第10話 その影響は多岐にわたる(2)
「殿下、ちょっとまずいことになりつつあります」
そう言ってルートヴィヒに注進してきたのはエッケハルト・アイゼンベルク。ヴァンデルク侯爵の次男でルートヴィヒの側近として仕えている人物だ。彼はルートヴィヒに
いやホントに大丈夫なのかこの国。いろんな意味で。
「エッケハルトか。何か問題でも?」
「問題もなにも、シャルロッテ様が帝国政務から手を引き始めていることに気付いた目ざとい貴族家の一部が、彼女が皇子妃を降ろされるのではないかと勘付き始めておりまして」
「あっ、それはマズいな」
ルートヴィヒが動き始めて、まだ年末年始を挟んで10日ほどしか経っていないが、年明けから宰相府、総務省、逓信省などがシャルロッテに受け持ってもらっていた業務を官庁内で回すように調整を始めていた。表向きはシャルロッテが約1ヶ月後にヴェリビリ帝国学舎を卒業することに伴う準備と、その後のルートヴィヒとの婚姻準備のために彼女の身と時間を空けるため、ということになっていて、それで特に怪しまれるようなことにはなっていないはずだが。
「確かな情報なのかそれは」
「うちの父経由ですから、間違いないかと」
「ヴァンデルク侯の耳にまで入ってるのか」
ヴァンデルク侯爵は外務省長官で、ブロイス帝国の外交を司る立場にある。外務省だけはシャルロッテに割り当てた業務をまだ旧に復していないが、表向きは語学に堪能なシャルロッテの代わりが務まらないから、ということになっている。
「
「ほう?誰が問い合わせたか判るか?」
「リン宮中伯です」
よりによってマズい相手に見つかったものである。
宮中伯は宮中の雑事を統括する特別な爵位であり官職で、要するに皇城と皇宮の執事役である。皇帝家を公私にわたって支えるのが主な役目であり、つまり皇子たちの婚約とその婚約者たちも宮中伯の管轄下に置かれていると言っていい。
そうした性格の爵位であるため、宮中伯の権力は非常に大きく、公爵と言えども一目置いて尊重せざるを得ない。しかもリン宮中伯はブロイス西部のリン川中流域に自分の所領を得ていて、リン川は古来からブロイスとガリオンの国境線として戦場になることが多く、そのためリン宮中伯は辺境伯の性格も併せ持っている。ついでに言えば選帝会議にも名を連ねており、要するに選帝伯でもある。
宮中伯であり、辺境伯であり、選帝伯でもあるとなると権力的には絶大なものがあるわけだが、リン宮中伯を世襲するザイアー家は無属性魔術の[誓約]の術式まで用いて私心なきことを表明しており、古代ロマヌム帝国時代から主君たる皇帝家に仕えている。それは古代帝国が分裂し、ブロイゼン大公国を経てブロイス帝国が成立してからもいささかも変わることがなかった。
ということで、ルートヴィヒが婚約破棄を画策するなら必ず話を通しておかなければならないひとりがリン宮中伯ヘルムート・フォン・ザイアーであった。だが、この段階で勘付かれるのはいささか想定外の事態である。もう少し他の根回しを先に済ませておきたかったのだが。
「仕方ないな。下手にあちこち動かれるより、先に経緯を説明して協力を仰いだ方が良さそうだ」
「よろしいのですか?」
「だって他に手がないじゃないか。もう残り1ヶ月を切ってるのに、下手にゴタゴタさせたら必要な根回しもできなくなってしまうだろ」
というわけで、ルートヴィヒはエッケハルトにリン宮中伯ヘルムートとの謁見を調整するよう指示した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういうことは、真っ先に相談して頂きたかったものですな」
リン宮中伯ヘルムートは渋い顔をしてそう言った。
「済まない。まずは宮中伯を納得させうるだけの状況を積み上げてから、と思っていたものでね」
へたに機嫌を損ねられても困るので、ルートヴィヒも
「まあよいでしょう。それで?決行はやはり
「えっ?」
「えっ、ではありませんぞ殿下。衆目の面前で婚約破棄を宣言なさるのでしょう?それはいつか、とお尋ねしておりまする」
「えっあ、いや、うん、その予定だが」
なんだか様子がおかしいぞ?
「であればあまり時間の猶予がありませんな」
「というか、宮中伯は賛同してくれるのか?」
「賛同もなにも、シャルロッテ様のこれまでの帝国への貢献度を考えれば当然でございましょう?」
「う、うん、ありがとう?」
意外にも宮中伯までノリノリであった。
いやこれはシャルロッテの人望の賜物と言うべきか。
「いやあそれにしても楽しみですな!それがし宮中伯として仕えておよそ40年、ついにこの目で話題の
いや全然違った!
ただのミーハーじじいだこの人!
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