第17話 先輩と一緒にお買い物
日曜日に僕と森本さん、そして奥村さんの三人でコスプレ衣装の材料を買い出しにやって来た。僕がアルテミスのコスプレをした時に、森本さんと一緒に来た手芸専門店だ。
学校では意図的に目立たないようにしている森本さんとは打って変わって、美少女のオーラを解き放つ彼女の姿に、電車に乗っている時からずっと奥村さんは歓喜している。
「こんな超絶美少女と一緒にコスプレして、大丈夫なの私?」
超絶美少女というのは、以前からネットにアップロードされている森本さんの、コスプレ写真のコメント欄に度々書かれている言葉だ。修整し過ぎだというアンチなコメントも必ずと言って良いほどあるのだが、明治バークのイベントで動画を撮影されたことで、修整していないことが証明された。そもそも、カメラ小僧がアップロードしている写真だから、わさわざ修整したりはしないだろう。
因みに僕の写真には、リアル・アルテミスだとか完コスだとか書かれていた。コスプレイヤーにとっては最大級の誉め言葉らしいのだが、アルテミスは12歳の少女だ。あんまり嬉しくない。
専門店のエスカレーターで上の階に上がりながら、奥村さんは振り返って僕のことも見ていた。遠出をするとなると、葛城さんは僕の服装を選んだりメイクをしたりして喜んでいる。何かに目覚めてしまったようだ。
「スッピンでも、めっちゃ可愛いのに、メイクとか反則だよ」
「渚ちゃん、自信持ってね。コスプレはキャラクターに対する愛だからって、藤堂さんが言ってた」
「あの人、コスプレしないのに説得力ない」
「だよねぇ」
材料費は、それぞれが自腹ということになっているのだが、意外にも一番コストが高いのはレニーの衣装だということだ。
レニーの衣装は典型的な魔法少女で、カラフルな洋服の胸元には大きなリボン、裾の広がったスカートにペチコートといった感じだ。とにかくパーツが多いので、使う材料の種類も必然的に多くなる。
それに比べるとカノンの衣装は一番凝ってはいるが、ゴスロリなので色は白と黒だけだ。使う布地の種類が少なくて済むから、コストはレニーの衣装ほど高くはならない。
そして、森本さんがコスプレをするミルキーは、メイド服のような衣装を着ている。デザイン的にはゴスロリと似通った部分もあるのだが、カノンとは対照的にブルー系の明るい色をしている。コスプレイヤーにとってメイド服は基本中の基本なのて、既に持っているパーツが流用できるそうだ。
手芸専門店での買い物を済ませると、大通りを渡って商店街を歩いて行く。ゴスロリの靴は特種なので、地元で買えるかどうか分からない。マニアックな店が並ぶことで知られている商店街なので、遠出したついでに買って行こうということで、奥行きの深い大きな靴屋へ入った。
「渚ちゃんは身長、何センチ?」
「158センチだけど」
「莉音ちゃんとは、8センチ差ね。上手く調整すれば、身長を合わせられるかも」
レニーとカノンの身長は同じくらいだ。ただし、カノンはゴスロリ特有の底が分厚い靴を履いているので、実質的にはカノンの方が小さいということになる。現実でも僕の方が奥村さんよりも小さいので、厚底の靴の高さで身長を合わせようという話しだ。
そうして選んだのが、僕はベルトが付いた真っ黒なショートブーツ。奥村さんは、ピンクのロリータパンプスだ。奥村さんのパンプスも、そこそこ高さがあるので、僕は更に厚底でヒールが高いブーツになる。
二人で靴を履いて並んでみると、身長がほぼ釣り合っていた。これで森本さんとの身長差も殆どなくなっているから、彼女が言っていたレニーのコスプレを奧村さんに譲る理由に説得力がなくなる。森本さんなりの気遣いだったのだろうか。
「おぉ、見えてる景色が違うよ」
「その靴、めっちゃ値段が高いけど大丈夫なの?」
「コスプレのイベントが終わった後も、プライベートで履くからいいよ。癖になりそう」
これでレニーの衣装の値段を軽く追い越した筈だ。お母さんに何を言われるか分からないけど、基本的には反対しない人だ。前回よりも費用が嵩んだ分だけ、お母さんに送るコスプレ写真も増量しないといけなくなる。
森本さんはメイド服ということで、それに合わせる靴も既に持っているそうだ。僕と奥村さんが靴を買って、取り敢えず本日の買い物は終了した。
