第4話

 月曜日、3月雲一つ無い晴天だ。薄手のコートで丁度良い。徒歩20分、早内科医院に向かって歩く。アルバイト初日、少し緊張している。


 早内科医院の裏口から入り、医院長室をノックして開け、若先生がソファでコーヒー飲んでいた。


「おはよう御座います、今日からお世話になります。一井成です」と挨拶をした。


若先生は、立ち上がり、

「あぁ、よろしく。スタッフを紹介する」

と言って内線電話で、


「あぁ、婦長、皆んなを医院長室に、新しい先生を紹介するよ」

と言って電話を切った。


 受付、看護師3人で4人女性だった。受付がお休みの時は看護師が受付をやるとの事だ。


 若先生が

「私は、早椋太 はや亮太、独身、はい受付から順番に自己紹介」


「受付の鈴木です。30代未婚です宜しくお願い致します」


「婦長の田中です。50代子供は独立しました。宜しくお願い致します」


「看護の野出です。30代未婚です。宜しくお願い致します」


「看護師の橋です。独身20代宜しくお願い致します」


「僕は一井成です。新人です。宜しくお願い致します」


若先生が、

「今週の金曜日の夜歓迎会、婦長皆んなが行きたいとこで予約お願い、あっ一井くん金曜日夜大丈夫ですか?」


「ありがとうございます。大丈夫です」


「良かった。はい解散仕事に戻って、一井くんは婦長に院内案内してもらって」


 僕は婦長の後をついて院内を案内してもらう。

 紹介してもらった4人のスタッフは小柄でショートヘアの可愛い感じの似た雰囲気がある女性達だった。

 

 早先生はモデルのような雰囲気を纏っている。一重でも目が大きく190cmくらいで、ガッチリした体型で姿勢が良い。

 面接の時は、僕が緊張しすぎて観察する余裕がなかった。

 今も緊張しているけど、笑顔のスタッフに向かい入れられ何とかなりそうだ。


 狭い医院なので、あっと言う間に一周して、医院長室に戻った。

 

 早先生はソファで新聞を読んでいてが、新聞紙を畳みながら、僕の目をみて、


「とりあえず今日から一週間は私の隣に座って私のやり方を見て、カルテの書き方を覚えてください。だんだんと看護師達の動きも覚えください。じゃあ、そろそろ時間ですので診療初めます」

言いながら立ち上がり、ハンガリーにかけてあった白衣を着た。

 僕には新しい白衣を準備しておいてくれていた。サイズはピッタリだった。


 「先生、隣のイケメンさんも先生なんですか」

 5人目の年配の患者さんにも聞かれた。続けて5人同じ事を聞くので早先生は苦笑いして、


「皆さん同じ事聞きますね、受付に新しい先生がいる事、告知の紙貼ろうかな」

冗談か本気か、わからない事を答えていた。


 なんとか一週間過ぎた。

 金曜日の午前中の診療が終了した時、婦長から夜の歓迎会の場所と時間の書いた紙が渡された。

「場所がわからない時電話ください。一番下に私の携帯番号書きました」


「ありがとう、じゃあまた後で宜しくお願いします」

僕は、アパートに戻った。


 3人掛けソファで片方の肘掛けを枕にもう片方の肘掛けから膝下をぶらぶらするゴロゴロし寝方が気に入っている。

 携帯がピロンと一週間振りに壱から連絡が来た、

(いつ戻ってくる?そろそろか?)


(まだ帰らない、僕は元気だよ 成)

