第41話
日曜日の朝、僕がトーストを食べていると、
「今日は、勉強休みの日か?」
壱が、唐突に聞いてきた。壱は食べ終わってコーヒーを飲んでいた。
「うん、そうしたいところだけど、早先生の家から帰って来たら調べたいことがあるんだ」
「そうか、わかった」
壱は、残念そうな顔をしたけど、気付かないふりをして、トーストもう1枚食べようと席を立ちながら、
「クッキー持って行くんだろう、昨日の夜味見させてもらったけど、上手だな」
僕は、食パンにバターを塗りながら言った。
「そう思うか、良かった。持って行くよ、…パン焼くなら俺に言えよ、やるから」
壱が、立ち上がって言った。
「いいよ、これくらい出来るよ」
僕は苦笑いが出てしまった。
壱は、最近なんでも世話を焼きたがる、
まぁ、何も出来ない僕は助かっているが…。
帰られた後で、後々困るのが僕自身だと思うと、なるべく自分でやるつもりだが、殆ど壱が先回りしてやってくれる。
今に始まった事じゃないし、小さい時から僕の手を引いて、通り易い道を作ってくれた。
違う1歩を歩くつもりが、また手を引かれいる気がする…。
2人で掃除、洗濯を済ませると、もう10時30分だった。殆ど壱がやってくれたが、僕も邪魔にならない程度には動いたつもりだった。
「そろそろ行くか」
僕が声をかけると、
「おう」
歩きながら、僕は、
「なんか楽しみだな、最近ピアノ生で聴いていないし、何を弾いてくれるんだろう」
何も考えないで、思った事を口に出した。
「成、最近って、俺が入院していたあたりに早先生に弾いてもらって以来だろう」
呆れたように、壱が言った。
「僕の行動範囲よくわかったなぁ」
僕が大笑いしながら言うと、
「何の笑いだ?」
「適当な会話をふった僕に真剣に答えてもらって、自分に呆れた笑いだ」
「ふーん、…俺もピアノ弾けるけど、成に聴きたいって1回も言われた事ない」
前を真っ直ぐ見て壱が言った横顔を、僕が見つめたらつい躓いて転びそうになった。一瞬冷や汗が出たが、立て直して、
「そんな事ない、小さい時は何回か弾いてもらった」
「…大人になってからは、ない」
ムキになって壱が、言い返してきた。
「そうかなあ、生はないか、そうか…」
僕は、頭の中で過去を遡って見たが、記憶が定かじゃなかった。
「成、何を一人で納得しているんだ」
不思議そうに僕をチラッと見て聞いてきた。
「早先生のピアノだから聴きたいのかなあ?って考えていたところだ。
たぶん、壱とはピアノ習い初め一緒だっただろ、僕は早々に挫折したし、
…僕さぁ、習い初めて直ぐにグランドピアノを買って貰って、ピアノの部屋は防音室に工事までした。
習っている時も今も、開かずの間状態だよ。
実家に帰っても、ピアノの部屋は見ない事にしている」
「えぇ、5歳の子どもにグランドピアノ?今、初めて聞いた」
「初めて言った、壱が僕の家に遊びに来た時も言わなかったし、…色々トラウマなんだよ」
「ふーん」
話ながら歩くと、あっと言う間に早先生宅だった。
ピンポンを押すと、
「待ってた」
と、圭さんがドアを開けてくれた。直ぐ早先生も顔を出した。
「会川壱です」
と、圭さんに挨拶をしたら
「ゆチューブよりカッコいいね、一井先生より少し背が低いのかな、同じくらいか、まず、入って」
早先生も笑顔で壱に、久しぶりと声を掛けてくれた。
壱も笑顔で、ご無沙汰してますと言っていた。
4人で台所のテーブルに座った。目の前に2段弁当が4つあった。
「この前一井先生の持って来てくれたお弁当に感化されて、最近はお弁当をたまに作ってくれる」
早先生が、お弁当を見ながら笑って言った。
「お弁当作り面白いよ、まず食べよう。今日は和食系にした、あっ嫌いなのがあったら残していいからね」
弁当を開けると、カラフルでビックリした。焼き魚、魚のフライ、卵焼き、カラフル野菜の炒め物、野菜の一夜漬け、イカの酢漬け、ミニダンゴ、下の段には五目ご飯。
「凄いな、美味しいそうだ」
「凄い」
僕と壱は、そろって言ってしまった。
4人で弁当を食べながら、
「俺も成の弁当作っているんですが、結構ハマりますよね」
圭さんに壱が言った。
「えっ、芸能人オーラ全開の会川さんが弁当作っているの?」
「俺、今、無職で成のアパートに居候して、主夫しています、今は外面用です」
「そうなんだ。椋ちゃんから会川さんの事を聞いたのは去年の春で、速攻でゆチューブ見たよ、秋あたりは、ちょっと体調悪いかなって心配してた」
「なんか色々ありがとうございます。
成は俺のゆチューブなんか見ないから、圭さんの指摘がなかったら、今がないんで…」
