第13話 マイノリティーじゃない女子

 ナレーション部が正式に発足して、部室も新設されるのかと思ったら、新設されたのは倉庫の方だった。

 今迄は倉庫と兼用で、ダンボールに詰められた荷物が、そこら中に置いてあった。それらを運び出して、新設された倉庫へと移動させる。見た目の男子が居ないナレーション部には、なかなか大変な作業だ。

 入部早々にこんな作業をさせられても、奥村さんは文句も言わずに荷物を運んでいる。それどころか、最後の一箱をたまたま僕が持ち上げた時に


「私が運ぶから」


 と言ってダンボールを受け取り、さっさと運んで行った。見た目が貧弱な僕が、最後の荷物を運ぶところを黙って見ていられなかったのだろう。図書館で僕が酒巻君に声を掛けられた時の行動と言い、何だか男前な女子だ。

 ダンボールの残りが部員の数よりも少なくなった辺りから、森本さんは桜井先生と紙芝居のストーリーについて打ち合わせをしていた。先生は初めから、荷物運びには参加していない。


「女の子を主人公にして、性同一性障害をテーマにしたストーリーで行こうと思うんですけど」

「最初だから、テーマは絞った方がいいわね。反応が良ければ、また別のマイノリティーの紙芝居を作ればいいし」

「また?」


 他の部員が戻って来るまで特にすることもないので、机を挟んで立ち話をしている二人の横で、僕もさり気なく話しを聞いていた。意見を言うつもりはなかったのだが、つい言葉が出てしまった。


「あら、一回だけなんて言ってないわよ。ジェンダーは多様だから、ネタはいくらでもあるんじゃない?」

「半陰陽とかの紙芝居をされたら、身につまされそうだけど」


 先生が横目でチラッと森本さんの方を見た。森本さんが居るのに僕が半陰陽のことを言ったから、彼女は知っていることだと判断したのだろう。基本的に桜井先生は、僕が半陰陽だということは言わなくても良いというスタンスだ。


「一之瀬さんが身を削る必要はないわよ。遺伝子の話しとか、幼稚園児にはまだ早いから」


 そこへ奥村さんに続いて藤堂さんも倉庫から戻って来たので、その話しは終わった。最後に出て行った奥村さんが最初に戻って来るのは、やる気の違いだろうか。

 藤堂さんは紙芝居の絵を担当することになるので、そちらの話しへと切り替わる。


「絵は全部、藤堂さんに任せるけど期間はどれくらい必要?」


 そう言って森本さんが、机の上に置いてあった原稿用紙の束を渡す。それを藤堂さんはパラパラと捲っていた。


「学校のプリンターを使わせてもらえれば、iPadで一週間くらい。余裕を見て二週間かな」

「プリンターを使う時は、私に言ってくれれば大丈夫よ。本番は二週間後を目処にして、土曜日に午後から活動してもらうことになると思うけど、他の部員に説明しておいてくれるかしら」

「分かりました」

「それじゃ、あとのことはお願いね」


 桜井先生はいくつかの書類をまとめると、さっさと部室を出て行った。初めからお飾り程度にしかならないと言っているし、森本さんが有能な人物だと認めているのだろう。先生が対外的な役割に重点を置いてくれるだけで、部活としては充分に機能している。

 桜井先生と入れ替わりに、倉庫へダンボールを運んでいた残りの部員も戻って来た。森本さんは先程、先生が言っていた話しをする。


「本番は土曜日の午後からになりそうだけど、そのつもりでね」

「なんか、展開が早過ぎて付いて行けないけど」


 奥村さんが僕の横で、そう呟いた。僕にだけ聞こえれば良かったのだと思うが、森本さんにも当然聞こえている。


「思ってたのと違った?」


 それを聞いて、奥村さんは片手を左右に振る。


「私、子供が好きだから、こんなラッキーなことあるんだと思って」

「部活としてはギリギリの人数だから、続けることに意欲があって何よりだわ。そういう意味では、莉音ちゃんの方が心配だけど」

「え、なんで?」


 奥村さんは僕が、声優同好会もコスプレも好きでやっていると思っていたのだろう。アニメが好きなのは間違いないのだが、先輩方の押しの強さに流されただけのことだ。だからと言って、続けることに意欲がない訳ではない。


