第25話
なんとか一週間が終わり土曜日の今日は和井さんと会う為、お昼前の新幹線に乗った。
東京駅には14時には着いた。
久しぶりの東京駅は雑多な喧騒に包まれていた。
僕の心のようだ。
和井さんと会う事は間違いじゃないか?この一週間の間に何度も考えた。
和井さんは僕と会う事を、壱には言ったのだろうか?
もしかしたら一緒に現れたら…とか色々な心の準備が必要だった。
待ち合わせの17時まで時間があるので、空いている店に入って心の準備と、聞かなければならない事を復習した。
17時15分前には待ち合わせ場所に移動した。
和井さんが一人で店に入って来た。数年ぶりで見たが、相変わらず可愛いイメージのままだった。
直ぐ僕に気がついたようだ。一瞬息を呑む気配がした。
僕は立ち上って僅かに緊張しながら挨拶をした。
「わざわざありがとうございます、僕の為に東京駅を指定してくれて、合わせてお礼致します」
「壱には成と会う事を言ってない。今日の内容次第かな、何を聞きたいの」
機嫌があまりいいようではない。たしかに数年会っていない知人にわざわざ呼び出されて、良い話ではない事はわかっているようだ。
僕は和井さんの瞳を見て、
「壱と和井さんは今お付き合いしているのですか?」
僕は、一番大事な事を聞いた。
「すごいね、そんなプライベートな事、速球に聞く人だったかな?
恋人かって事かな?セフレ止まりだよ。恋人にはなれない、私が望んでも、壱の心は成だけだろうな、たぶん」
淡々と答えてくれた。
「僕、…ですか。…和井さんの仕事は今どんな感じですか?」
「私の仕事?…どうかしてるんじゃない?
次から次と、私のプライベートばかり聞きたがるな、…。
私達、遠い知人くらいだよ…。
まあ、いいか。ネットショップはまあまあ良いよ。
壱のマネジメントも、まあまあかな。
壱はピアノを弾く事は好きなんだが、哀愁曲系に偏り…まあそれはそれで需要があるからね、趣味じゃなく商売のピアニストだから、その辺が混合しているかな。
舵取りが少し難しいかもね」
和井さんは、柔らかく説明してくれたが、実際は大変なんだろう。
「原因は、僕ですか?」
先程の説明で、心は僕だと聞いたのがネックだった。
「成と言うより、壱自身なんだろうな」
「そろそろ違う事を仕事にしても良いのかもしれない」
「えっ、たとえば、どんな仕事ですか?」
「曲を提供するとか、歌詞を付けて歌うとか。
モデルとか、世間に紛れて会社員とか」
「今のままだと限界があるって事ですか?」
「そうだよ、今は学生の延長のノリだよ。年齢が重ねると厳しくなる」
「そうなんだ…」
「もう半年以上も壱とは会っていないんだろう。恋しくなったの?
私の事を色々聞いて裏にいる壱を心配しているのか…。
直接、…壱に会えば良いんじゃないかな」
「和井さんに、ご迷惑かけてすいません」
「まあ、今の壱は成だと手に余るだろうけど、寄りを戻す為、壱がフリーなのか気になった?」
「久しぶりに、ゆチューブで壱を見て……変わり様にビックリしました。
壱に聞いても答えてくれないと思います」
「ふぅーん、未練あるんだ」
「そう言う訳じゃないです」
「じゃあ聞くけど、壱とはきっちり別れたの」
「壱の事だから和井さんにも曖昧に言っていると思いますが、たぶん自然消滅です」
「じぁあ、もう良いだろ壱を解放してほしい」
「束縛しているつもりはありません」
「何で別れるって、はっきり言わないの」
「僕から言う立場じゃないと思います」
「相変わらず成は、狡いね」
「ず・る・い?」
「私は壱と知り会って10年以上になるかなあ、私の一目惚れだった。
成が私と壱の事、嫉妬してくれるとは思っても見なかった。付き合っているって思ってたんだ。ふぅーん…。
出会った頃から、壱の横にはいつも成がいた。
成が側にいなくても、……いつも隣にいた。
言っている事わかるかな」
「まあ、なんとなく」
「壱の全ての考えの始まりに成がいるんだ。
上手く説明出来ないけど、嫌な言い方だと執着って言うのかな、そうさせる人間に出会えた事も凄いと思う」
「和井さんにはそう見えていたんだ」
「君ら2人を知っている人達はそう見ていたと言った方が当たっている」
「たしかに仲が凄く良い時もありました」
「それは成の気持ちでしょう、壱はいつも成だよ」
「…それは、どうかな。
僕の勘ぐりですけど、今日僕と会ってくれたのは、僕の口から仕事変えたらと言わせたいからですか?