壱がゆっくりしみじみと、早先生と圭さんにお礼を言った。
「別に大した事はしてい」
圭さんが言って、早先生も頷いていた。
「圭はピアノが大好きなんだ」
早先生が言葉が少ないが、気にするなって事をいいたいらしい。
「後で、これ食べましょう」って、壱が唐突に照れ隠しか話題を変え、紙袋を圭さんに渡した。
紙袋を開いて
「クッキーだ後で頂こう、ありがとう」
圭さんが、壱に言うと、
「俺が作ったんで、口に合うか心配です」
「えっ、手作り?」
圭さんが驚き、早先生はニヤニヤいる。
「会川さん、まめなんだ」
圭さんが、感心していると、
「大丈夫だ、圭もまめだよ」
早先生が、茶化す。
「椋ちゃん、うるさい」
早先生と圭さんの、痴話喧嘩で場が和む。
僕はなんか良いなあって、つい2人を眺めた。
「一井先生に見られると、照れる」
圭さんが言うと、
「なんで?」
と、早先生が圭さんに聞く。
「なんとなく、言っただけだ」
「ふーん」
早先生も、どうで良い返事をした。
「ピアノ聴いた後にお茶しよう、その時食べよう、楽しみだ」
「最近、料理を作るのが好きになって、結構手作りにハマり、色々挑戦しているです」
壱が言うと、圭さんが反応して、
「今度、一緒に作ろう」
「ありがとうございます、時間はあるんでいつでも誘ってください」
「楽しみだ」
圭さんも嬉しいそうだ。
皆んな弁当を食べ終わって、早先生のピアノの部屋に移動した。
「会川さんの前で緊張するな」
早先生は、壱を立てて言ってくれたが、
早先生はプロ並みに上手い。
クラッシックを2曲弾いて、ショパン2曲を壱と連弾した。
最後に壱がシューベルトを弾いた。
凄いの一言だった。
圭さんは壱に何度もお礼を言っていた。
早先生も、生で、それも目の前で聴けて感動したと絶賛だった。
もちろん僕も2人の素晴らしいさに感動した。
壱は早先生が凄く驚き褒め称えていた。
4人でお茶を飲みながら、壱のクッキーを食べた。
普通に美味しいかったが、圭さんと早先生は凄く美味しいと、褒めていた。
たくさん持ってきたが、直ぐなくなった、また作って欲しいと圭さんに頼まれていた。壱も請け負っていた。
早先生が、僕に
「せっかく友達の輪が広がりそうなのに、残念だな」
って言った。
「頻繁は無理ですが、末永く宜しくお願いします」
僕は壱に、次の職場の事を言っていないのを頭の片隅に置きつつ早先生に言った。
壱は、何の話だと言わんばかりの顔をした。
圭さんが、
「もし次の人が見つからないなら、週何度か手伝おうかと思っている」
「そうですか」
僕の返事に、ますます壱の顔を険悪になりつつあるが、初対面の場で、かなり我慢して何も言わない。
壱が、
「じゃ、そろそろ帰ろう。またクッキー作って成に頼みます」
圭さんと早先生に言った。
「会川さん、近いうちに一緒に何か作ろう」
圭さんと壱は連絡アプリの交換をしていた。
僕と壱は2人にお礼を言って別れた。
帰り道、壱がどう切り出そうか迷っているのがわかった。
「俺に言う事ある?」
「ある」
「何」
「うーん、元旦に壱とあっただろう、次の日、近所の本郷医院に面接に行った」
「面接?」
「うん、面接。6月から世話になるって決めてきた」
「何で急にそうなる。何で言わない?」
「急じゃない。学生の頃から言われていた。壱に言わなかったのは、別に意味はない。タイミングが合わなかっただけだ」
「たしかに、返事も聞かず急に来た俺も悪い。成が、こんなに忙しいなんて考えなかった」
「5月には東京に引っ越す、壱はいつ帰る?」
「5月」
「えっ」
「引っ越し手伝う」
「壱、さっきのピアノ…感動したよ、もっと弾きたくないか?ここにいてもピアノないぞ」
「これからは趣味だから、毎日練習の必要がない。たぶん早先生は俺より上手い。人生の深さの違いかな、弾きたくなったらなんとかする」
何かを考えるかのように言い、
「ピアノで稼いでいたなんて、烏滸がましいよな」
「僕は、芸術に上手い下手は関係ないと思う。運が一番かな」
「まあ、運って言われればそうかもな」
「まあ最終的にはゼロに戻るけど」
「俺もツケが回ってくるのかな」
「どうだろう」
曖昧に答えたが、ツケは回ってくる。
(僕も同じだよ壱)って言ってやりたいが、
今は時期じゃない。
僕のオプションは、茨の道を選んだ。
それが運命だと思う。
壱の運命は、僕達が出会って進んで行った。
真逆で交差する時期が今か?
まあ、面倒な事は考えず目の前を歩こう。
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