地元の駅まで戻って来ると、僕はこのまま森本さんの自宅まで行くことになっていた。今日、買ったコスプレ衣装の材料を運ぶのと、僕の採寸をするためだ。
「えーっ、私も森本さんの家に行きたいなぁ」
「他人には知られたくない、家庭の事情があるのよ。莉音ちゃんは、もう知ってるからいいんだけど」
適当なことを言って誤魔化さずに、本当の事を言っているのは好感が持てる。
「莉音ちゃんって、森本さんとそういう関係なの?」
「そういう関係って、どういう関係?」
「お姉様ぁ、みたいな」
「ああ…それは言ってるかな。でも、変な意味じゃないからね」
「だよねぇ、莉音ちゃんには幼馴染みが居るもんねぇ」
アニメ好きの奥村さんにとって、幼馴染みと言えばお互いに好きだけど、それを口に出しては言えないみたいな関係でないといけないらしい。その話しを聞いて、森本さんの表情が少し変わったように思えたのは気のせいだろうか。
奥村さんが持っていた荷物を僕と森本さんで預かると、彼女とはそこで別れた。森本さんが奥村さんの採寸を藤堂さんに任せたのは、こういう思惑があったからだろうか。落ち着いた感じの人だが案外、下心があるのかもしれない。
駅から森本さんの自宅へ向かうには、バスの路線があるそうだ。でも、奥村さんが持っていた分の荷物もあることだし、タクシーに乗ってしまうところが、お嬢様だろうか。
前回、コスプレ衣装の買い物へ行った時に僕のことをお嬢様だと言っていたが、お互いに私立の名門校へ通う生徒だ。コスプレの材料をポイポイ買ってしまう奥村さんも含めて、それなりに裕福な家庭なのだろう。
マンションの前でタクシーを降りると、エレベーターに乗って上の方の階にある、森本さんのお宅へお邪魔した。
まず最初に会ったのが、いわゆる産みの親だということはすぐに分かった。とても綺麗な女性で、どことなく森本さんに似ている。ボランティア的な男性から精子を提供してもらったとは言え、半分は母親からの遺伝子だ。美少女が産まれるだけの要素はある。
「お邪魔します」
「あら、まあ、可愛らしい子ねえ。同級生?」
「部活の後輩よ」
森本さんが友達を連れて来るのが珍しいのか、奥の部屋からもう一人の母親が出て来た。短髪で男のような服装をしているし、長身だから一瞬男性かと思った。しかし、よく見ると髭の剃り跡などが全くないし、しっかりと胸がある。
「最近、楽しそうだと思ったら、こんな可愛い子を連れて来るなんてね」
そう言って、僕に笑顔を向ける。よく見ると綺麗な人で、タカラジェンヌのようなタイプだ。
「部屋で採寸するから、入って来ないでね」
「ああ、コスプレね…」
森本さんのコスプレを、親が快く思っていないことは聞いている。彼女の態度が何となく素っ気ない感じがするのも、そのせいだろうか。ただ、僕が居るから露骨には言わないようだ。
森本さんの部屋は、きちんと整理整頓はされているものの、やたらと物が多い。コスプレの衣装を自分で作るくらいだから、ミシンやトルソーがあり、整理棚にはウィッグなどの小道具が所狭しと置かれている。
今日、買ってきた荷物を床に置くと早速、森本さんは何処からともなくメジャーを取り出した。首を絞めて殺しそうな勢いで巻き取り部分を引き出すと、うっすらと笑みを浮かべながらジワジワと迫って来る。
「莉音ちゃん、きちんと採寸したいから下着になってくれる?」
「な、なんか恐いんだけど…」
「優しくしてあげるから、恐がらなくてもいいのよ。一人で脱ぐのが恥ずかしかったら、私も下着になろうか?」
「いいよ、鼻血が出そうだから」
いつか、クラスメイトの男子に関係を迫られた時のような貞操の危機を感じながらも、僕は自分で服のボタンに手を掛けた。いきなり上も下も脱いでしまうのは品がない気がして、先に上半身を脱いでブラだけになった。葛城さんの前では平気で脱いでしまう僕でも、森本さんの前では何だか恥ずかしい。
この段階で森本さんが正面から僕の背中に手を回すと、メジャーを一周させた。そして、胸囲やバスト、ウエストを順番に測られると、彼女の顔が至近距離にあってドキドキする。
「可愛い下着ね。よく似合ってるわよ」
「一応、勝負下着なんだけど」
森本さんはクスッと笑って、僕の耳元に顔を寄せて来た。
「莉音ちゃんになら、私のバージンをあげてもいいのよ」
