第11話 その影響は多岐にわたる(3)

「ちょっとルー!ルートヴィヒ!」


 ものすごい剣幕でルートヴィヒの執務室に突撃してきたのはエーリカである。第一皇女で、ルートヴィヒの同腹の姉。今年20歳だからルートヴィヒの4つ歳上である。


「なんですか姉上。朝から騒々しいですよ」


 暗に淑女らしくない、と視線で非難を送るルートヴィヒだが、エーリカにはそんなものは効かない。


「いいから、母様を何とかして!」

「母上がどうかしましたか?」

「どうもこうもないわよ!わたくしの離宮に押しかけてきて、匿ってくれもう帰りたくない、ルー怖いって拗ねてるんだから!」

「あっここ数日どうも姿を見かけないと思ったら、リーツェンブルク宮殿姉上のところに逃げ込んでましたか」


 リーツェンブルク宮殿は帝都ヴェリビリの西の端にある。ヴェリビリ中央部を流れるエルヴェー川の中洲にあるヴェリビリ皇宮からほど近い離宮で、元は皇帝家が休暇を過ごすために造営された宮殿である。だが現在は婚姻準備のためにエーリカが一時的に専有していた。

 まあ一時的に専有というか、何事もなく婚姻が成った暁にはエーリカと、その夫となるヨーゼフ・フォン・ヴァイスヴァルトの新居となる予定だが。

 ちなみにヴァイスヴァルト家はアレマニア公国の公王であるシュヴァルツヴァルト公爵家の分家筋にあたり、爵位は侯爵である。ヨーゼフは婿入り・・・になるので、家名はヴァイスヴァルトではなくエーリカのフォーエンツェルンになる予定だ。


「わたし、婚姻準備で忙しいんだから、母様あれあんたが何とかしてよね」


 兄弟間の会話でもあるためか、エーリカの口調がいつの間にか砕けている。第二皇子の執務室とはいえ、彼女の中では私的プリヴェールなやり取りのつもりなのだろう。そのあたり、エーリカもまたあのふたり・・・・・の子・・であると言えようか。

 というか、婚姻準備で忙しいと言うのならそれはルートヴィヒも同じはずなのだが。


「そうは仰いますけどね姉上。ちょっと今立て込んでまして」

「なによ、母様の相手もできないくらい忙しいの?」

「忙しさの半分は母上のせいなんですがね」

「……うん、まあ何となく想像ついたけど。あとの半分は父様ね?」

「正解です。でですね、実は……」


 そしてルートヴィヒはエーリカにも全部話してしまった方がいいだろうとばかりに、事の経緯を説明するかくかくしかじか


「…………………………あっきれた」


 最初は訝しげだったエーリカの目は、途中で新しいイタズラの企みを聞かされたようにキラキラしていたが、最後にはスンと冷めたジト目になった。


「まあそう仰らないで下さい姉上。これでも僕は愛する両親の⸺」

「違うでしょ」


「…………え?」

「じゃなくて、あんたが・・・・一番・・楽しんでる・・・・・じゃない」


 さすが、血を分けた姉である。弟の性格などお見通しであった。


「い、いや?そんなことは?」

「隠すの下手くそか!」


 ツッコみつつ、これは隠すつもりもないんだなと分かってしまったエーリカである。


「あー、まあいいわ。だから母様が『仕事させられる』って怯えてるわけね」

「そうです。もういい加減、やってもらわないと」

「それなんだけどさ。多分やらなくても・・・・・・よく・・なる・・んじゃないかしら」


「…………え?」


「さっきリン宮中伯が、選帝会議を招集するって言ってたから。議題は第二皇子あんたの立太子取り消しと皇帝罷免・・・・じゃない?」


 まさかの展開にさすがのルートヴィヒも唖然呆然。自分も乗り気だったくせに、婚約破棄の責任だけはちゃっかり皇帝家に取らせようとか、リン宮中伯も人が悪すぎる。


「えっちょっ、それはマズい!」


 だが問題はそこ・・ではない。


「なによ、両陛下父様と母様が責任取るのは当然でしょう?」

「それはそうですけどそうじゃなくて!選帝会議の議会員ミトグリートにはブレンダンブルク・・・・・・・・辺境伯も・・・・いる・・んですよ!」


「あー。そう言われれば確かに」


 他人事みたいにエーリカが納得していたが、もはや気にかける余裕はルートヴィヒにはない。あわててエッケハルトを呼び出すと、慌ただしく執務室を飛び出して行った。


「相変わらず抜けてるわねあの子。いっつも肝心なところの根回しが出来てないんだから」


 苦笑しつつそれを見送るエーリカだったが、この時彼女はまだ気付いていなかった。ある意味で彼女が一番・・責任を・・・取らされる・・・・・ハメ・・になる・・・ことを。

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