読切【手紙】
日に日にやせ細って行く体、落窪んでいく目…
ずっと私は孤独だった。
このまま死を待つ…いいえ、もう死期はすぐそこだと感じていた。
ある朝
「立野さん、起きてますか」
看護師が入ってくる。私の顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
「立野さん、今日もお熱測りますね。あ、それと」
と言って、ポケットから手紙を取り出した。
手紙を見た私の目が見開いたことで、看護師さんは驚いていた。
力が入らない腕で手紙を受け取ると、書かれている字の懐かしさに思わず抱きしめていた。
ーーーーー
「八重子さん…はい、これ」
私が手渡されたのは、一通の手紙。
「潔さん、これは…」
兵隊でもあった海原潔さんは、ゴツゴツした手に手紙を持っていた。
その手紙は赤かった。
ついに来てしまった招集礼状に何とも言えない表情になる私に、潔さんは続けた。
「僕は近日中に戦地へ赴きます…でも、この戦争が終わるまで、僕と…文通して貰えませんか!」
赤らめた顔が妙に愛おしく感じた。
「えぇ、勿論です…でも、戦争が終わったら…」
「手紙ではなく、毎日お話しましょう、八重子さん」
私は泣きながら、潔さんの胸に飛び込んだ。
いつ終わるかわからぬ戦争から帰ったら、私たちは結婚するはずだった。
数回のやり取りのあと…潔さんから手紙は届かなくなった。
ーーーーー
思い出が一気に蘇り、懐かしさも相まって、私は涙を流していた。
「ぁ……ぁぁ……」と声にならない嗚咽をあげながら泣く私に、看護師さんはゆっくり背中をさすつてくれた。
「立野さん、大丈夫ですよ…大丈夫ですよぉ」
ピピピと音が鳴る、体温計だった。
「37.1……今日も微熱ですね。お薬飲んで暖かくしましょうね。ヘルパーさんもうすぐ来ますからね。」
そういうと病室を出ていった。
落ち着いた私は、看護師さんに貰った手紙を開いた。そこには懐かしい字が書かれていた。
『拝啓、立野八重子様
今日も戦地は暑いです。そちらは毎日いかがお過ごしですか。
実は私はこれより、玉砕に加わらなければなりません。なので、この手紙が最後なるかもしれません。
しかしこの国が勝った暁には、必ず貴女を一人にはしないと誓います。
敬具
海原 潔』
手紙には所々滲んだ字があった。何を思い、何を憂い、この手紙を書いたかと思うと、涙が溢れて止まらなかった。
わっと泣いた私にヘルパーさんは驚いたが、優しく涙を拭いてくれた。
落ち着きを取り戻して、今日も一日を過ごした。
「はい、立野さん、食べられますか?」
夕方になり、晩御飯を運ぶ看護師さんが、声をかけてくる。
私は痛む体を起こし、ゆっくりと聞いた。
「この手紙は、どなたから?」
すると、看護師は
「立野さん…海原 瞳という人を覚えていますか?」
思わぬ名前に私は驚いた。
「瞳姉さん…?え、何故貴女が…」
驚きのあまり、私は咳き込んでしまった。看護師さんはゆっくり背中をさすりながら、言葉を続けた。
「海原瞳は、私の祖母です。結婚して、佐竹になりまして、街を離れた貴女と会えぬまま、最近亡くなりました。」
瞳姉さんには、戦争で母が亡くなったときも、色々と手伝ってくれた。親戚に引き取られることが決まり街を離れるとき、瞳姉さんは風邪を拗らせて寝込んでしまい、私も会えぬまま今日まで来てしまっていた。
「そう…亡くなられたのね…私も会いたかった…」
涙を流す私の頬を拭きながら、看護師さんも泣いていた。
「亡くなる前に会えたとき、祖母はこの手紙を私に託してくれました。そして、『八重子ちゃん、どうかお元気で』とも…ごめんなさい」
看護師さんは私の手を握り、嗚咽を漏らした。
「瞳姉さんは、幸せだったのね…よかった…私はね、戦死した父や亡くなった母を思い、叔父の家に半ば家政婦として引き取られたの。それはもう壮絶だった…でもね、きっと潔さんは生きていると信じて、生きてきたの」
しかし、今日届いた、やっと届いた私への手紙。そして、看護師さんの話に私は孤独だと思っていたが、遠くで思ってくれていた人が居たことに、安堵した。
「立野さん、実はもう1つあるんです。潔おじさん、生きているんです。ちゃんと戻ってきたんです…それと…」
カラカラとドアが開き、車椅子の老人が入ってきた。声を聞かずとも私にはわかった。
「潔…さん……潔さん!」
「八重子さん…待たせてしまって申し訳なかった…」
潔さんは私の手を握り、頬にあてた。ゴツゴツした手ではないけれど暖かさはそのままだった。
思い出話に花を咲かせ、あの頃の気持ちを思い出していた。
「八重子さん、僕は戦争に行く前、言いましたよね…帰ったら貴女とずっと話をしていたいと、幸せにすると」
「えぇ…でもそれももう叶わない…最期に貴方に会えて本当によかった…最期に私は孤独ではなかったのがわかって、安心しました…ありがとう、潔さん…」
私はこのまま昏睡状態となってしまった。
一度は持ち直したが、間もなく、私は亡くなりました。
でも私の心は前のように孤独に荒んだものではなく、ちゃんと想い人がいたことへの安堵で、死に際は穏やかな顔だったようでした。
天国で貴方を見守っていますね…潔さん
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