4 口のないものが喋るな(3)

「マズイマズイマズイ。これはよくない。ああ、おい、おい。ヤバい。つまらないものが落ちてきたなぁ、おい。ああ、どうしたもんか。楽園から摘まみだせと命じるのは簡単だ。楽園に、命のなきものは私以外には不要であると、なんかそんなことを言っておけば、ここの連中は納得するだろう。しかし、あからさまに遠ざけるのはよくない。摘まみだす間に、上の世界のことをベラベラと喋られるのは困る。殺すか。カグラに飲み殺させて、カグラごと奈落へと落としてしまうか。いや、これはチャンスと捉えよう。何かに利用できるかもしれん。一旦、ここに呼んでみるか。いやいやいや、マズイマズイ。アホか。私の素性もすぐに察するだろう。ラブドールが自分のことを女王とか言い出したらどうするだろうか。笑い転げるだろ。いや、恥ずい。これは恥ずい。アホども相手にイキってるのをまじまじと観察されるのは辛い。顔から火が出る。のたうち回りたい。こいつらみたいにジタバタしたい。ああ、ああ。やはり、うん、楽園への立入を禁忌としよう。顔を合わせるのはマズイ。いいや、私が出向いてここから去れと言った方がいいな。目撃者は少ない方がいい。うん。ええと、同胞よ、ここは私の土地、私の愛の楽園である。不死の神は足りている。同胞を迎える美酒はなく、気前よく振舞われる羊もいない。ここはいまだ貧しく、食うや食わずの土地である。私は君のために、余剰があると見栄を張ることはできない。友よ。私の志を知っているのなら、どうか今日のところは帰りたまえ。天上での思い出話は、私の使命が終わった後に、満足いくまでしようじゃないか。なに、我々には時間が砂粒のごとくあるのだから――。うんうん。これでいこう。呆気にとられている隙に、つまらないものに命じて追放しよう。西の平地か、東の海溝にでも叩き落とせばいいだろう。そして、叩き落としたそいつも、カグラに始末させよう。いいねいいねえ。そうしよう!」


 言い訳をつらつらと考えている女王を前に、ジュウモンジダコは怯えたようにこう言った。


「あの、いま、辺境のものがそいつをこちらに連れてくるそうです。そのですね、女王様。連れてくるそうなのです。ええ、ああ、どうしましょうか」


「ああ」


 女王は、言葉を短くそう返した。

 いやいやいや、連れてくるな、誰がそんなことを命じたか、アホか、勝手なことすんなこの魚介が。タコが。タコだが?隠蔽できんだろうが。どうすんだこれ。私の恥が海底に広がっているのをこれからマジマジと見られるの?目ぇないけど。嘘だろ?こいつら絶対、勝手に「女王!万歳!」って言い出すよ。いつもの調子でさ。空気読めねえもんこいつら。空気ないけどさここに。ギャハハハハハハハ。もう許せん。あああああ、どうするよ。何がミックスベジタブルだ。来んなビニール袋が。ああああああん。


「ど、どうしましょうか。今からでも追い返しますか?」


 女王の側にいたゲンゲが顔色を窺うようにそう尋ねた。

 女王は平静を装って「いや、構わん」と威厳のある声で答えた。


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