4 口のないものが喋るな(2)

 女王は聞きたかったことが聞けて、ふうむと頷いた。


「聞け。私の愛は遍くこの不毛の地に満ちねばならない。お前たちは生まれ、そして育ち、増え、そして死んで肉とならねばならない。食物連鎖の円環を断つことは許されないと知れ。谷を越え山を越え、楽園は拡張されなければならない。何故なら愛とは限りがなく、広げても減らず、与えても減らないからだ。不死たる私を讃えるものによって、海底を埋め尽くさねばならない」


「確かに。それでは、まずは北を目指してはいかがでしょう?標高が高ければ日の光も届き、マリンスノーの恩恵にも預かれるのでは?」


「そうではない」女王は厳然とそう返した。「既に満ちているもの、既に豊かな恵みにあずかっているものは、私の愛に値しない。日の光を浴び、植物性プランクトンの何たるかを知り、波立つ海面を知るものは幸いである。しかし、そのようなものたちは祝福に値しない。暗闇の恐ろしさ、深海の寒さを知らないものに手を差し伸べる必要がどこにあるのか。肥えたウナギをさらに太らせる必要がどこにあるのか」


 コダは恐縮し、「確かに」とだけ述べた。


「荒地を進むのだ。不毛の地を切り拓き、栄養で満たせ。慈悲と滋養は同義であると知らしめよ。救うべきは暗闇、喪、冷水、痩躯そうく、盲目に生きるものである。無機物の広がる海底にその身を横たえるものである。やがては奈落を降りよ。神は愛ゆえに、まずは私を深海にもたらしたのだから。忘れるな。枯れた大地に生きるものこそ真に幸いである」


 この女王の決意に対して、コダを始めとした周囲の生き物たちは、ただ平伏した。

 女王はカグラに指示を出し、適当な大型魚の死肉を楽園に撒くように伝えた。

 カグラは可能な限りこれに応えたが、サメほどではない大きさの死肉はすぐに消費された。


 *


 それからしばらくして、楽園に来客があった。


「女王、カグラ様、コダ様。得体のしれないものが降ってまいりました。奇妙な臭いがしております。それは、自分は生き物ではない、名前はミックスベジタブルだと、そのように述べております。ミックスベジタブルです」


 楽園の中央に陣取っていた女王たちに、泳いで駆けつけてきたジュウモンジダコはそのように伝えた。

 そこにいたものたちは、思い思いのことを口にした。


「聞いたことがない名前だ」

「生き物ではないとはどういうことかしら」

「女王の同族?」

「生き物でないなら、ショクモツレンサの愛の対象外ではないか?」


 コダやカイメンたちは、女王に聞こえるように思い思いのことを述べた。


「マリンスノーではなく、変なのが降ってきたものだ」


 女王はそう呟くと、カグラに対して、また他の生き物に対しても、「絶対にそれを食べてはならない」と強く釘を刺した。みなはそれを聞いて、ああ、やはりそれは女王のご同族なのだと察するのであった。


 女王は落ち着き払っていた。


 その態度、言葉数の少なさは、ミックスベジタブルが歓待するほどでもなく、敬意を払うまでもない客であることを示唆していた。察しの悪いある生き物は、女王は我々の世話に忙殺されており、久し振りに訪れた同胞の相手をする余裕がないのだと、何一つ正しくないことを思っていた。


 さて、実際の女王の内心は。

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