゃ女の子は商人になれない。だけど母も姉も、それぞれにできることをやって父に頼りにされていると思う。だからジェンマも勉強を頑張っているのに。
「――いたッ!」
しょんぼりするジェンマの肩に痛みが走った。後ろの石畳にコン、と音がする。小石を投げつけられたようだ。エリオが怒鳴った。
「なにすんだよ!」
「なーにもー?」
ヘラヘラ、と笑ったのが犯人だろうか。友だちの陰からやったらしい。周りの子らも一斉に笑う。
「おまえら、なまいきなんだよ」
不満そうに言われたが、双子たちが何かしたわけではなかった。
ただペンデンテ商会が順調に商いをしていて、お金がありそうで、さらに領主リヴィニ伯爵の息子がしょっちゅう出入りしていて、自分の家より良さそうなのが気に入らない。やつあたりのようなものだ。
「そうだ、なまいきだ!」
ヒュッともう一つ石が飛んだ。ちょっと大きい。
「きゃ!」
「――!」
ジェンマをかばったエリオの背中に石は当たった。エリオは顔をゆがめたが、何も言わずにジェンマの手をつかんで走り出した。
「エリ、エリオ」
「あんなやつら、ほっとこう」
四人を相手にしても怪我するだけだ。逃げる双子の後ろでカツン、コツン、と小石を投げた音がまだしている。
「コラアッ! おめえら何しやがる!」
「やべっ!」
誰か大人に当たったか、売り物をどうにかしたか。男の怒声がして子どもらの悲鳴が上がった。たぶん捕まって、ぶん殴られる。
いい気味だ、と思いながらエリオは足を止めなかった。
「はっ、はあっ」
「はあっ、だい、じょぶ? ジェンマ」
「う、ん」
適当に走った二人はいつもなら来ない道に迷い込んでいた。
息を切らして見回すと、周りには店もない。びっしりと壁、そして家の入り口がポツポツとあり、道の上には洗濯物がはためく。商業地区に暮らす双子たちには物珍しい町並みだった。質素な身なりの人々が、見かけない子どもである双子のことをジロリとしていく。
「ここどこ?」
自分が引っ張って走ったくせにエリオがきょとんとして、ジェンマは笑い出した。
「ええとね、うちはあっち。がっこうがむこう」
「ジェンマわかるの?」
「たぶん」
手を引いたエリオはいっぱいいっぱいだったのに、ジェンマには周囲を把握する余裕があったらしい。
だけどそれもエリオがいてくれるからだ。この片割れがいてくれればきっとなんとかなると、ジェンマは根拠はないけど信じていた。
「じゃあ、かえろうか」
「うん……えーと、ごめんエリオ」
「なにが?」
「……なんだろ?」
よくわからない。
いじわるの標的はジェンマだったのに巻き込んだから。言い返せなくてエリオにしゃべってもらったから。投げられた石からかばってくれたから。
いろいろ思うのにうまく言えなくて、ジェンマは首をかしげた。
「うーんと、うーんと」
「あれ」
ジェンマが困っていると、エリオが顔を上げた。きょろきょろとして、遠くに耳を澄ます。
「おまつりのおと、きこえる」
それは弦楽器をかき鳴らす音色だった。
特に祭り限定のものではないのだが、エリオはまだ子ども。そんな時ぐらいしか繁華な場所へは連れて行ってもらえない。普段は耳にする機会がないのだ。
芸人が歌い踊り、野外劇が演じられる広場。その不思議であやうい空気を思い出させる弦の響きだ。
エリオは音のする方にフラフラと歩き出した。
「エリオ」
ならばもちろん、ジェンマもついていくしかない。
途切れとぎれの旋律。
強く弱く、弦の張りを確かめるような音。
それがなんという楽器なのか、何故そうしているのかもわからぬまま二人は知らない道をたどった。
音が近く明確になってきて、エリオは早足になった。懸命についていくジェンマのことなど忘れたような足取りだ。あやつられるようにそちらに向かう。
二人がたどりつく先に見えてきたのは、小さな工房からはみ出して椅子を置き、リウトを抱える若い男の姿だった。
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