4 口のないものが喋るな(1)
カグラが楽園に加入してから長い時間が経った。
サメの死肉は減りつつあったが、それでもまだ豊かな楽園を維持するには足りていた。楽園は広がり、東の谷間へと進出していた。クモヒトデはそれに連れてさらに
女王は、最後のカグラザメに喰われてその胃から生還したのち、底生魚 に咥えられて楽園の中央へと遷移していた。
女王は特に飾り立てられるのを好まなかったが、それでも女王が鎮座する場所にはカイメンが飾られた。正確には、誰かが飾ったわけではなかったが、結果としてそうなっていた。
それはピンポン玉のようであったり、キノコのようであったり、スズランのようであったりして、女王の四方八方で成長した。そこはプランクトンの流入が多く、育成にはとても適していた。だからカイメンはそこに根を下ろしただけである。
女王は、楽園の中央に漂いながら、方々から聞こえる捕食の音、捕食される音を聞き、ギャハハハと内心で笑うのであった。それは不死者の法悦であった。楽園は、そのすべてが生と死の、つまりはラブドールには本質的に関係のない出来事の集積であった。人が夜空に輝く星を眺めてうっとりとするように、ラブドールは命の明滅を聞いてあざ笑っているのである。しかも、そんな連中が自分を絶対視し、讃え、その不死性を羨んでいる。人間は想像するだろうか。夜空のすべての星が自分にかしずいているなどと。
このラブドールは、そう思うことができる特権を持っていた。少なくとも、特権を持っていると自負していたし、そう思うそれなりの理由も持っていた。
楽園のヒトデを喰らいつくそうとしていた余所者のホウライエソは、カグラに頭から齧られて捕食された。そのおこぼれにありつこうとカイアシたちが群がり、サメ以外の死肉にありつけたことに満足し、女王を讃えた。
女王はサメの死肉が尽きつつあると思ったため、カグラの手前、今度はホウライエソを挑発していた。しかしこの魚は、一部のものを除いては、カグラを恐れてなのか、あるいは女王を恐れてなのか、楽園を侵そうとはしなかった。
楽園にとっては、その一部のものが重要だった。挑発に乗った愚かな魚は、カグラに喰われるか、女王を喰らって死ぬかのどちらかの運命を辿った。そしてその死肉は、例外なく楽園の礎となった。楽園は、女王とカグラの尽力により、細々と延命しているようだった。
「焼け石に水だ」
女王はそう呟いた。それを近くで受け取ったのは、以前に女王に物申したソコダラであった。この魚、当然水は知っていたが、焼け石が何のことだか分からなかった。つまり女王が何を言っているか分からなかった。ただ、その口ぶりから、女王様はお困りなのだろう、きっと死肉が尽きつつあることを懸念されているのだろうと、実に正しく読み取っていた。
「確かに焼け石に水でございます。が、何もなかったこの地に、これほどの楽園をお創りになったのは、紛れもなく女王のご仁愛によるものでございます。我らは女王に付き従い、命を捧げるだけでございます。万歳!誉れ高き女王に栄光あれ!」
「コダよ」女王はそのソコダラのことをそう呼んだ。「楽園の外には何があるか?」
コダは質問の意味をよく考え、そして答えた。
「一面の泥、そして岩山でございます。それは闇に覆われ、栄養はございません。北に向かえば標高は高くなるでしょう。女王様も、この北からいらっしゃったはずです。東には海嶺が
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