「大丈夫。ここは居心地がいいから」

「そう、それは良かったわ」


 森本さんは僕の方を見ながら、ニッコリと微笑んでいた。



 寮で夕食を食べてお風呂にも入った後に、部屋のドアをノックする音が聞こえた。葛城さんよりも僕の方が近い場所に居たのでドアを開けると、そこに居たのは藤堂さんと同室の新居さんだった。


「晴香が一生懸命、絵を描いてるから邪魔にならないように出て来たの。ケーキ買って来たから、一緒に食べない?」


 ケーキと言われると、断る理由などある筈がない。エコバックに入れているので、コンビニスイーツだろうか。その重量感からすると、いつものペットボトルのロイヤルミルクティーも3人分を用意しているようだ。


「どうぞ」


 本来なら葛城さんの了解を得るべきなのだが、ケーキの魔力に負けてそれを怠ってしまった。新居さんは部屋の中へ入って来ると、葛城さんに向かって


「私も幸ちゃんて呼んでいい?」


 そう言った。彼女も普段は制服のスカートが短い人なので、人見知りはしないのだろう。ただ、同室の藤堂さんが葛城さんには近寄って来ないので、今まで話す切っ掛けがなかっただけだと思う。


「はい、そう呼んでくれると嬉しいです」


 僕が藤堂さんの部屋へ行った時と同じように、三人で床に座ってエコバックを開ける。毎度お馴染みのロイヤルミルクティーとコンビニのチーズケーキを、新居さんが僕と葛城さんに手渡してくれた。部屋にお皿やフォークはないのだが、フィルム包装されているので、そのまま手で持って食べられそうだ。


「晴香が男嫌いだから、話しをするタイミングがなかったよね。ごめんね、トランスジェンダーを差別するつもりはないんだけど、一応説明しておかないと」

「そんな、気を使わなくて大丈夫です。理解してもらえるだけで嬉しいから」


 藤堂さんから、はっきりと聞いたことはなかったので、やっぱり男嫌いなんだなと改めて思った。その原因について知ってはいるものの、恋愛対象が女性だということと直結している訳ではない。それとこれとは別の話しだ。


「莉音ちゃんが眼鏡掛けてるの、初めて見たよ。黒目のカラコン入れてるのは知ってたけど、風呂場でも全然見掛けないし」

「いつも最後に入ってるからね…って、近いんだけど!」

「ほんと、顔ちっちゃいよね。どんな親から、この顔が産まれるんだろ」


 以前、藤堂さんに注意されたのが効いているのか、新居さんも僕の体には安易に触ったりはしない。でもその分、やたら距離は近かった。


「莉音は、お母さんによく似てるよね」

「幸ちゃんは、莉音ちゃんのお母さんに会ったことあるの?」

「すっごく綺麗な人だよ。モデルさんみたい」

「それは言い過ぎかな」

「莉音ちゃんのお母さんなら、綺麗なのは分かるよ。で、なんで最後にお風呂入ってんの?」


 突然、話しが変わるのは女子ではよくあることだ。


「そういう順番だから」

「あっ、そうか。幸ちゃんがマイノリティーだから、後回しにされてるんだ」


 マイノリティーなのは僕も同じなのだが、敢えて言わなかったのは、別に半陰陽だということを隠したい訳ではない。藤堂さんとはお互いの秘密ということで話しているので、他の人にもあっさり話してしまうと、秘密でも何でもなくなってしまうからだ。


 夕食の後に一度歯を磨いているのに、寝る前にチーズケーキを食べてしまったから、もう一度歯を磨くことにする。新居さんは自分の部屋まで歯磨きセットを取りに行って、僕と葛城さんが洗面台で口をゆすいでいるところへやって来た。


「晴香がまだ、絵を描いてたよ。よっぽど好きなんだね」

「藤堂さん、部活に昇格して喜んでたからね。完遂したいんじゃない」

「もう時間も遅いから、二人の部屋に泊めてくれないかな」

「はぁ?」


 同じ寮の中で、時間も遅いからと言うのもおかしな話しだ。理由としては、藤堂さんを一人にしてあげたいということだろう。


「莉音ちゃんは小さいから、一緒に寝られるよ」


 物理的な問題ではない。新居さんに変な性癖がないとしても、僕の方が気になって眠れなくなりそうだ。


「お断りします」

「えーっ、晴香と違って私はノンケだから、襲ったりしないよ」


 新居さんはレズビアンではないということか。基本的には同種のマイノリティーが同室になる筈だが、都合良く人数が揃う訳ではない。その場合には、きちんと説明をして納得の上で部屋決めをすることになっている。僕が葛城さんと同室なのも、そのたぐいだと思われているのだろう。


