第12話 部活へ昇格します

『莉音ちゃん、今どこに居るの?』

『カラオケボックスで、みんなと勉強してる。大声出しても大丈夫だからね』

『カラオケボックスって、駅の近くにある?』

『そうだよ。学校帰りだから、先生には内緒にしてね』

『私、明日の数学ヤバいんだけど、その中に得意な人居る?』

『一応、数学は僕の担当だけど』

『今、学校に居るんだけど、そっちに行ってもいい?』

『いいけど、クラスメイトと一緒だよ』

『大丈夫。私、人見知りしないから』

『ちょっと待って、みんなに聞いてみる』


『いいよ、すぐに来て』

『時間掛かったけど、何か問題でもあった?』

『ロリコンが抱っこさせろって煩いからね。面倒臭いから、抱っこさせてやった』

『今、抱っこされてるの?』

『今、ロリコンの膝の上』

『へえ、私もすぐに行くから』


 抱っこと言っても僕が相原さんの膝の上に乗り、彼女が僕の腰に腕を回しているだけだ。今まで拒んでいたのに今頃になってやる気になったのは、以前ほど体に触られるのが嫌ではなくなったからかもしれない。


「あぁ、この皮下脂肪が少ない感じが、幼くていいわぁ」

「こら、変なとこ触んな!」

「私の変なとこも触っていいから」


 僕と相原さん、そして廣田さんの三人でテスト勉強をするために、学校から一番近いカラオケボックスに入っていた。登下校の途中で娯楽施設へ入ることは校則で禁止されているのだが、もしバレても飲食店だと言い張れば何とかなるだろう。

 相原さんが離してくれないので、僕はその腕をこじ開けて元の場所へ戻った。ソファーに対してテーブルがあまり高くないので、廣田さんは肘を突くような格好で勉強をしている。

 もう気温も温かくなったので、みんな制服のブレザーを脱いでいる。一応、僕は内面的に男寄りなので、白いシャツの背中にブラが透けて見えるとドキッとする。自分もブラを身に着けているのに、それを見ても変な気持ちにならないのは不思議だ。


 暫くして、奥村さんが部屋に入って来た。他に女子高生の客は居ないようだから、受け付けの人に聞けばすぐに分かっただろう。

 入学式の時に比べると、みんなちょっとずつ制服のスカートが短くなっている。僕の持論だと、スカートが短い人ほど人見知りをしない。僕はウエストを折り返して短くしている程度なのに、奥村さんはきっちりと丈を詰めているようだ。


「幸ちゃんは一緒じゃないんだ」

「さっきまで一緒だったけど、遠慮したみたいよ。あ、ども、奥村渚です」


 奥村さんはソファーの空いている所へ座ると、相原さんと廣田さんに挨拶をする。その二人も自己紹介をして、すぐに打ち解けているのを見ると、友達を作るのは案外簡単なんだと思った。

 しかし、葛城さんが遠慮したというのは、僕のクラスメイトが必ずしもトランスジェンダーに好意的だとは限らないからだろう。少なくとも奥村さんは気にしていないようだが、のこのこ付いて行ってカラオケボックスという密室で雰囲気が悪くなったらどうしよう。葛城さんは、そんなことを考える人だ。

 因みに葛城さんのスカートの長さは、入学式の時から全く変わっていない。


「それじゃ数学、始めるよ」

「女子で数学、得意だって人少ないから、ほんと助かるわ。莉音ちゃんは、リケジョなんだね」

「中学の時は、保健室登校の常連だったからね。その分、幼馴染みがしっかり教えてくれたから」

「へえ、そうなんだ。幼馴染みって、男?」

「男だけど…」


 ふふっと奥村さんは笑って、それ以上は聞かれなかった。何か誤解をされているようだが、僕の恋愛対象は女性だとか説明すると、また別の誤解を生みそうだ。ここは敢えて否定をしなかった。


 * * *


 テストの最終日は午後が空いているので、僕は奥村さんを連れて声優同好会の部室へやって来た。テストが終わった直後は皆すぐに帰宅してしまうので、部室には森本さんと藤堂さんの二人しか居なかった。

 この二人はすぐに帰っても時間を持て余すということで、部室でよく昼食を食べている。僕と奥村さんもそれに習って、購買部でパンを買っていた。


「入会希望者、連れて来たよ」

「あっ!、ヒイラギのコスプレしてた人ね。近くで見ると、やっぱり美少女だわ」


 僕が紹介する暇もなく奥村さんは、机で自前の弁当を食べている森本さんの正面に立っていた。コスプレ姿とは打って変わって地味な印象の森本さんに、彼女は首を傾げている。


「わざと、ダサい格好してるの?それもコスプレ?」

「学校では、あまり目立ちたくないのよ。何かと面倒臭いから」

「あ、一緒に写真撮ってもいい?」


 そう言って奥村さんは、僕と写真を撮った時と同じように、スマホでツーショット写真を撮っている。まったく、羨ましい性格だ。

 森本さんが目立ちたくないというのは、男子よりも女子の視線の方が怖いからだそうだ。美少女なのに男子に興味がないことが、お高くとまっていると思われるらしい。

 それに、僕には家庭の事情をあっさりと話してくれたが、それは互いの秘密を知るという魂胆があったからだ。本来なら、あまり触れられたくないことだろう。変に目立って噂になりたくないのだと思う。しかし、どんな格好をしていても美少女は隠せてはいない。

