精霊石の遣い手
桝克人
プロローグ 私の楽園
私の小さな王国は楽園だ。
私は草花の上のベッドに横たわり薄ら目で空を眺める。取り替えたばかりでシミ一つない真っ白のシーツの上に仄かに赤みがさす銀色の煌めいた長い髪を散らばらせて流す。ベッドの端から地面へと落ちることを厭わない。
大きなガラスのドームに差し込む温かい日差し、植物は空に向かって伸びやかに生え、大木にとまる鳥はうたい、花々の周りで蝶が羽ばたく。
此処を楽園と言わずどこを楽園と言えるのだろう。私は知らない。
王国の民も私と同じように安らいだ気持ちでいることだろう。太陽が昇る間、大人は日々の仕事をこなし子供は野原を駆け回る。日が暮れればそれぞれの家に帰って食事をし、湯に浸かって日中の疲れを洗い流す。夜は愛する人と共に眠るのだ。緩やかな時間の中で育まれる営み。ただ安らかな日々を過ごせるだけの場所だ。
此処を楽園と言わずどこを楽園と言えるのだろう。私は知らない。
王国で暮らす人々も顔見知り間柄、私も彼らを知れば彼らも私を知る。おはようと声をかければおはようと返し、ご機嫌を伺えばおかげさまで元気ですと返してくる。
何者からも奪われず何者からも奪わず、共存し、あるもので満たされ心豊かに暮らす。
此処を楽園と言わずどこを楽園と言えるのだろう。私は知らない。
地上は未だ戦火に飲まれているのだろうか。血を浴びた剣を持ち、精霊石を惜しみなくつぎ込む戦場は如何程に過酷な状態だろう。
心配しても意味はない。此処は外界から切り離された場所だ。地面を這いつくばって生きる者に気をかける必要がどこにある。先に切り捨てたのはあの者たちではないか。我々は見捨てられた民なのだ。例えこちらが安らかな日々を過ごして、貯えがあるからと言って手を差し伸べる必要がどこにある。
いずれ私に頭を垂れて助けを乞うてくることだろう。その時私はどう判断するのだろうか。情を見せて共に生きる道を考えるのか。いくらでも条件をつけて奴隷として扱い搾取しかつての故郷に復讐でもするか。
嗜虐心が口元に冷たい笑みが自然と作られたことを自覚し、私ははっとして目を開く。眼前は変らず平和そのものが映し出される。ガラスドームと青い空、蝶が舞い、大木の枝に青い鳥が羽を休めている。
なにも起こっていない今、考えても詮無きことだ。穏やかな日々を享受する。それで充分だ。手の届く範囲で守りたい者を守れれば、それでいい。
青い鳥が枝を離れ飛び立った。ガラスドームの中を旋回している。
ああ、今日もいい天気だ。
精霊石の遣い手 桝克人 @katsuto_masu
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