第24話 2.5次元ショー

 森本さんと合流したのは、イベントの当日だった。親がコスプレを快く思っていないので、前乗りするとは言えなかったらしい。でも、それなりに費用が掛かる趣味だから、ある程度は黙認されているのだろう。頭の回転が早い森本さんのことだ。その辺りは、駆け引きなんだと思う。

 市街地にある公園には特設ステージが設置されて、イベント期間中には様々なショータイムが行われる。客席は背もたれのないベンチで、キャパシティは2〜300人程度だろうか。とは言っても屋外だから、客席に座らなくても立ち見が出来るし、周囲の建物からも見えている。そこで最初にやるのが2.5次元ショーだ。

 そして、近くにある外国語学校が夏休みのため、イベントの主催者がそこを借り切って、更衣室として使われる。ショータイムの出演者専用とは言っても、教室をそのまま使っているから、ある程度の人数は一緒に着替えることになる。

 一般の参加者が使用する更衣室は、仮設だから冷房が付いていないらしい。森本さんが雲泥の差だと言うのは、そこなんだろう。夏場に冷房がない部屋で、コスプレ衣装に着替えるのは大変そうだ。

 僕らも含めて、三組ほどが同じ更衣室で着替えていた。女装して女子更衣室へ入ろうとする輩も居ないとは限らないから、葛城さんが運営の人に止められた時のための対処法を森本さんは考えていたらしい。でも、葛城さん自身は着替えていないせいか、最後まで誰も気付いていなかった。

 ストリートピアノの時と同じコスプレだから、その時ほど着替えに手間取ってはいない。その分、葛城さんがメイクには気合いを入れている。彼女の自前のメイク道具も森本さんに刺激されたのか、以前よりも増えていた。

 より完成度が増した僕の顔を見て、奥村さんがまたリアル・フィギュアだの部屋に飾りたいだの、ブツブツ言っているのはサラッと聞き流した。


「藤堂さんも、来てるの?」

「客席でカメラを回してもらうことになってるから、会場の方へ行ってるわ。幸ちゃんも会場へ行ったら、カメラお願いね」

「はい、任せてください」


 撮影した動画は、またユーチューブにアップロードすることになるだろう。今回はコスプレの衣装を作るのに、どれだけの手間暇が掛かっているのか目の当たりにしているから、映像として残しておくのも悪くないような気がしていた。



 私服へ着替えるのにまた更衣室を使うから、荷物はイベントの運営に預けていた。そのまま特設ステージまで移動するのだが、イベント期間中はコスプレ姿でも、大手を振って市街地を歩けるのがメリットだ。

 特設ステージの横にある仮設テントの楽屋で受付を済ませると、葛城さんはカメラを持って客席へと向かう。ショータイムは短い時間で目まぐるしく出演者が入れ替わるので、複数の運営スタッフが楽屋でコスプレイヤーを仕切っていた。

 ネタが被るのはちょっと恥ずかしいと思っていたのだが、見たところ同じ『魔法少女が惨殺する』のコスプレをしているグループは居ないようだ。とにかく衣装に凝ったアニメなので、それを立体で作るのは、にわかのコスプレイヤーでは無理なんだと思う。


「12番のグループの方、スタンバイお願いします」


 そして、いよいよ僕らの出番だ。ステージの袖に立ち、前のグループの演技を見ながら運営スタッフの合図を待つ。


「落ち着いて、練習通りにね」


 運営スタッフに掌で合図されると、先に森本さんと奥村さんがステージへと上がる。ユーチューブの効果だろうか。それだけでもう、ザワザワと客席の声が聞こえて来た。

 再現するのは、カノンを殺しにやって来たミルキーと、それを阻止しようとするレニーが深夜の市街地で死闘を繰り広げた後に決着をつけるシーンだ。


 魔法少女には共通の魔法があり、重力制御、筋力強化、加速の三つだ。そして、個別の殺人魔法の他に、もう一つ個別の特殊魔法を持っている。

 ミルキーは周囲の動く物を静止させる、静止魔法。カノンはあらゆる物体を通り抜ける、通過魔法。そしてレニーは、見たい物が見える千里眼だ。戦闘に有効な魔法ではないために、肉弾戦でレニーは追い詰められて行く。


「千里眼のお前を生かしておくと思ったか?身元が割れて、いつ殺されるか分からないからな」


 血反吐を吐き、満身創痍のレニーに馬乗りになったミルキーは、その胸に手を当てる。


「ファイナル・イリュージョン!」


 ズブズブとミルキーの手首が胸の中へ沈み込み、レニーの心臓を掴んだ。


「ぐはっ!」


 そこへカノンが駆け付け、ミルキーに体当たりをしてレニーは危うく難を逃れた。しかし、ミルキーの返す腕で張り倒され、カノンは砂煙を上げながら地面を数十メートル転がって行く。