「残念ですが、お引き取りください」

「分かりました。嫌われたくないので、ここは引き下がります」


 高校生になったらやってみたいことに、女子と同じベッドで寝るというのはなかった。そんなことをしたら僕の中の男心がドキドキして、朝まで眠れないんじゃないかと思ってしまう。


 * * *


 午前中の授業が終わり、昼休みに購買部へパンを買いに行こうとした時、スマホの着信音がピコッと鳴った。机の中からスマホを取り出して、メッセージを見る。


『良かったら、こっちの教室に来て一緒にサンドイッチ食べない?莉音ちゃんの分もあるよ』


 奥村さんからだ。校内ではスマホは持ち歩かないので、危ないところだった。


『すぐ行く!』


 すぐに教室を出て行くと、廊下を進んでC組の教室まで行く。葛城さんの席が一番後ろなのは以前に確認しているので、そっちの方に目が行くと奥村さんもそこに居た。顔も名前も知らない人ばかりのクラスまでやって来て、余計な所へ愛想を振りまく手間が省けた。

 小振りな保冷バッグには、手作りのサンドイッチが詰め込まれている。量的には三人分が充分にあり、僕と葛城さんのために作って来てくれたようだ。


「椅子がないから、半分ずつね」


 そう言って奥村さんが座面を半分空けて椅子に座るので、残りの半分に僕が座った。以前に藤堂さんの部屋でも半分ずつ椅子に座ったが、あれは僕の夢を叶えるために意図的にやったことだ。今回が本当の意味で、夢が叶ったと言える。


「なんで急に、サンドイッチを作ってくれたの?」

「寮に入ってる子って、みんなパンかホカ弁でしょう?部活で幼稚園に行けると思ったらテンション上がっちゃって、早起きして作ったよ」

「そっか、子供が好きって言ってたもんね」

「大学では幼児教育をやりたいって思ってるからね。これも莉音ちゃんのお陰だよ」

「渚ちゃんが入ってくれたお陰で、部活に昇格できたんだから」


 そんな話しをしながら、保冷バッグに手を突っ込んでサンドイッチを手に取り、ラップを剥がして食べる。その間も葛城さんの視線は、僕を通り越して背後へチラチラと向いていた。

 彼女が気にする相手は、酒巻君くらいだろう。僕からは背中側なので見えていないが、酒巻君が僕のことを気にしているのを、葛城さんが気にしているといったところか。


「莉音ちゃんは、大学で何やりたいの?」

「両親が建築関係だからね。そっちへ進みたいと思ってるけど」

「うちの大学に建築学科なんてあったっけ?」

「だから連休に、地元の大学を見に行ったよ。幸ちゃんにも付き合ってもらったよね」


 話しを振られて、葛城さんは視線を僕の方へ戻した。


「うん、いきなり連れて行かれたけどね」

「莉音ちゃんの地元へ行ったんだ。彼氏にも会ったの?」


 僕の背後で、ゴトッと何かを落とす音がした。それを葛城さんの視線が追っている。

 僕は兄貴のことを幼馴染みと言っただけで、勝手に奥村さんは彼氏だと思っている。勿論、そんな関係ではないし恋愛感情など持っていない。でも、違うと言っても照れ隠しにしか聞こえないだろうと思って、敢えて否定はしなかった。


「莉音の幼馴染みで、お兄さんみたいな人だよ。全然、そんな関係じゃなかったから」

「何やってんの、その幼馴染み。さっさと告白すればいいのに」


 再び背後で、ゴトッと何かが落ちる音がした。

 葛城さんとしては、僕には彼氏が居ないことにしたいのだろう。実際に居ないのだが、酒巻君に誤解をされたら以前のようには誘われなくなる。せめて、もう一回と思うのが乙女心なのだろうか。


「あ!フルーツサンドが入ってた」

「デザートにしようと思って、底の方に三個だけ入れといたよ」

「莉音は生クリーム、好きだからね」

「そうなんだ。じゃ、私の分もあげるよ」

「ラッキー♡」


 森本さんのような美少女を見慣れてしまうと、正直言って奥村さんは、そこまで可愛い女子ではないのかもしれない。でも、子供好きだし気が利くし親切だしサンドイッチも作れるし、差別や偏見もない。こういう女子って素敵だなと思っていた。

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