和井さんが何のメリットもなしに僕にわざわざ会ってくれませんよね」
「私の知っている成じゃないなあ。
表も裏もなく直球で言うね。
昔はもっと曖昧で何にも興味ありませんって雰囲気だった気がするけど…」
「たぶん、和井さんの言っている事当たってます。
働いて半年以上経ちました。まだ半年かもしれませんが、…。
僕は医師です。患者さんを不安にさせてはいけないし、心の悩みにも真剣に答える義務があります。
表、裏、ましてや浮世離れした性格を出していては信頼されません。
僕が変わったのでしょう…」
「ああ、そう、働いているんだ。半年くらい前に長期に休んだよな…そう言う事か。
壱は私には成の事は何も言わない。私が聞くと、聞いた事だけは答えくれるけど、根掘り葉掘り聞く訳にいかないし…。
ピアノの音色で察するだけだ」
「籠から小鳥が飛び出したのか。ふぅーん壱が落ち着かないはずだ」
「アパートは引き払いましたか?」
「君達の?知らないなぁ、けど壱は殆ど仕事部屋に帰ってきている。
成は岐阜で働いているの?」
「はい」
「全て腑に落ちた。ふぅ〜ん」
逆に僕が聞かれる立場になってしまった。
「壱の健康的には問題ないんですか?」
「本人に聞けば良いだろう、成はずっと岐阜で働くの?」
「ずっとかどうかは分かりませんが、暫くは辞める予定はありません」
「何で急に働こうと思ったの?」
「一言では説明出来ませんが、自立しようかと思いました」
「自称小説家に飽きたの?」
「ええ、そんなところです」
「余裕だね、私の嫌みの言い方にも動じない」
和井さんは、苦笑いをしながら言った。
「本当の事ですから」
「ふぅ〜ん。壱、…今入院している」
「えっ、何で、いつからですか?」
僕の心臓がバクバクした、思ってもいなかった事を突然言われた。
「成から連絡もらった2-3日前だよ、もう10日くらい経つかな、あと一週間くらいで、たぶん
退院だよ。過労と胃潰瘍」
「過労?胃潰瘍?」
「ここ半年、殆ど仕事はしていない、それなのに過労と胃潰瘍になったようだ、寝れないのが一番きつかったのかなぁ」
和井さんは、あっさり言うけど、入院するくらいだ、酷い状態だったのだろう。
僕に教えてくれたけど、僕はどうしたらいいのか…。
暫く沈黙が続いた。
和井さんが、
「本当は、今日、言わないつもりだった。壱の家族にも言っていない。
壱から頼まれたんだ、誰にも言うなって…。
入院して直ぐに、成から私に連絡きただろう…。
ビックリだよ。コイツら何なんだって思った」
「偶然ですが、…」
なんだか溜め息が出てしまった。
沈黙の後、僕は、
「何処の病院ですか?」
「お見舞い行くの?」
「どうしたら良いと思いますか?」
質問に質問で返した。
「病気の原因が、…行ったら、好きにすると良いよ」
「僕が原因?」
「98%そうだと思う。壱に聞けよ」
「そうします」
「私が教えたって言えば面倒だな、…(壱に会いたい)って言って、無理に聞き出したくらい言ってくれよ」
「わかりました。和井さんには迷惑かけません。何処の病院ですか?」
「A病院だよ、9時まで面会可能だ、」
「タクシーで30分くらいですね。今、18時なので行ってきます。
今日はありがとうございました。このお礼は近いうちに和井さんの食べたいのを奢ります」
「私も成を見たかったんだ、壱が恋焦がれるんだもんな、初めて成を近くで見れた。
今まですれ違うか少し遠めだった、目の前で絶対に壱は私に紹介してくれなかったし、連絡アプリも壱を経由して交換したもんな」
「僕は和井さんを知っているつもりでした。
いつも可愛いらしい雰囲気の方だと思ってます。…間近で会うの今日が初めてなんですね、…気にしなかったです」
「タクシーより地下鉄の方が確実だよ」
「そうですね、今日はありがとうございました」
僕は急いで店を後にした。
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