読切【雑貨屋のアラタさん】
『おはようございます、アラタ。朝の9時です。起きてください。』
無機質で棒読みな声に起こされる。毎度のことだが、なんだか味気ない。
「3号、もうちょい抑揚付けらんない?」
『もう、アラタお兄ちゃん、起きないと遅刻だぞ。』
棒読みだ。
「はぁ…まぁいいよ。3号、今日の予定は?」
『ありませんけど。』
起き抜けに転ぶとは思っていなかった。
「何も予定ないなら起こすなよ!」
『セットしたのは貴方です。』
そうだった。昨日、久々に酒飲んで寝落ちしたんだった。
「まぁいいや、はえぇけど店開けるかぁ」
軽く二日酔いの頭を振り、ドアの鍵を開ける。
それから、俺はカウンターの裏にある冷蔵庫から牛乳を出して飲む。
紹介が遅れたけど、ここは何の変哲もない雑貨屋。
ただ1つ違うのは…
「店長さん」
俺は突然の真後ろからの声に、思い切り牛乳を吹き出してしまった。
「びっ…くりしたぁ…お客様、いきなり声かけるの止めてもらえませんか…心臓に悪い…」
「ご、ごめんなさい…えへへ…」
俺は透き通った客に対面した。
透き通った肌とかそういうことじゃない。物理的に透けてる、つまり俺の客は『幽霊』や『妖』の類なのだ。
「今日はどうされました?」
俺が尋ねると、少しモジモジしながら、
「あのぉ…現世の人を傷つけないで、足が手に入るということを聞きましてぇ…」
まぁどの幽霊も足がないと言うのがほとんどだが、足に関する幽霊はそこまで多くない。
「お客様、妖名(ようめい)をお聞かせいただけますか?」
「あ、はい、テケテケと申します。」
テケテケ
噂では、電車に撥ねられ事故死した女性の霊で、まだ生きている自分を見捨てた人間への復讐で、捕まえた人間の下半身をもぎとるため、腕だけで追いかけてくる…というものだったと記憶している。
「テケテケ様ですね…はい、今でしたら、下肢全て揃ってる女性向け義足が何本かありますので、そちらを天堂地獄記念病院に幽送(ゆうそう)しておきますので、受け取りと取り付けはそちらでお願いします。」
と、手続き書類を渡した。
『永森 楓』と書かれた綺麗な文字に、思わず声を漏らしてしまった。
「え?」テケテケさんは驚いた。
「あ、すいません。お客様の字とお名前がものすごく綺麗だったもので…」
笑顔で返すと、テケテケさんは照れてしまった。
「えへへ、ありがとう…ございます……貴方のように…私のことを外見じゃなく、ちゃんとみてくれる人がいるなら…もう少し現世に居てもいいかな、なんて…思うんです…」
「絶対ダメです」
俺は少し強い口調になってしまった。
「あ…」
「あ!すいません…いきなり大きい声を出してしまって…お気を悪くさせてしまうかもしれませんが、現世での貴女は30年以上にわたり人々を驚かし、数名を不慮の事故に至らしめた。立派な悪霊なんです。そして今、罪を悔い、天に還りたいと思っている。」
「はい…私は、自分の足でもう一度立ちたいと思って…私のことを見える人に助けを求めていたんです…でも、この醜くなった私には誰も…」と、テケテケさんはしゅんとしてしまった。
「あ、すいません…お辛いことを思い出させてしまったようで…どうぞ、カフェオレです。砂糖はこちらに。」
「ありがとうございます…ん、美味しい」
テケテケさんはコーヒーを飲んで一息つき、また書類を書き始めた。
「生い立ちや、死因…何人殺したか…全て洗いざらい書いて悔いる。それがこの手続き書類の意義でございます。」
「はい、わかりました!」
どれくらい経っただろうか、テケテケさんはゆっくりと書類を書いた。
現世での思い出を惜しむように、そしてこれまでの行いに涙しながら、書類を書き終えた。
「不備はなしっと…はい、ではこの書類をもちまして、貴女の悪霊としての行いは減刑という形になります。」
俺はカウンターの裏手にあるドアまで案内した。
「こちらのドアを開けたら、エスカレーターがありますので、そちらから天界へ向かって下さい。恐らく下肢義足も病院に到着しているでしょう……それではお幸せに。」
と、見送った。
テケテケさんは、ドアを開け歩を進めた。まだ下半身は無いにしても、元の『永森 楓』さんに戻り、ゆっくりと流れるエスカレーターを登り始めた。
一度後ろを振り向いたとき、笑顔だったのは、きっとこれからの天界ライフがいいモノになるだろう、という期待と覚悟がこめられていた。
ドアを閉めると、店の電話が鳴った。
「はい、もしもし。こちら境界堂、店長の閻魔アラタです。何かお困りの幽霊様妖様でしょうか?」
ここは悔い改めた悪霊、たまぁに人間…人と人ならざるものの狭間にある、なんでも揃う雑貨屋、境界堂。
現世に染まりきった99代目閻魔大王が、悪霊(みなさま)のご来店をお待ちしています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます