第23話
9月の最初の日曜日に、早先生の自宅に招かれ、僕は少しの緊張感で玄関のチャイムを押すと、綺麗な男の人が現れた。
「椋太のピアノの発表会にきてくれてありがとう」
笑顔で、僕の目を見て言ってくれた。
綺麗な男の人は笑顔も綺麗なんだと一瞬見惚れてしまった。はっとして、
「いえ、僕がお願いしました。
初めまして、一井です。早先生にはいつもお世話になっています」
と、挨拶をした。
「椋ちゃん、一井先生、来た」
と、顔に似合わないバリトンの声で2階に声をかけていた。
「今、来るからね。私は圭です、初めまして。
一井先生、噂通りだな、まず入って」
と、家の中に進めてくれた。
「えっ、なんですか?噂って」
「あまり見る事のないイケメンくんって事、よく言われるだろう」
「いえ、患者さんに揶揄われるくらいです」
「自覚ないイケメンっていいな」
戸惑った僕は、
「……、これ、どうぞ」
と、お土産を圭さんに渡した。
「ありがとう、後で一緒に食べよう」
程なく早先生が現れた。
「圭は、パートナーだよ、内緒な」
「僕に言っていんですか」
「一井先生のパートナーにも合わせもらったからね」
「えっ、壱は幼馴染です」
「まあ、そう言う事にしておこう何か困った事起きていたら相談にのるよ」
「…、いえ、早先生の勘違いです、盆休みも圭さんと一緒だったんですか?」
僕は、壱の話を遠ざけたく話題を変えた。
盆休みに一緒だったらしいが、圭さんは白い透き通るような肌だった。
「ああ、あいつは日焼けしないんだ」
「違います。手入れに時間とお金をかけているんだよ」
圭さんは、早先生に言い返していた。
「確かに、金かけてるな。この前買っていた50gくらいで10万円のクリーム効くのか?
圭は臨床じゃなく研究の方のドクターだ」
と、早先生は圭さんの職業まで教えてくれた。
「そんな話はいいから、一井さん一緒に椋ちゃんのピアノ聴こう、結構上手いんだ」
と、ピアノの部屋に案内された。
30分くらい、聴かせてもらった。指捌きの難解な(鐘)もあった。
「凄い、感動しました」
僕が言うと、2人掛けソファにゆったりと座っていた圭さんも頷いていた。
「ありがとう」
「毎日弾いているのですか?」
と僕が聞くと、
「ああ、圭が聴きたがるんだ」
「一日一回は絶対に聴きたい」
「なぁ」
と、ニヤニヤと早先生は笑っていた。
2人の惚気の会話だった。なんかいいなぁ、僕は羨ましいと思った。
「椋ちゃんから聞いたけど、一井先生の幼馴染さんのゆチューブ見たよ、ピアノ曲好きなんだ」
と、圭さんが僕に言った。
「椋ちゃんが会川さんと会った直ぐ後にショッピングモールのライブ配信を見た。
昨日も最新のを見たって言うか聴いたよ。
3カ月ぐらいしか経っていないけど雰囲気だいぶ変わってたな」
「僕、最近は壱に会っていないから変わりようがわからないなあ」
と、言って携帯電話で壱の演奏のゆチューブを開く。
「…、痩せたんだ」
髪型が変わったのかなあと思っていたが、違った。あまりの変わりように心臓がざわつき出した。
「なんか凄味がましたような、陰ができたような雰囲気になった」
と、早先生も壱の変わり様をやんわりと表現してくれたが、怖いくらい変わっていた。
盆休み前の愛ちゃんの電話でも壱が変わったと母親が言っていたと聞いた。
たぶん壱のお母さんもビックリしただろう。
もっと早くにゆチューブで壱を見れば、今こんなにも動揺しなくて済んだのに、心の中がグチャグチャになった。
隠そうと努力はしたが僕の動揺がわかったらしく、
「さっきも聞いたけど、幼馴染くんに何かあったのかな」
と、軽く早先生が聞いてきた。
「えっ、特には聞いていないので後で家に帰ったら連絡取って見ます」
と、極力軽く言った。
「ああ、それが良い。喜ぶと思うよ」
「はい」
暫く3人で他愛のない話をしながら過ごし、また聴かせ下さいと早先生の家をあとにした。
帰り道、頭の中で壱に連絡取って良いものかどうか迷った。
僕に、言いたい事が有れば連絡くれるはずだし…、何と言って僕から連絡入れたら良いのかも今はわからない。
そんなにも距離ができてしまった。
東京のアパートを引き払ってから、極力、壱の事は考えないようにした。
あの変わりようを見て、無視して良いのか。
何があったんだ、原因は僕なのか、違う何かがあったのか。
アパートが近づくと、やけにバスケットボールの音が耳に付く。考えが纏まらない。
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