28 報・連・相


 重要で繊細な事案がある、とドゥランはモンテッキに面会を要求した。

 娘のロマと染物師ジュリオのことだと言われたモンテッキは他の事を置いてすっ飛んできた。まともな父親じゃないか。共感しつつドゥランは彼の背後を気にする。


「ええと、お嬢さん本人は」

「あいつはジュリオのことになると聞く耳がなくなるんで、まずは私が」


 そう言われてニルダは安堵した。取り乱す友人は見たくない。ドゥランも安全が確保できて安心したが、こんな時ばかり大人しく父に話を任せるニルダには少々腹が立った。

 ドゥランがなるべく淡々とここまでの経緯を話すと、モンテッキはジュリオの言い分を聞き絶句した。


「あ――あの――あああ」


 客の前で頭を抱えてうずくまるとは相当な衝撃なのだろう。それには心底同情した。だが必要事項はすべて伝えておく。


「カッペリオさんはジュリオを自分の娘と結婚させようと考えているみたいです。あと亜麻織元のロレンツォさんには注意した方がいい。お嬢さんをそそのかしていた疑いがあります」

「はあ――」


 モンテッキはまだ立ち直れずに生返事だ。だがこちらとしても深入りはしたくない。後は自分で何とかしてくれ。

 ドゥランは言うべき事だけ言い置いてサッと椅子を立った。


「知っている事はこれで全部です。すみませんが他の打ち合わせがあるので、これで」


 嘘ではない。後で、とカッペリオに約束しているのだ。

 ドゥランはニルダを促してそそくさと扉を開け――ロマと出くわした。二人揃って悲鳴を上げそうになる。


「ニルダ、お父様もご一緒でどうしたの? ジュリオのことで話があるらしい、て家の人達が噂してるんだけど!」

「べ、別に? 何の話かはロマのお父様から聞いてちょうだい!」


 ニルダは笑顔をひきつらせて後ずさった。

 こんなに慌てたニルダなんてそう見られるものじゃないと思ったドゥランだが、自分も冷や汗をかいている。寿命が縮みそうだ。

 一番危険な部分はモンテッキに丸投げし、二人は逃げ出した。


「……何て伝えているかな」

「モンテッキさん、無事かしら」


 生還を果たし気持ちが楽になったニルダはそこで思い出した。


「ロレンツォさんがしたこと、なんでお父様が知ってるの? 私、エドおじさまには話したけど」


 う、とドゥランは詰まった。あの時は扉越しに盗み聞きしていたのだ。


「……エドから聞いたんだ。仕事にはな、報告、連絡、相談が欠かせないんだよ」


 もっともらしく言い聞かせる。事実そうなのだが、まあまあ苦しい言い訳だ。

 やや暮れかけてきた空を見上げ、ドゥランは娘の肩を押した。


「さあ、おまえはもう帰れ」

「ええ? 何でよ、私もカッペリオさんと話すわ」

「駄目だ、戻るのは夜になるぞ」


 染物町は怪しげな場所に近い。夕刻過ぎて娘を連れて歩く場所ではなかった。そこで暮らす子ども達だっていることを考えれば失礼かもしれないが、ドゥランは過保護なのだ。過保護にならないとニルダがどこまですっ飛んでいくかわからないから。


「染色産業そのものをどうしていくか、て話になる。長くなるはずだ」

「そんな話だから参加したいのに……」


 ブツブツ言うニルダを引きずるように連れ帰り、ルチェッタに引き渡す。ここからは父親の仕事だよ、とは本人には言わなかった。



 再び下町へと向かうと、あちこちが店仕舞いし始めていた。

 まだ明るさの残っているうちに仕事は切り上げられる。蝋燭などもったいないし、薄暗い中で手仕事をすれば不良品も出かねない。それが怖くて親方達は徒弟を仕事場から追い出すのだった。

 藍染工房にドゥラン一人で戻るとカッペリオは染物組合アルテの古株に声を掛けてくれていた。癖のありそうな連中が揃っている。


「――さあ、おまえんとこの娘は何をやらかしたいのか、白状してもらおうか?」


 フフン、と睨んでくるカッペリオの目は笑みを含んでいた。


 ドゥランは腕に誇りを持つ職人達に敬意を表し、彼らを食堂に誘い酒をおごることにした。

 宵のそぞろ歩きパッセジャータはゆるゆる過ぎていく。道路に向かって開け放した店の一角に座り、道行く人々をのんびり眺めるのはいいものだ。一杯引っかけてからドゥランは話し始めた。

 工房をまたいだ多重染めで色の研究をしたいこと、捺染の技法をもっと盛んにしたいこと。カッペリオ達は顔を見合わせる。


「それをあの嬢ちゃんが? 変わりモンだな」

「まあ、たまに困ってるよ」


 嘘だ。いつも困っている。

 だが楽しんでいるのも本当だった。ドゥランもルチェッタもエドモンドも。あとはどうだろう、フィルベルトやアレッシオなどの若い者達も同じだといいのだが。

 そしてこの異業種の男達がどう思うか。できるなら協力を取りつけ、法の規制もゆるめ、何かしらの事業としての形が見えてきてほしい。

 ニルダがニルダらしく生きていくために、道筋を作ってやりたいとドゥランは願っているのだ。


「ん、何だ!?」

「どうした!」


 突然、外がざわついて店にいた人々が色めき立った。何かと物騒なこともある場所柄、皆が危機管理には敏感だ。

 ドゥランも席を立ち、壁際から通りを窺う。すると向こうに松明を掲げた騎士団のお仕着せが見えた。


「あ」


 そういうことか。アレッシオが匂わせてくれた、賭場の摘発があったのだろう。


「大丈夫だ、騎士団が来てる」

「何かのガサ入れか?」


 あちこちからそんな声が上がった。ならばここにいる分には何のお咎めもないだろう。皆が安心して店に入った。

 だがドゥランは席に戻る前に、道の向こうをコソコソと行く男を見つけてしまった。ロレンツォだった。

 怯えたようにキョロキョロしている。人目を気にしながら暗がりを選んで小走りだ。午後に行き合った時とは大違いだった。あの後何があったのだろう。


「ロレン――」


 声を掛けようとしたのだが、顔を伏せて逃げられてしまった。明らかに不審な動き。もしや賭場から逃げてきたのだろうか。


「あいつもロクなことをしていなさそうだしな」


 ドゥランはひとりごちた。こちらの仕事に役立つのなら泳がせておいてもいいが、雑な品物を安く作るという印象だ。別に潰しても構わない。

 そうなると善良な市民として騎士団に情報提供することも考えるべきか。なんならアレッシオにでも手柄を立てさせてやろうとドゥランは思った。


「おい、話の続きだ」


 暗い道の奥を気にしているドゥランをカッペリオが引き戻した。


「捺染を出来る奴がどれほどいるかと言ったな?」

「あ、ああ」


 ドゥランも椅子に戻る。そうだ、まずは染物師との交渉だった。

 捺染プリントの生地を生産し、小物で定着させる。有名人ファッションリーダーに使用してもらう。そうすればやや割高でも衣服に使いたいという需要も出るだろうというルチェッタの提言だった。


「現状、少ない」

「そうか……」


 するとカッペリオは表情を消して言った。


「だが増やしてやらんこともない」

「増やす?」

「おう」


 染物師の面々がニヤリと笑う。カッペリオはやや得意げに言った。


「俺は捺染師だ。若い奴らに、技術を伝えてやろうじゃないか」

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