20 流行を追え!


「は、流行り?」

「そうよ」


 うなずくロマはニルダの格好を上から下まで検分する。その視線にニルダはもぞもぞしてしまった。


「その上着ワンピーススラコッタの青はなかなか綺麗ね。もしかしたらジュリオの親方のカッペリオさんの仕事かも」

「これは大青たいせいだけど。ジュリオはそうなのね」


 染色は色ごとに、染料ごとに、職人が別々だ。赤色だとしてもアカネで染めるのとエンジムシで染めるのとで工房が分かれている。それぞれ品質も売った時の税率も違うのだが、それよりはただ「混ぜこぜ」という悪魔的状態が忌避されているだけなのだろう。

 そうして極端に細分化した分業の中、ジュリオは大青という染料を使った藍染あいぞめ師なのだった。


「この次は青系が来るんじゃないかと思うから、色は先取りでいいと思う。だけどニルダ、服の形がちょっと古いわ」

「そうなの?」

「これからはねえ、襟ぐりを広く開けるのが流行すると思うの。あと、もっと体にピッタリめに着るのよ」


 ロマはニルダを立たせ、スラコッタの胴の部分をひょいとつまむ。ささやかな胸が強調される形になって、隣にいたフィルベルトは目をそらした。


「え……これ、きついし恥ずかしくない?」

「何言ってるのよ、女っぽくしないと。で、スカートの方はふんわりさせるの。素敵でしょ?」


 女は女っぽく、男は男らしく。それがこれからの流行だとロマは熱弁する。

 男性にもたくましさを強調するピタピタシャツコタルディが流行り始めている、と言われて納得した。騎士達が好んで着て、そこから広まっているらしい。あれは鎧下に便利だからというだけでなく、鍛えた肉体を誇示したいからだったのか。


「アレッシオ様も着てるわね……」

「ベトもだよ」


 普通のコッタチュニックを着ているフィルベルトは少し悲しくなった。自分には見せびらかしたい身体など、ない。


「あら、アレッシオ様って騎士団の?」

「そう。知ってるの?」

「もちろんよ、騎士団の皆さまは町の女の子の憧れの的じゃない。ニルダはアレッシオ様推しなのね」

「そ、そういうわけじゃ」


 ニルダは危機を感じて口ごもった。アレッシオに告白されたなんてもらしたら、明日には職人町中に広まっていそうだ。あれが人の多い通りでの出来事でなくて本当によかった。


「照れなくてもいいの。ニルダだってそんなお年頃よ。恋をするって、とても楽しいわ」

「そう……」


 そんなものなのか、恋。

 だけど綺麗になりたいと思い、流行のおしゃれを知ろうとするのはいいことかもしれない。やはり流行りがわかっていないと売れる商品は作れないし仕入れられないから。


「それは――目的が違うんじゃないかな?」


 だが帰り道にそう話したら、フィルベルトは言いにくそうに否定した。


「恋の行く先は、恋だよ。お金儲けのために恋をするっていうのは、たぶん恋じゃない」

「駄目か……」

「自然な気持ちに任せるしかないと思うな。ニルダらしくさ」


 私らしい恋、て何だろう。そんなものどこかに売ってないかしらん、と考えてしまうニルダには、やはりまだ恋など早いのだった。



 ***



 次に流行するのは青、というロマの読みを伝えると両親はそれぞれに算盤をはじいたらしい。


「そうね、ありえるわ」


 と母ルチェッタはうなずいた。


「どうしてそんなのわかるの?」

「今は赤と茶が多いでしょう。こういうのは逆に振れたくなるものなのよ。それに、聖母信仰が盛り上がってきているから」


 青は聖母を象徴する色だ。絵画の中の聖母は青い服を着ている。


「あとはそう、こういうのが流行りだとこっちで決めちゃえばいいわね。騎士が着たコタルディが市井で流行るのと同じ――目立つ人が青を着て、人前に出るの」

「え、それは誰?」

「――上流の奥様方、ね」


 ふふ、とルチェッタは微笑んだ。


「デコルテを開けるなら胸元を強調できるデザインにして……どうしましょう、パッドを入れて作ってもらう方が」

「こらこらこら」


 貴族だけではなく夜の蝶や花を念頭に置いているのではないか。妻の思考をドゥランは遮った。娘の前で何を口走るんだ。


「流行らせるなら、供給も確保するぞ。でなきゃまた組合アルテが喧嘩する」

「また?」

「時々あったんだよ、そういうことが」


 ドゥランはため息をついた。染物アルテの立場からも、織物アルテに言いたいことは山ほどあるのだった。

 染物師は細分化されている。なので突然流行色が変わっても他の色を染めるわけにもいかず食いっぱぐれる者が出るのが常だ。

 その上、生産が追いつかないことを理由に織物師が特例の許可を受けて染色に手を出したりということもあった。普段ガチガチに規制されている染物師からすると、そんなことは承服しかねるのだ。

 それが幾度となく繰り返され積み重なれば、アルテ同士の仲はどんどん悪くなる。ロマとジュリオの恋は、歴史的な流れで見てもすんなり祝福されるものではなかった。


「知らなかったわ……やっぱりお父様、だてに年とってないのね」

「だから年寄り扱いするな!」


 ドゥランは泣きたくなった。




 そして後日、ニルダはカッペリオの工房へと向かった。今度はドゥランと一緒だ。

 ジュリオの親方だという藍染師カッペリオは、ドゥランいわく確かな腕を持っているらしい。


「あの人の弟子がモンテッキの娘と、か」


 ジュリオというのがどんな男なのか、ドゥランも気になっていた。出歯亀根性も少しあるが、弟子の腕次第で生産量にも関わるし、人物によっては織物アルテとの関係にヒビを入れかねないからだ。

 本当に流行が動きそうなら亜麻だけでなく毛織物の方も先行して品物を買い付けたい。それに高級染料の東方藍に投資する手もあった。ドゥランは真っ当に市場を読む商人でありたいと思っているのだった。


「――ニルダ? ドゥランさんも」


 市壁に近い町外れ、染物師達が住む辺りに近づいたところで声を掛けられた。アレッシオだった。


「アレッシオ様! どうしてこんな所に?」

「私は仕事だよ。ニルダこそどうしたんだ」

「私だって、仕事だわ。染物師を訪ねるの」


 向こうは面食らっているが、ニルダだって驚いた。

 だっておかしい。仕事だと言うわりにアレッシオは騎士団のお仕着せではなかった。地味な茶色のコッタ姿――おしゃれなコタルディではないのを初めて見る。

 町にまぎれようとする服装。それでドゥランは何かに思い当たったようだ。


「――最近、目に余るとは思っていた。それかな」

「――心当たりがあっても、言わないで下さいよ」

「そりゃもちろん。だがな」


 ドゥランがニヤ、とする。

 

「君は少しばかり色男すぎる。もっと目立たない人材はいないのか」

「この格好でも駄目でしょうか」

「全然だな。に引っ張り込まれないように気をつけるといい」


 言われてアレッシオはうっすらと赤くなった。


「そんなことはしません」


 強く言って、ニルダをチラリとする。話が見えないニルダがきょとんとしているのを確認しアレッシオは安心の吐息をもらした。


 ――町外れには、よろしくないものが集まっているのだ。


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