BARサンライトの限りなく日常に近い物語~ブラッディ・メアリーとギムレット~

カランと小気味よいベルが鳴り、整った顔の長身の男が出迎えた。

「いらっしゃいませ。BARサンライトへようこそ。お待ちしておりました。」

今日もBARサンライトはオープンした。


「いらっしゃい、お早いお着きで」

カウンターには、身なりの整った、スタイルのいい老紳士が待っていた。客は席に着くと、ナッツを煎ったツマミと、グラスにウイスキーと炭酸、そしてレモンを一欠片しぼってかけた…以前飲んで気に入った『ハイボール』だ。やはり、この人は俺の好みを分かってくれている。

「ありがとう、マスター…駆けつけ一杯ってやつだね…はぁ、香りがいい。このウイスキーはなんだい?」

香りはスモーキーだが中の方にはキャラメルのような甘さ。それにシュワッとした、この刺激が気持ちをスッキリさせてくれる。

「なぁに、比較的安価なウイスキーで、そこら辺に売って……あ、そうか」

マスターは言い淀んだ。それには理由があった。


「マスター、俺はマスターの世界の住人じゃないんだよ?」

「ですよね。すみませんね。」


実はここ、『異世界の住人が集うBAR』なのです。

どんな条件かわからないが、心に癒しを欲している人の所に扉が現れるらしい。


「それにしても、ここに来てどれくらいになるかなぁ……実はさ、マスターに言わなきゃいけないことがあってさ。」

「どうしました、改まって…」


グイッとハイボールを飲むと、男は一言…


「戦医として、前線に出ることになったんだ…」

男は、ダニエル・マクヴェイという。

非常勤だが軍属の医者なのだそうだ。

彼のいる国は今隣国との小さな諍いから端を発した戦争の真っ只中にいる。

「戦医ですか…前線に出るってことは…」

「そうだね、もうここには来られないかもしれない…」

すると、入口から慌ただしい声が聞こえた。


「わぁ!ダメだよ、お嬢ちゃん!ここはお酒を飲むところだから!」

「あ!パパだ!」

長身の男を翻弄しながら、ダニエルを『パパ』と呼ぶ小さい子供。

「どうしてここに!」

ダニエルも流石に驚いている。

「パパの部屋開けたら、座ってるパパが見えたから!ねぇ、パパ、遊んで!」

「しぃー!ここは色んなお客さんがいるお店なの、静かに」


「いいじゃねぇか!なぁ?」

テンガロンハットの陽気な男がグラスを傾けながら笑っている。

「ソウデスネ。コドモノゲンキナコエ、トイウノハ、ナニヨリノ、イヤシデスカラネ。」

獅子の頭の男がにこやかにしている。

「あぁあ、あたしも子供欲しいなぁ〜」

踊り子のような女性は、ショットグラスをあおっていた。

他の客も子供が現れたことに嫌な顔ひとつせずに楽しんでいるようだった。


子供は美味しそうにホットミルクを飲んでいる。

「本当にすまない、マスター…」

「なぁに、気にすることはないですよ。たまにはいいものです、子供の可愛らしい笑顔もまた…」


ハイボールを飲み干し、深くため息をつくダニエル…

「娘…マーニャは俺が戦争にいくなんて微塵にも思っちゃいない…今日も一緒に寝て、明日の朝起きて、ただいま、おかえり、お休み……些細な幸せだって、俺には最大級の幸せなんだ。俺もまだこんなに小さいマーニャを置いて死にたくない…」


マスターはダニエルの前に空のグラスを置いた。

「これは?」

「これから作るカクテルは、貴方に送るものです…」

マスターはグラスに、ウォッカ、トマトジュースを入れてステアした。

「マスター、真っ赤なカクテルなんて…これから戦争に行くっていうのに、縁起でもない…」

「ははっ、まぁそう思いますよね…でも、私たちの世界には『カクテル言葉』なんてものがありましてね…」

マスターは話しながら、タバスコを一滴入れた。


「【ブラッディ・メアリー】。名前は、血染めのメアリーなんて物騒ですが、カクテル言葉は…『断固として勝て』です。ちゃんと勝って、また帰ってこい、ダニエル!敵を打ち負かすだけじゃねぇ、逃げることだって勝ちになるんだ、生きてりゃな。生きて、また『ただいま』を言ってやれ!…失礼しました」

