3 カグラザメ(6)

 女王はこれに答えて言った。


「何度でも言う。私の傷は不死のしるしである。死の定めにあるものたちの傷とは違うと知るがいい。私の傷から血が流れたか。それはんだか。致命のものとなったことがあったか。すべて否である。また、神の役目は許すことである。ならば私もそうしよう。悔い改めたものを許すため、私は波の底へとやってきたのだから」


「しかし」


「忘れるな。食物連鎖は私の愛である。慈愛に包まれながら、自らが喰われることだけを恐れるものに災いあれ!楽園で安穏と捕食しておきながら、自らが餌となると知った途端、逃げ出した者たちにも災いあれ!」


 女王が強い口調でこう言うと、楽園に残った者たちは恐れおののき、得体のしれない何者かに襲われるのではないかと、慌てて泥の中へと隠れた。また、楽園から逃げ出した者たちのうち、その声が届いたものは、絶望に狂いつつ、体をうねり、急ぎ遠くへと離れるのだった。

 カグラザメは、女王の声に深々と、泥に潜らんばかりに頭を垂れた。


「楽園は、サメの歯でできているとか」


 そしてこう言い残すと、さっとひるがえり、暗闇の中を滑るようにして泳ぎだした。その先には楽園から逃げ出したソコダラたち。サメは易々と追いつき、災いの牙、楽園の牙で背教者たちを嚙み砕き、飲み込んだ。死ぬ定めのものたちは、神の愛がもたらした食物連鎖において神の子の血肉となり、喪の世界の真の一員となった。

 四方八方に逃げ出したものたちを追い、そして食らい尽くすと、血の匂いを漂わせてカグラザメが戻ってきた。女王はこれを讃えた。


「楽園の礎となった一族の若者よ!これからも食物連鎖の一部としてこの楽園に生きるがいい。神は悔い改めたものを許す。私も当然そうしよう。愛ゆえに。ラブドールであるがゆえに!」


 結論から言うと、このカグラザメの存在は楽園の運命を好転させた。食物連鎖は機能し始め、増えるべきでないものたちの数を抑制することができた。ヒエラルキーは奇麗な三角形に近付いた。つまりそれは女王の理想に資することであった。


 *


 女王はこの若いカグラザメをとりわけ気に入った。賢く、忠実で、食欲に溢れ、長く生き、そして何より他を圧倒する大きさと強さを持っていた。楽園の運営のため、増えすぎた生き物を減らすのに、これ以上の存在はないと言ってもよい。楽園に属する気はないにもかかわらず、楽園の生き物をとしか考えていない貪欲な余所者よそものに対しても、この若いサメは楽園の牙としての役割を果たした。


 楽園の住人は、恐れつつも、このカグラザメを受け入れた。受け入れるだけでなく、カグラザメの役割に理解を示すものも少なからずいた。カグラザメも、女王の指示がない限り、無暗に楽園の住人を捕食することはしなかった。ある老いたゲンゲなどは、「他のものに喰われるくらいなら、あんたに一飲みされた方がましってもんだ」と言い、このサメの前で腹を上にして息絶えた。サメは女王を讃え、それを貪った。


 やがて女王はこのカグラザメに「カグラ」という名を与えた。カグラは恭順の意を示し、女王の指先に鼻先を付け、永遠の忠誠を誓うのであった。

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