返信はした。


 まだ働き始めた事を言っていなかった。

どう言おうか考えたが面倒になって、明日明後日の休みの日に考える事にした。

それよりも夜の僕の歓迎会が楽しみだった。


 場所はホテルの一人20000円のバイキング飲み放題、女性達が行きたそうな所だ。

 全て早先生持ちなので女性達は遠慮をしない、それだけ信頼関係があるのだろう。少し羨ましいなぁと思った。


 場所がホテルなので重くならないジャケットを選び髪も整えてた。


 一駅乗って県庁所在地の一流ホテルだ。最近は一流ホテルでも普通にディナーバイキングをやりいつも予約で一杯のはずなのに、一週間前でよく予約が取れたなぁと感心した。


 僕がホテルに着くとロビーで5人は待っていてくれた。華がある5人だった。モデルに群がる4人の可愛い女性達に見えた。思わず微笑んでしまった。


 5人は僕の笑顔にポカンとした顔をした。

婦長が、

「芸能人が来たと思った。成先生凄く素敵です」

と褒めてくれた。


 僕は社交辞令だと思い、

「ありがとうございます」と答えると、


早先生が、

「慣れてるな」って揶揄ってきた。


なんかよくわからないが、6人で笑いあった。


 深紅の絨毯が敷き詰められ足音が全くしないで廊下はさすが一流ホテルだ。

 場所を移動してウェイターにそれぞれ好きな飲み物を頼んだ。最初だけで後はセルフのようだ。


 好きな物を好きなだけ食べられる、人が苦手な僕が、この5人とのおしゃべりが楽しい、最高の夜だった。

 今日は、僕の歓迎会なので、当たり障りのない他愛の無い話で盛り上がった。

 皆んな年代はバラバラだけど、上手く波長があっている。


「僕は、人とあまり関わらないで生きて来ました。人間として足りないところが多大にありますので、御指導ご鞭撻宜しくお願いします」と最後に短く挨拶した。


 それぞれタクシーに分散して帰宅した。

早先生と一緒のタクシーに乗った、

「まあ、ぼちぼちやろう」と労ってくれた。


「ありがとうございます」しか返せない僕に自分でガッカリした。


 次の日土曜日は12時に起きた。

掃除洗濯と一週間分やった。次の一週間も午前中だけなので仕事とはいえ、気が楽だった。


 夕方からソファでゴロゴロしながら、壱にどう言おうかと考えていたら今にも切れそうなピンポンが鳴った。

 あっ電池交換忘れていた事を思い出した。

 誰だろう、ドアを開けると壱がいた。

 思わず、


「何」って言ってしまった。


 上下シルクの濃紺のカジュアルなスーツを雑に着こなし、涼しいげな顔立ちが一瞬ムッとした顔をした壱を見るのは久しぶりだった。


「何はないだろう。1カ月以上、戻らないの初めてだ。見に来た」


「えっ、よくこのアパートの場所覚えていたね、引っ越し以来かな、その後来たことあったかな」


「そんな事はどうでも良い。入るよ」

と言って壱が部屋に入って来た。


 イチはソファに座って、背もたれに背中を押しつけリラックスしながら

「昨日の連絡では帰らないってあったから心配になった、何があった?」


「何か飲む?」

 僕は、壱の質問には全く答えていない。


「成、隣に座って」

僕に言い聞かせるように、無理に優しく言ってくれているのがわかる。


「おー、わかった」

3人掛けソファの真ん中に壱が座っているのでちょっと窮屈だが隣に座った。

 どう言おうか考えて背もたれに背中はつけないで、並んで前を向く緊張した座りになった。

 

 壱は背もたれを使っているので僕の少し後ろに座って僕の髪をいじっている笑顔のようだが、どこかイライラしているのが伝わる。頭の中がパニックになった。

ちゃんと考えておけば良かった、


「僕、アルバイトはじめたんだ」

小さい声で言ってしまった。いきなり口から言葉が出てしまった。


僕の髪毛で遊んでいた壱の手が止まり、

「はっ〜、なんて言った」


「アルバイトしている」

先程より大きな声で言った。

壱が無言になった。何かを考えているようだ。


 滅多にしない甘える作戦にしようと思いついた。 壱に向きあって思いっきりの笑顔で

「一週間午前中だけ働いたよ、もう少し続ける、黙っててごめん…何か閃いたんだ」


「閃いた?」


「そうなんだ。夢で働けって、壱には、仕事を続ける事が出来たら報告しようと思った。せめてひと月以上経ってからかな、直ぐ辞めるかもしれないからね」


「夢?」


「いい小説書きなら働いたほうが良いって、知らない人が何度も言うから、それも良いかもって思ったんだ。壱に言えて良かったよ」


「言えて良かった?」


「うん」


「成、おまえ何か調子良い事言ってないか?俺が来なかったら黙っているつもりだったよな」


「そんな事はない」


「こんな事で言い争いはしたくない…お願いだ、仕事を辞めて欲しい」


「もう少しやろうと思う」


「成、俺がお願いしているんだよ」


「壱には感謝しているよ、援助を辞めてもらっても良いよ」






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