第15話 卒業式典当日
そしていよいよヴェリビリ帝国学舎の卒業式典と卒業記念パーティーの当日。
フェル暦668年も年が明けて
とはいえまずは卒業式典が先だ。ここはルートヴィヒやシャルロッテだけでなく、他の一般の貴族子女の卒業生たちにとっても晴れの舞台であり、人生の門出なのだから下手なことをしてぶち壊すわけにもいかない。
帝国学舎の中央教棟三階の、中心部に位置するセレモニー用の大ホールが卒業式典の会場である。そこに一同が会して始まった卒業式典は、決められた式次第に則って粛々と進行する。教職員も卒業生も在校生もその保護者たちも、ついでに来賓も、全員がこの式典のあと
今年度の卒業生首席として表彰されたのはシャルロッテである。最後までルートヴィヒとトップを争っていたが、卒業試験を満点で終えての文句なくの首席であった。ちなみにルートヴィヒは卒業試験で大きく点数を落としてまさかの3位で、会場が違う意味で大きくどよめいたものである。
だがまあこれは彼がこの1ヶ月と少しの間、婚約破棄の陰謀の根回しにかまけていて復習が疎かになっていたせいなので、本人的にも特にショックはない。というか
(まあ、公務が減って空いた時間でしっかり試験対策できただろうからなあロッテは。その点だけはちょっと羨ましかったな)
なんて心中ひっそり拗ねるルートヴィヒだが、それでも彼女と三年間同じ学舎で青春を送れたので満足していた。本当は次期皇帝としてアルヴァイオン大公国にある〈賢者の学院〉への留学を強く薦められていたのだが、やはり断ってよかった。
まあ、彼が行かなかったせいで弟の第三皇子マインラートが留学するハメになったのだが。そして彼が〈賢者の学院〉の“力の塔”を
式典は卒業証書の授与から始まり、首席卒業者発表とその表彰、上位10席の発表とその表彰、在校生代表の祝辞と卒業生代表の答辞、それから中休みの昼餐を挟んで各科の成績優秀者発表および各種表彰と続いていく。
在校生代表として祝辞を読んだのは二回生のローゼマリーだった。ルートヴィヒと頻繁にデートしたりと遊んでいた印象が強いが、ちゃっかり学年首席を取っているあたりなかなかに強かである。そして卒業生代表はもちろん首席のシャルロッテだ。
ふたりとも濃紺の生地に金刺繍の施されたドレスでの出席であった。濃紺はルートヴィヒの瞳の色で、金は彼の髪の色である。
姉妹ふたりがふたりともルートヴィヒの色をドレスにして纏っていることに、小さなどよめきが起こる。しかもシャルロッテはどう見ても一点物の贅を凝らした豪奢なドレスで金刺繍も全体に散りばめられ、随所に色とりどりの宝石もあしらわれている。対してローゼマリーは明らかに既製品の手直しで、金刺繍も申し訳程度に胸元と裾を飾っているだけなのだから、この後起こることを知っている全員からどよめきが起きるのも無理はない。
(えっまさかのドレス被り!?)
(うそ……これ、どっちが
(あれ?聞いてる話の通りよ、ね?変更ないよね?)
(でもこれ、やっぱどう見てもシャルロッテ様のが
(本当にやるの?ドッキリとかじゃなくて?)
(なんかもったいない気がするなあ)
(ローゼマリー嬢も可愛いんだけどねえ)
会場のあちこちで密やかに交わされる会話は小声に過ぎて、[強化]で聴力を上げても聞き取れるか分からないほどだが、何を言い合っているかはだいたい分かる。分からないのはシャルロッテとローゼマリーだけだろう。
そのざわめきも収まらない中、卒業式典は
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やあシャルロッテ。卒業おめでとう」
「ルートヴィヒ様、ありがとうございます。ルートヴィヒ様もご卒業、大変喜ばしく存じます」
式典が終わって、すぐにルートヴィヒはシャルロッテの元へ赴き声をかけた。最後まで婚約者として尊重しないと、聡いシャルロッテの事だから何か企んでいると察してしまう。そうなるとこの天才少女は頭の中の推理だけで正解までたどり着きかねない。
もしもそんな事になったら、今までの苦労が水の泡である。
式典の終わった大ホールは、この後慌ただしく設営が変更されて日暮れからは卒業記念パーティーの会場に様変わりする。そのため卒業生も在校生も一旦は退出しなければならない。時間にしておよそ
その前に卒業生とその保護者たちは思い思いに正門前で“念写機”を使って思い出の一枚を撮ったり、仲間たちと集まって学生帽を空へ投げ上げてみたりと、学生生活最後の瞬間を満喫するのだ。
だが公爵家令嬢ともなるとそういうわけにもいかない。シャルロッテは侍女たちの迎えを受けて帝都公邸へそそくさと戻っていく。そこをルートヴィヒが追いかけて来て捕まえたのである。
「この後の記念パーティーも楽しみにしているよ」
「ありがとう存じます。色直しを終え次第、わたくしもこちらに戻って参りますので」
「ああ、うん、それなんだけど」
「はい?」
「ロッテも疲れただろうから、そのまま邸で休んでいていいよ。時間前に僕が迎えに行くから」
(……変ですわね。わたくしそれほど疲れてはおりませんのに)
首を傾げるシャルロッテ。またしても感じる違和感だが、明確には言語化できない。
だがルートヴィヒとしてはシャルロッテがいない間にローゼマリーと
「あんまり疲れてない、って顔をしているね」
「ええ、まあ」
「実を言うと僕のほうがここ最近立て込んでいて少し参っていてね。空き時間に少し横になろうかと」
「あら、まあ。そうでしたか」
違和感を持たれたと感じてすぐさまルートヴィヒは
ふう、危ない危ない。
「あ、そういえば」
「え、なに?」
「ローゼマリーを見かけませんでしたか?」
「……特に姿は見てないな。まあもし見かけたら、皇宮の馬車で邸まで送らせて貰うよ」
「まあ、そんなお手を煩わせるわけには」
「構わないよ。あの子も
「…………畏まりました。それでは殿下のお言葉にありがたく甘えさせて頂きますわ」
「うん、任せてくれ」
そうしてやっとシャルロッテは帰って行った。
本当、勘のいい子が嫌いになりそうなルートヴィヒである。
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