「きゃああああ!」

「この、クソガキが!」


 ミルキーが人差し指を立てて静止魔法を発動すると、カノンは動けなくなる。しかし、そんなミルキーを後ろからレニーが羽交い締めにしていた。


「どうして、動ける!」

「静止魔法は、自分の周りだけは静止することが出来ないんだよねえ。じゃないと、自分も動けなくなっちゃうもんねえ」

「き、貴様!初めから、それを狙って…」

「カノンちゃん、今よ!殺人魔法を使って」


 動けるようになったカノンは、腕を伸ばしてステッキの先端をミルキーへ向けた。しかし、既に母親と妹を殺した犯人の抹殺を成し遂げたカノンは、魔法少女になった目的を達成している。もう殺されても良いとさえ思っていたから、殺人魔法を発動することを躊躇していた。


「見た目に騙されないで!こいつ、中年のおっさんだから…げほっ」


 魔法少女は変身すると、年齢性別に関係なく幼い少女の姿になる。レニーも変身する前は男子高校生だ。

 ミルキーとの死闘で血まみれになり、吐血しながら訴えるレニーを見て、このままだとレニーが殺されてしまう。自分はどうなっても良いから、レニーは助けたい。そう覚悟したカノンは、殺人魔法を発動させた。


「ファイナル・イリュージョン!」


 レニーが体を離すと、ミルキーは腕を交差させ、自分で自分の首を締めていた。


「これで勝ったと思うなよ…魔法少女は、まだ居るからな…ぐはっ」

「地獄へ堕ちろっ!」


 地面に仰向けに倒れても尚、息が絶えるまでミルキーは自分で自分の首を締め続けていた。


 アニメのシーン通りに書いたが、実際には再現出来ない部分もある。せっかく作った衣装で、馬乗りになるだの地面を転がるなどは以ての外だ。そこは、見る側に想像してもらうしかない。

 客席から歓声が上がり拍手の音が鳴り響くと、僕らは客席に向かって頭を下げた。そして、素早くステージの袖へ捌けて行く。

 ステージを下りると急に恥ずかしくなり、僕は両手で自分の顔を隠していた。


「あぁぁ、やっちゃったぁ…穴があったら入りたいぃ…」

「もっと、自分に自信を持てって、いつも言ってるでしょう。最高に可愛かったわよ」

「そうそう。その格好で私の部屋に立っててくれたら、一晩中眺めてられるから」

「僕はフィギュアじゃないって…」


 そこへデジカメを持った運営スタッフがやって来て、声を掛けられた。


「会場に飾りたいので、写真を撮らせてもらっていいですか?」


 会場に写真が飾られるのは、客席が盛り上がった出演者の特権だ。出来れば遠慮したいのだが、僕には急いでやりたいことがあった。僕が拒否して奥村さんに説得されるというくだりもなく、無背景のパネルの前でさっさと撮影を終えた。


「ごめん、ちょっと客席に行って来る」


 ステージに立った時、客席に兄貴と松山さんが居るのが見えた。約束通り、兄貴は松山さんを誘って見に来てくれたのだ。

 僕が高校生になって楽しくやっていることを兄貴に分からせるために、駄目押しでコスプレ姿を見せつけたかった。もう僕の出番が終わったから、どこかへ行ってしまう前に二人の所へ行かなくてはならない。


 ステージ横から客席の方へ行くと、兄貴と松山さんはまだ席に座ったままだった。

 最前列には藤堂さんと葛城さんが居て、二人は離れた場所に座っている。同じ場所で二人がカメラを回しても仕方がないから、画角を変えるためだろう。そして、その後ろには酒巻君の姿もある。

 酒巻君とは後で話しをするとして、取り敢えずは兄貴と松山さんの所まで行きたい。客席横の通路になっているスペースを歩いて行くと、立ち見の客から『魔法少女だ』とか『カノンちゃん』とかの声が聞こえて来る。ステージではまだコスプレイヤーの演技が続いているのに、変に目立って申し訳ないなと思いつつ、客席の中頃へと進んで行った。


