読切【死神・鎌霧十蔵の人間的生活 前日譚】

「おい」

傘に雨が当たる音とは、別の声が聞こえた。

目の前には、足…傘越しでしか見えていないが、ボーッとしていたのか。


「あ、すいません」

そう言いながら、避けようとした。

すると、ガッと肩を掴まれ驚いた。

「な、なんですか」

「そっちに行ったらダメだ」

え?と思っていると、少し先の道路を猛スピードのダンプカーが通り過ぎた。

私が歩いてた先の横断歩道、信号は青…肩を掴まれていなければ、このダンプカーに私は轢かれていただろう。

振り返ると、すでに誰もいない。

でも、あの声は聞き覚えがあった。


プルルル…プルルル…

『はい、もしもし?』

「あ、かぁさん?私やけど…あんさ、三木のオジサンのことなんだけどさ…」

『はぁ?三木のシゲジは去年亡くなったやろう?』

「せやんなぁ……」

『何さぁ、突然電話して来たか思うたら気持ち悪いこと言わんでよぉ…それよりあんた、来週の旅行!楽しみにしとるからね!』


おじさんの声に似た誰かに止めて貰わなければ、せっかく親孝行しようと計画した温泉旅行も台無し…いや、過去最大の親不孝になるところだった。

電話を切り、ため息をついた。

「ありがとう、おじさん」

ふと一言、口をついて出た。本当におじさんだったかは分からないけど…



ーーーーー

女性の近くにあるビルの屋上に男が2人。

「もう宜しいんですか、三木重次さん?」

黒いスーツの男が、もう1人の男に問いかけた。

「あぁ、これで未練はねぇ…和子ねぇちゃんと遥がやっと仲直りできたんや…こんな嬉しいことはない…」

男はすすり泣きながら、笑顔で女性を見送った。

「では、参りましょう」

スーツの男は、泣いている男を連れて行った。

「死神さんよぉ、人間が知りたいってんならよ…一度生活してみたらどうや?」

人間界での生活…霊界のように寂しい景色ともちがう、華やかで憧れな生活…しかし

「そんな簡単に言わないで下さいよ。これでも管理職なんで、大変なんですから」

死神、と呼ばれた男は、心底嫌そうな顔をして、大きなため息を吐いた。

「まぁ、上に掛け合ってみますか、ダメ元で…」

光が2人を包む。すると、泣いていた男がポツリと

「死神さんにゃ、名前ってないんか?」

死神は少し驚いた。死人でここまで話しかけてくる者もいないからだ。

「え、名前?そうですね……あるにはありますが」

「最期に教えてくれんか?」

男は、ニコッと笑うと、そう尋ねた。

「はぁ…カマキリ…鎌霧と申します。」


この死神・鎌霧…

ひょんなことから、このあと人間界で生活することになるのだが…それはまた別のお話



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