第47話


 六本木から麻布辺りのショールームを見て回る予定で、地下鉄に乗り六本木駅で降り地上に出たら、僕の顔に当たる春の午後の日差しは柔らかだった。


「なんか、肉が食いたい」

壱が、速攻地下鉄の階段を上がって地上に出た途端に言った。


「おお、腹減った。肉か良いね、適当に入ろう」

僕も、お腹が空いていて何でも良いから食べたかった。


「焼肉は臭いが付くしな、」


「そうだな、換気が良いって言っても少し付くな」


 2人で歩いていた歩道の道路を挟んで斜め前方に行列が出来ていた。

「並んでいるラーメン屋も魅力だ」

壱が、ジッと見ながら言った。


「腹減った、並びたくない、隣のハンバーグ屋空いている、そこにしよう」

僕は、並ぶのはごめんだった。


「俺もぺこぺこだから、直ぐ食べたい、そうだなあハンバーグにするか」


 僕と壱は先ず腹ごしらえして散歩をするす事にした。


 店に入り若干混んでいたが注文出来た。やっと食べられると思って少しホッとした。


 僕は食べながら、

「愛ちゃん、元気か?連絡とってる?」

って、急に思い出して聞いた。。


「最近は知らない。子守りに忙しいんじゃないか」


「そうだろうな、未満時の子供は四六時中手がかかるんだろうな」


「多分、お袋に全部やらせてんじゃないか」


「そうかなあー」


 愛ちゃんは壱の姉で2年前にできちゃった婚して子供が産まれて直ぐ別れたようだ。


「近いうちに、行こうか?」


「え〜、俺の実家に?」


「うん」


「まぁ良いけど」

壱はあまり気乗りしない返事をした。


「僕が連絡とるよー、壱が行きたくないなら僕だけ行ってくるよ」


「俺も行くよ」


「日にち決まったら教える」


「ああ」


 食後のコーヒーを飲みながら

「ぼちぼち行くか」


「今日は僕が払うよ」


「おお、サンキュー」


 六本木から麻布方面に歩いた。場所柄か外車のディラーが多い。

 何件か見て、どの店の営業マンも故障した場合には、取り寄せになるから時間かかる場合もあると、遠回しに説明してくれた。

 

「日本車の方がメンテ考えると良いのかな」


「圭さんに助言してみれば」


「俺が言わなくてもわかっているよ」


「そうだな」


 2人でくだらない話をしないがら麻布の辺りに来て、

「昔、死んだ祖父が言ってた、昔の麻布は陸の孤島だって、一等地なのに交通の便が悪いって」


「ああ、この辺は独特の空気感だよな、俺らもこの辺りにマンションでも買うか?」

壱が、冗談で言う。


「来世でな」

どうでも良い話しなので適当に返答した。


「ああ、…もう良い時間だ19時になるぞ、どうする」

壱が聞いてきた。


「飲んで帰るか?」

僕が言うと、


「成から言うなんて珍しいな、ちょっと早いけど行くか?」


 僕達は、タクシーを捕まえて六本木の会員制のクラブに行った。

 学生時代から行っていて、最初はゲイバーだったがいつのまにか会員制クラブに変わった。

 オーナーは同じ人で、形態は変わっても昔のまま、男同士のカップルが多い、ゆったりしたソファが僕は気に入っていた。

 

 久しぶりにビルの地下の重厚なドアを開けた。

 豪華な長いソファが自慢のクラブに、早い時間でも土曜日のせいか客がいた。

 

「なんか食いながら飲もうぜ、」


「ああ」


「あっ、宝から連絡アプリにメッセージが来てる、なんか本郷先生が凄く怒っていて自分でなんとかしろって言われたらしい」

壱が、困ったように成に言う。


「本郷先生が、出て謝るのもたしかに変だし、宝…後始末出来るのか…」

僕も宝の顔を思い出しながら言った。


「社会人だし、大人だし…なぁ、」


「僕達には、無理だ」


「そうだな」

と壱は言いながら、宝に連絡アプリでメッセージを送っていた。


「(がんばれ)と送った」


「ああ」


 2人とも無言になりソファに寄りかかり物思いに耽る。


 壱が唐突に、

「車を見て回るって、面白かったな」


「ああ、新車は芸術品だね」


「確かに、ピッカピカのショールームにドンって飾ってる」

壱が笑いながら言うと、ソファの背もたれの後ろからオーナーが、

「壱と成、久しぶり」

と、声をかけてきた。


 年齢不詳の粋な男性で身体にピッタリのオーダースーツをカジュアルに着こなしている、こういう着こなしが出来る人間はなかなかお目にかかることが出来ない。

一流を一流と思わせてないで威圧感を与えないさりげなさだ。


 (一流の人達はねぇ、多くの日本人の好きな高級ブランドはあまり好みではないんだよ。

 自分の為だけのオーダーを出来る人間を目指すのも面白いよ)と、学生の頃にオーナーに言われた事を思い出した。

 その頃の僕は医学生だったので、将来金持ちにでもなれるはずだと思っての助言だったのかは不明だ。


 私立の医学部の学生は殆ど外車と、誰しもが知っているブランド物を持ち歩いていた。

 隣の席の同級生が、ちょっと珍しいカバンを持ち歩いていて、

(珍しいそうなカバンだって声を掛けて見たら、爺さんから3代続けて使っている。1年に1回のメンテナンスで60万かかる)って笑いながら教えてくれたのを思い出した。

 そういう事なんだろう…。


「久しぶりです。オーナー自ら店に来るの珍しい…ですよね?それとも最近はちょこちょこ来ているのかな」

壱が、聞いていた。


「珍しいよ、たまにはと思って来てみたら珍しいイケメン2人が居たから声掛けたよ、忘れないで来てくれて嬉しいよ」


「こっちこそ、潰れないでまだあったので嬉しいです」

壱が、冗談で返した。


「あっははー、ゆっくりして行ってね」

と、去って行った。


「全く変わらないな、モンスターだ」

僕が、壱に耳打ちすると、


「水商売の魔物が付いてんだよ」

と、壱が小声で言った。


 また2人で背もたれによりかかりボッーとした。


「明日はゆっくりしようぜ、」

壱が思い出したように言った。


「1週間分の買い出しはどうする?」


「ああ、面倒だけど行く、…それより

宝あいつ医院潰す気か」


「僕達が考えている以上に大事になるか?」


「本郷先生も晩年に面倒な事になった」


「まあな」


沈んだ会話をしていたら、後ろの通路から声を掛けられた。

「あれ、久しぶり何年振りだろう」

と、背は高いが線の細い男が声を掛けてきた。


 2人で同時に振り向くと、壱がピアニストやってた時に知り会ったモデル兼デザイナーの佐藤 将(まさ)がいた。


 当日将が自分のデザインした服を、壱のピアノの伴奏でゆチューブに発表していた。

 

「将、久しぶりだな。元気だったか?」

壱が、後ろを振り返って12等身の長身の男に返事をした。


 僕はゆチューブの佐藤将を知っていて実物は初めてだった。壱がゆチューブを見ながら教えてくれたのは僕が研修医の頃だったので、10年くらい前だ。

 普段は流して聞いているが、佐藤将のデザインした服が白衣に似ていたので覚えている。

 







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