君のいない世界なら

朱桜ゆか

1,神田彩音

まただ。


「目障りなんだよ!」


クラスの中心人物である男が、そう怒鳴りながら

僕を蹴りつけた。


周りのヤツらもそれに合わせて、僕に罵詈雑言を吐く。


そして肝心な僕は、今にも殴りかかってきそうなこの男の名前を、覚えていない。


どうでもいいからだ。


自分が虐められているという事実ですら、どうでもいい。


興味のあることと言うと、近づいてきている靴の音に気がついた時、コイツらがどんな顔をするか…だろうか。


かと言って、見られてしまっては余計面倒くさい方向へと進展していくだけだ。


このまま時間が過ぎていくようにと思っていれば、僕の目線にあるドアが開いた。


「逃げるぞ!」


想像以上に焦った顔で、思わず吹き出しそうになってしまう。


危ない危ない。


自分より強い者に媚び、弱い者にしか強く出ることのできない馬鹿たちは、バレることを恐れ逃げていく。


僕はそれに呆れながらも、屋上を去ろうと立ち上がる。


「君、どうしてここにいるの?」


と声をかけられ振り向けば、クラスメイトの女が立っていた。


名前はたしか、神谷…駄目だ、覚えていない。


「なんでもない。」


そう返すと、ソイツは不思議そうな顔をして言う。


「ふーん…。あ、私の名前、知ってる?」


どこまで踏み込んでくるんだ、と思いながらも、正直に「覚えてない」と答える。


すると笑って、


「やっぱりー?私の名前は、神田彩音かんだあやね

覚えてね、星影優也ほしかげゆうやくん。」


と言った。


神田彩音…聞いたことがあるかもしれない。


あぁ、とそれだけ返し、屋上を出ようとする。


「ちょっと、私にはどうしてここに来たか、聞いてくれないの?」


また止められて、僕は言われたままに理由を聞いた。


「なんでもない。」


本当になんでもないように口にした彼女に、僕は少し驚いた。


誰とでも仲良く接することのできる、いつも笑顔だと称えられる神田彩音の表情が、


酷く寂しそうだったから。

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