グラスを差し出す。


マスターの喝に、ダニエルの目から大粒の涙が溢れていた。

グラスを受け取り、グイッと一息に飲み干した。

顔を拭い、マスターを見る目は『絶対に勝って帰る』という確固たる意思が見て取れた。

「マスター…本当にありがとう…マーニャ、帰るよ」

「はーい…ん?パパ、泣いてるの?はい、元気がでるおまじない」

マーニャはダニエルの目尻にキスをした。そんなマーニャをダニエルは笑顔で抱きしめた。

「マーニャ、またここに来たいか?」

「うん!」

「またおいで、次はもっとお菓子、用意しておくからね」


「マスター…また、来ます。次はちゃんとふたりで。」

そういうと、ダニエルは店を後にした。



ーーー数日後

「マスター?」

「どうしました、小柳くん?」

ウェイターの男、小柳がドアを見つめながら、ぼぅとしている。

「ダニエルさん…来ませんね…」

「そうだねぇ…」

まだあれから数日しか経っていないが、まるで数ヶ月も、数年もたったような寂しさが2二人を襲う。

すると突然カラン、とドアが開いた。


「ここは……やっと来られたわ!」

顔を覗かせたのは、小柄な女性…どこか見覚えのある面影。女性は店に入るやいなや、泣き崩れてしまった。


「申し訳ありません。また、マスターにご迷惑を…」

「また…?と申しますと…」

女性は少し息を整えながら、

「私、マーニャです。父の後を追って、ここに来てしまった、あの子供です。」

二人は驚いた。ダニエルに抱かれて帰ってから、まだ数日しか経っていないのに、目の前にいるマーニャはすっかり大人になっているのだから。

「これは驚いた…あの子が…でも、どういう事でしょう…」小柳も頭が混乱しているようだ。


「あの戦争では、終戦まで数年を要しました…今は平和な世の中になっています。あれから…十年でしょうか」

どうやら、ここに繋がるドアは時間すら超越するものらしい。


マスターは十年と聞いて、はっと気がついた。

「マーニャさん…ダニエルさんはお元気ですか…あ、不躾ですね…」

不意に尋ねてしまったが、マーニャは笑顔で

「父のこと、気にかけていただいてありがとうございます…父は…亡くなりました。」

「それは…」

マーニャは沈痛な面持ちになったマスターに

「あ、違うんです!あれから結局父は戦争に行かなかった、行かなくてよくなったんです。ですが、街で戦火に巻き込まれ、私を守って…」

マーニャは服の腕をまくって、大きな傷を見せた。

「…この傷が、私が父に守られていた、という証なんです。」


その言葉にマスターは徐に立ち上がり、カウンターへ向かった。

「マーニャさん、もうお酒は飲めますか?」

「ええ、父ほど強いお酒は飲めませんが」

マスターはニコリと笑うと

「では、献杯…させていただきたい」

と言いながら、シェイカーにジンとライムジュースを入れ、シェイクした。


カクテルグラスを三つ、マーニャと小柳にも手渡した。


「これは【ギムレット】…カクテル言葉は、本来心の離れてしまった恋人への言葉ではありますが、『遠い人を想う』です。これは私たちの世界では有名な小説からのものでして…」

すると小柳が

「マスター、長くなります?」

あっ、というと咳払いをしてから、グラスをかかげて目を閉じた。

「では…献杯…」



出会いと別れ、そして新たな出会い

ゆっくりと流れる時の中

あなたの前に、不思議なドアが現れたら

それは、【BARサンライト】への入口

いつでもお待ちしております

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この素晴らしい世界に(櫻木柳水 読切集) 櫻木 柳水 @jute-nkjm

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