第31話
「このまま暫く静かに、岐阜で一人で生活するつもりだった、僕はどんどん何かに流されて行くのかな」
「全部、成の考え方で決まるから、流されるな」
「どう考えたら良いかな」
「まずは、東京に帰るって言うのはありか?」
「まあ、いずれかは帰るのかな程度しか考えていなかった」
「なんで、いずれかは帰るつもりだった?」
「両親が年取るだろう、僕が見るのかな…ぐらいに曖昧にだな、…でも曾祖父の老いを見たら、いきなり現実味が増した」
「おれ達も、そろそろ30歳になるもんな」
「いつまでも子供でいたかった、生きていくのは面倒だな」
「最近働き出した成が言うのは変だ」
「まあ確かにそうだけど、どうすっかな」
僕は、思わずため息も出た。
「早かれ遅かれ、帰るなら良い機会か?東京の先生も70歳くらいなら、どうなるかわかんない年だしな、いなくなってから成が開業するってのもありだけどな」
「まあ直ぐじゃなくても良い気もするが、
先生が元気なうちにとも思うし…」
と、僕も歯切れが悪い会話をした。
「迷うよな」
「令はこのまま大学病院で働くのか?」
「おれか、…どうなるかわからん、大きな失敗をしない限りいるのかな、開業する気も無いし」
「そうか、僕と一緒に東京に行かないか?」
「えっ、考えて見たこともない、急過ぎて想像もつかない」
「僕も思い付きで言ってしまった。悪い、一人だと心細かった」
「はあー、東京なら身内の元に帰るのと一緒だろう」
令はだいぶ呆れた顔をして、惣菜を食べ出した。
「僕さあ、半人前だろ、相談相手がいたらなあって思い付きだ、悪かった」
僕も惣菜を食べた。
「大丈夫だ、いつでも相談にのる」
「ありがとう」
令が用意していた惣菜は焼き鳥とたこ焼きと刺身だ、僕がデパ地下で購入したのは中華系の焼売、エビチリ、餃子だ。
2人で食べるには多いくらいテーブルにのってある。
「なんだか、この前迄自称小説家が嘘見たいだな、やっと働き出したら、次は介護の心配か、年を重ねるって面倒なことが重なってくるんだな」
「なんだか、その方向の話の流れだと、帰るのが無難かなあ、年を取って移動も面倒だな、逆に半人前だからこそ移動のチャンスかな、東京の先生が元気なうちに教わるのも良いかもな」
「成、自分で考えろ、後悔しないように」
「ああ、」
ビールからワインに代わった。
ビールは缶のままで良かったが、たぶん令の家にコップがないと思って、サービスのグラスを2個もらってきていた。令は、
「おーよくわかったな、コップの新しいのは良いな、曇った古いコップでワインだとせっかくのワインの味が半減するしな」
「そうだな」
今日の目的の相談はひとまず終わり、僕に職場での失敗話から、大学病院の緊急夜間外来について2人であーでもないこーでもない他愛の無い話で盛り上がった。
夜間の100%自費払いは日本の格差社会の象徴だとか、大きな話になった。
僕は世間を知らなすぎるので、正しい意見かどうかは置いといて勉強になった。酔っ払い同士の会話だから明日には半分以上忘れているだろう。
終電の時間が近くなり僕は令の部屋を後にした。
泊まっていけと言われたが、令が明日は日曜当番で朝早いと言うから、帰る事にした。
せっかくの日曜日の朝はゆっくり寝てたいと思った。終電間際の駅は、県庁所在地の駅の為か結構な人の流れがあった。
今日は土曜日だという事を思い出した。
次の日の日曜日、お昼ごろに目が覚めた。
とりあえずソファでまたゴロゴロしながらこれからの事を考えた。
仕事を始めて、新しい出会いとか色々な事が目の前を過ぎた。
なんだか全て面倒だと思った、半年前迄は、日がな一日のんびりしていた、あの頃の僕が本来の僕なのか、じゃあ今の僕は?
僕自身も変わったのか、物事にはプラスアルファのオプションがあるが、人生にも僕の場合はあった。
あったのか?これが本当の僕かも?
頭の中が混乱しそうな事を考えた。
やはり、壱のおかげかな…もし壱が僕の人生にいなかったら、全てが違う流れなんだろうな。
一週間前に曾祖父からもらった僕と壱の5歳の時の写真を眺めた。
あの時曾祖父はなぜ2人が写った写真をくれたのか?
曾祖父には僕の今がわかるのか?
僕にも見えないのが見える時があるから曾祖父もなんかもっているかもな、今後聞いてみようかなあと思ったが、たぶん答えてくれないだろう、僕が知っている曾祖父は、ずっと無口な人でカメラが趣味だった。
これからどうするか5歳の僕に問いかけた。
写真の中の僕と壱は笑っている。
女の子のような僕と、やんちゃさと凛々しさを混ぜた壱が笑っていた。
この写真、壱にも見せたいと思った。
この思いを出させるのが、曾祖父の目的だったのかと思った。
今は時期じゃない、正月に持って行ったら見せよう。
「帰るか…」
独り言が出た。
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