「ああ…そっちの方は成長してなくて…」
森本さんは顔を離して、再びクスッと笑った。
「それじゃ、下も脱いでくれる?」
言われるままに僕はスカートを脱いで、完全に下着だけになった。森本さんは膝立ちになって、僕のヒップを測っている。
「脱いでも女の子にしか見えないってことは、男性としては機能してないのね。でなきゃ、女の子のショーツなんて履けないわよね」
幼稚園で披露した紙芝居のストーリーは森本さんが書いているから、性同一性障害についてはそれなりに勉強しているだろう。その過程で半陰陽についても、詳しく調べたのだろうか。
「学校で着替えることもあるから、対策はしてあるよ。トランスジェンダーには専用の更衣室があるけど、僕は身体的には女子の方に近いからね」
「性同一性障害の人は自分の体に違和感があるから、お風呂に入る時も見ないようにしてるっ聞いたことあるけど、莉音ちゃんはそんなことないのね」
「僕は性同一性障害じゃないからね。今はもう女性化が進行して見た目はこんなだけど、まだ何割かは男だってこと。ジェンダーは多様だから、どちらか一方に決められるものじゃないって、最近は思うようになったよ」
「偉いわね。ご褒美をあげなきゃ」
そう言って森本さんは立ち上がると、僕の顎に手を添えて少し上を向かせる。そのまま彼女の顔が迫って来て、僕と唇が重なった。
美少女にキスをされて、ドキドキしない男なんて居ないだろう。女子がこのシチュエーションでドキドキするのかどうかは知らないが、少なくとも僕は男の気持ちでドキドキしていた。
その日、僕と葛城さんは眠れない夜を過ごしていた。『魔法少女が惨殺する』のDVDを第1話から見ているからだ。
第2話を見終わったところで、二人はお風呂へ入るために部屋を出て行った。ところが部屋へ戻って来ると、先に戻っていた葛城さんが机に向かってDVDプレイヤーを見ている。僕を差し置いて第3話を見ているのかと思い背後から覗き込むと、それは先程見たばかりの第2話だった。カノンが初登場する回だけに、じっくり見たいのかと思った。
「そんなに、僕のコスプレに興味があるのかなぁ」
いつもなら部屋に戻ってすぐにドライヤーで髪を乾かすのに、そのまま画面を覗き込んだ。
カノンの登場シーンだけを見ているのだろうか。魔法少女に変身すると性格まで変わってしまうので、レニーの脳天気な喋り方が鬱陶しいから、変身を解除しろと迫っている場面だった。
「パッケージのイラストを見て思ってたけど、ホント衣装に凝ってるよね。でも、背中のデザインがどうなってるのか、よく分からなくて」
「森本さんと同じこと言ってるよ。服飾デザインとコスプレって、やっぱり共通点があるのかな」
「イベントの時に森本さんが着てた衣装は全部、自分で作ったんでしょう?完成度、高いよね。今度は三人分だとか大変そう」
確かに大変そうだが、前回のコスプレの時も僕は何もしていないので、その大変さがよく分かっていない。
僕の場合はあまり乗り気ではなかったから、多少は強引に引き込む必要があっただろう。でも、奥村さんは自分からやりたいと言い出したのだ。全ての面倒を見なくても、やる気が削がれるようなことはないと思う。
「そんな大変な思いをして、森本さんに何のメリットがあるんだろ」
「他人が賛同してくれないって、淋しいことだと思うよ。同じことをやってるってだけで充分、嬉しいと思うけど」
それは、奥村さんにも同じことが言えるだろう。僕がフィギュアに気付いた時に、喜々として写真を見せてくれた。
葛城さんが画面から目を離して僕の方を見ると、まだ髪を乾かしていないことに気が付いて、指先でその湿った髪を弄っていた。
「ああ、もう、こっち来て」
DVDプレイヤーを停止させると、彼女は立ち上がって僕をコンセントがある所まで連れて行って座らせる。そして、ドライヤーを取り出すと、僕の髪をブローし始めた。
「ありがと」
「どういたしまして」
僕の髪を乾かす葛城さんは、何となく楽しそうだ。彼女が服飾デザインに興味があるのも、きっと誰かをもっと綺麗にしてあげたいとか、そんな気持ちがあるんだろうなという気がしていた。
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