メカニック

@syu___

第1話


「これでよしっと」

俺は右腕の動きが不調だった恋々レンレンのねじを締め直し、最後に背中にある毛が生えた扉を閉めた。こうして近くで見ても、本物のパンダと何ら遜色ないクオリティだ。


二千二十七年。ほとんどのレジャー施設は、高性能なVRに取って代わられ、自宅の中で完結してしまうようになった。

その結果、どこの動物園も売り上げが右肩下がりになり、動物たちを維持できなくなると、次々に閉鎖されていった。

俺が務めている園も例外ではなく、客足が冷え込み、動物の数を減らさざるを得ない状況になった。そこで真っ先に候補に挙がったのが、中国からの莫大なレンタル料を払っていた恋々だった。

しかし、客寄せパンダという言葉があるように、どうしても動物園の集客の要でもあるパンダを手放すわけにはいかず、非公表で二年程前に中国に返却し、それで得た三分の一のコストを使ってパンダを作った。そしてはれてメカニックパンダ恋々となり、皆の前で恋々同様に皆を癒した。俺は飼育員に任命され、閉演後、毎晩恋々のメンテナンスを行っていた。


電源が切れ、項垂れるように座っている姿も愛くるしい。

「明日もよろしくな、恋々」

地面から腰を上げ、返事が返ってくるはずもない恋々に俺は今日も声を掛けた。



「うわぁー、ぱんだだー」

「ママー見てーかわいいー」

今日も恋々を一目見ようと、ブースにはたくさんの人が押し寄せた。

昨日整備した右腕も今日は好調だ。

メカニックパンダといえど、動作も本物とそう変わらない。ちゃんと笹も食べるし、木にも上る。三十分に一度は自動でゴロゴロと転がるし、愛くるしい表情にだってなる。(もちろんして欲しい動作を、いつでもリモコンで操作できる)

そんな恋々をバックヤードから眺めていると、ふと恋々は後ろを振り返り、俺の目をじっと見つめてきた。その黒い瞳の中には、何故か本当に命が宿っているように見えた。俺はその瞳に吸い寄せられ、ゲージにつながっている鉄のドアに手を掛けた時、恋々はゆっくりと前を向いた。

早くなった鼓動に気づき、我に返った。

しかしおかしい。

振り返るなんて動作はプログラミングされていないはずなのに。


閉演後、俺は恋々の体の中にある基盤を隈なく調べたが、どこも不備は見当たらなかった。

俺は不思議に思いながらも、電源の切れた恋々にいつものように声を掛け、バックヤードに戻ろうとした時、後ろから笹同士がこすれる音がした。

その音に反応して振り返ると、仁王立ちした恋々が覚束ない足取りで俺の元に向かってくる。そして、ただ茫然と立ち尽くす俺の太もも辺りに短い手を回した時、体の真ん中から、これまで感じたことのない温かみが泉のように湧き続けた。

そして数秒後、恋々はいつものようにその場に座り込み、項垂れた。


翌日。俺は恋々が手を回した太ももを摩り、あれは一体何だったのだろうと考えながら、今日もバックヤードから恋々を見守っていた。

昨日、あの出来事を上司に報告したが、『夢でも見たんじゃないか、電源の切れたロボットが動くわけないだろう』と、ろくに話を聞いてもらえなかった。

確かにおかしいことを言っているのは俺の方だ。もしかすると、あれは本当に夢だったのかもしれない。何か違和感を抱えながらもそう思い込み、もやもやした気持ちに区切りを付けようとした時、いきなり動物園の西側の方から悲鳴が鳴り響いた。

その悲鳴は徐々にこちらのブースに近づいてくる。そしてその悲鳴の先からは、脱走したメカニックゴリラが猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。こいつも恋々と同じ理由でメカニック化した動物の一匹だ。

恋々を見ていたお客さんは悲鳴を上げ、一目散に逃げていく。やがて恋々が展示されている強化ガラスの前に立ったメカニックゴリラは、右腕を大きく振りかぶり、強化ガラスを一発で叩き割った。

俺はありえない状況を目の当たりにし、額に汗をかきながら頭がパニックになる中、ふと目の前の出来事と、昨日の恋々との記憶が重なった。

こいつだって、こんな興奮状態になるようなプログラミングなんてされていないはずなのに、感情を持った本物の動物のように動き回っているんだ。

そしてメカニックゴリラは、割れたショーウインドーから恋々の元へ行き、「ここから、出よう」と言わんばかりに鼻息を荒げながら、右手を差し出した。

するとその時、恋々が後ろを振り返り、バックヤードから二匹を覗いている俺の目を見た。

まただ。また、あの時の目をしている。

「行かないでくれ、恋々」

そう強く想った瞬間、恋々はゆっくりと頷いた。

直後、「ガタン」と音を立てて、メカニックゴリラは恋々の前で眠るように倒れた。その先では、飼育員が肩で息をしながら、リモコンの緊急停止ボタンを押していた。


閉演後、いつものように地面に腰を下ろし、メンテナンスをしながら、今日の出来事を思い返していた。あの時、恋々が振り返り俺の目を見て頷いた時、心と心が繋がった気がした。ロボットなのにも拘わらず、毎日やってくるお客さんをあれだけ笑顔にできるのも、恋々が発する見えない何かで繋がっているからかもしれない。

そんなことを考えながら、いつもより優しく背中のドアをしめた。


「明日もよろしくな、恋々」

そう言いなが項垂れた頭を撫でた。すると、恋々はゆっくりと立ち上がり、俺の首に短い腕を回し、ぎゅっと抱き着いてきた。

もう何も不思議とは思わなかった。

恋々のアナログな体から伝わってくる「生身」の温かさがそうさせた。

俺も恋々の体に抱き着き、やがて、その温かさは俺の体中に伝わった。


やがて俺の目から流れた一滴のは月光に照らされ、そっと輝いた。

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