「兄貴!」


 僕が声を掛けると、二人は席を立って通路側へとやって来た。


「か、可愛すぎる…」


 松山さんは僕を抱き締めそうな勢いだったが、洋服にファンデーションが付いてメイクが崩れるかもしれない。寸前で思い止まって、両手が空気を掴んでいた。


「マジで人形みたいだな。並の男なら、失神してたぞ」

「学校では女の子扱いされてるんだよ。兄貴もそろそろ、認識を改めたらどう?」

「お前が望んで女の子の格好をしてるなら、そうするべきなんだろうけどな。保身のために仕方なくやってるなら、俺はお前の味方だし力になりたいとも思ってるよ」

「ステージ、見てたでしょ?仕方なくやってるように見えた?」

「練習しないと出来ないよな。コスプレ仲間で集まったのか?」

「他にも裏方が二人来てるし、部活のメンバーも協力してくれたよ。好きで始めた訳じゃないけど、保健室で寝てるよりは何倍も楽しいからね」

「もう、コスプレイヤーが板に付いてるってことか」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って」


 怪訝な表情で二人の会話を聞いていた松山さんが、話しに割って入った。


「まるで女の子じゃないような言い方してるけど、こんな可愛い子に何言ってるの?」


 兄貴は少し呆れたような表情で、僕を見ている。


「お前、まだ説明してないのか?」

「うーん…恋バナがしたかったから、何となく言い出せなくてね。ついでだから、兄貴が説明しといてよ」

「そういう所だけ、俺に頼るんだな」

「それじゃ、仲間の所に戻るわ。松山さんに嫌われたら、兄貴のせいだからね」


 僕は軽く手を振ると、向きを変えて通路を来た方向へと戻って行く。

 酒巻君も前の方の席に座っていたから確認しながら進んで行くと、彼はずっと僕を見ていたのか、しっかりと目が合った。そして、兄貴達と同じように席を立って、通路側へと移動して来る。

 僕は厚底のショートブーツを履いているので普段よりも大分背が高くなっているのだが、それでも目の前に立った酒巻君には全然及ばない。


「凄いな…メイクで、こんなに印象が変わるんだ」

「見とれてたってフレーズはないの?」

「あ、ごめん。今、見とれてる最中だよ」

「なんか、バタバタしちゃってごめんね。せっかく見に来てくれたのに」

「それは構わないけど、今の人が幼馴染み?」

「そうだよ。一緒に居るのが彼女」

「彼女が居るんだ…」


 兄貴にとって松山さんは、まだ彼女と呼べるような間柄ではないだろう。酒巻君に僕と兄貴の関係を変に誤解されたくなくて、意図的に言ったことだ。でも、近い将来には、きっとそうなる筈だから特に問題はないと思う。


「この後、撮影会の方に行くからさ。酒巻君も来てよ」

「ああ、勿論行くよ」

「じゃあ、撮影会の会場でね」


 それだけの短い会話で、酒巻君とは別れた。

 葛城さんと藤堂さんの二人は、既に席を立って前の方を歩いている。僕もその後を追って、ステージの裏側で森本さんと奥村さんの二人とも合流した。


「やっと、カノンの顔を間近で見れたわ」


 そう言って藤堂さんは、ビデオカメラを僕の方へ向ける。動画で撮影するほどのことだろうかと思いつつ、僕はカノンのイメージを壊さないように無表情を保っていた。



 イベントはまだ何日か続くのだが、本日の日程が終わるとコスプレ組は、更衣室になっている外国語学校でメイクを落として私服に着替えた。もう時間も遅いので、葛城さんと奥村さんは、もう一泊してからそれぞれの自宅へ帰る予定だ。

 僕と奥村さんが一緒に寝るから、エアーマットレスは一つ余っている。もう一人寝られるからと森本さんも誘ってみたのだが、親との関係からなのか、藤堂さんと一緒に地元へと帰って行った。

 夕食の時はイベントの話しで盛り上がり、前日と同じように僕が最初にお風呂へ入る。次に葛城さんがお風呂へ入っている間に、僕はスマホで松山さんから来たメールを読んでいた。

 髪も乾かさずにそんなことをしているから、見兼ねた奥村さんがドライヤーで乾かしてくれる。葛城さんも時々やってくれるのだが、男の子の格好をしていた頃は髪が短かったから、必要のなかったことだ。

 実の兄や姉が居ない僕は、そうしてもらうことが何となく嬉しかった。



件名∶

 莉音ちゃんへ

本文∶

 新谷君から、莉音ちゃんが半陰陽だってこと聞いたよ。イジメられたり、セクハラされてたって聞いて、学校から泣きながら帰って来たって話しも納得できた。

 どうして、もっと早く教えてくれなかったのかな。事実を知ったら、私の態度が変わるとでも思った?

 私にとって莉音ちゃんは可愛い女の子だから、これからも女の子として接するからね。


 おでこをコツンとやりたいところだけど、メールだから、やったつもりで…コツン!



返信:

 親愛なる松山さんへ

本文:

 テヘペロ


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