 森本さんは美少女だと言われることには慣れているのか、大したリアクションもせずに食べかけの弁当箱に箸を置いて話しを進める。


「アニメ好きなら歓迎するけど、飽くまでも声優同好会だから、そのことを忘れないでね」


 声優らしいことを何かしたかなと思いつつ様子を見ていると、奥村さんは自己紹介をして自分で話しを進めている。別に僕が居なくても、何の問題もなかったようだ。

 そこへ藤堂さんが話しに加わって来る。彼女は既に昼食は食べ終わっているようだ。


「これでメンバーが六人になったから、あとは顧問が居れば部活に昇格できるんじゃない?コスプレも宣伝効果があったわね」


 そう言って、わざわざ僕の所まで来て頭をナデナデする。


「部活に昇格すると、何かいいことあるの?」

「部活動をしてるって心証がいいから、大学の推薦を貰うのに有利なのよ。そして何よりも、部費が出るんだから」

「それは有り難いね」


 部活へ昇格することに関して、少なくともここに居る四人には異論がないようだ。


「取り敢えず、顧問になってくれる先生を探さないとね。心当たりがある人は手を上げて」


 森本さんが、いつもの落ち着いた口調でそう言った。でも、誰も手を上げようとはしない。顧問になってもらうためには、既に他の部活の顧問をやっていては無理だ。どの先生がどの部活の顧問をやっているのかなんて、誰も把握していない。


「丁度、各学年が揃ってるから、それぞれ学年主任に聞いておいてくれない?急がなくていいから、ついでの時でいいわよ。一年生は莉音ちゃんでね」

「うん、分かった」


 声優同好会は特に会長が決まっている訳ではない。ただ、実質的には森本さんが会長のようなものだ。普段はあまり仕切ったりするような人ではないのだが、こういう時の判断はさすがだなと思っていた。


 * * *


 テストが終わった翌日からは、通常通りの時間割が始まる。テストもボチボチと戻って来て、その点数にみんな一喜一憂していた。

 僕は極端に苦手な科目はないものの、中学生の時に勉強を見てくれた兄貴の影響で、理数系の方が得意だ。だから担任の担当教科である現国は、あまり点数が振るわなかった。

 桜井先生は僕にテストを返す時に、にっこり微笑んで


「一之瀬さん、お昼休みに職員室まで来てね」


 そう言った。何か別の用事があると思うのだが、このタイミングで言われると背筋がゾゾッとする。先生もきっと、それを狙っているのだろう。



 昼休みになると、僕は桜井先生に言われた通りに職員室へとやって来た。以前のようにドラ焼きでもないかと机の上に目線をやったが、食べられそうな物は見当たらない。あの時は、たまたま置いてあっただけのようだ。

 僕が呼び出されるなんて、中三の時の担任の木嶋先生のことくらいしか思い当たることがない。でも、その話しはたった一言で終わった。


「一之瀬さんのこと、木嶋先生に報告しておいたから」


 それだけだ。そして、桜井先生は話しを続ける。


「声優同好会の顧問を探してるみたいね。三年生の森本さんて子が、学年主任の先生に聞いてたわよ。まだ決まってないなら、私がなってもいいんだけど」

「え、本当ですか?」

「ただし、声優部じゃ認められそうにないから、ナレーション部ってことにしてくれないかしら?私はそっちの知識がないから、お飾り程度にしかならないけど」

「はい、みんなと相談してみます」

「それじゃ早速、部活動の相談なんだけど」


 そう言って先生は大きな茶封筒の中から、紙に書かれた資料のような物を取り出して僕に見せる。


「うちの系列の幼稚園で、LGBTについて園児に分かりやすく説明してほしいって要望があるのよね。紙芝居でストーリー仕立にすれば、食い付きがいいと思うんだけど、そこは声優同好会として活動していた、あなた達の得意分野じゃないかしら」

「あの…もしかして、渡りに船とか思ってませんか?」

「あら、人聞きが悪いわね。利害が一致したと言ってほしいわ。それに、一之瀬さんは観察対照だから、動向を把握したいもの」

「僕が観察対照ですか?」

「うちはジェンダーレスを掲げてる学校だから、あらゆる面で男女平等であるべきなの。でも、あなたの場合はレアケースで、対応に苦慮するところもあるのよ。今後のためにも良い方向性を見付けて、先例として記録に残しておきたいんだけど」


 なるほど。寮長と担任の桜井先生が、妙に通じている理由が分かったような気がする。


「レアなのは自覚してますけど、今迄にこんなケースはなかったんですか?」

「私の知っている限り、一人だけ性分化疾患の子が居たわね。アンドロゲン不応症と言って、戸籍も精神的にも女性だったけど、初潮が訪れないから病院で検査したら子宮がなかったって」

「アンドロゲン不応症なら、遺伝的には男性ですよね」

「正直言って、見た目は男性的な所もあったわね。本人も色々と悩んでたみたいだけど、在学中には何も解決しなかった。あなたみたいに誰が見ても女の子なのに、戸籍上は男性なんて本当にレアなんだから」

「これが自然体なので」

「ごめんなさい。一之瀬さんは、お母様に似てるのよね。女子の制服を着ているから女子扱いするというのも、それが正解なのかよく分からないの。ジェンダーが多様だってことが、あなたのことでよく分かったから」

「積極的に協力はしませんけど、桜井先生のことは信用してるから、勝手に記録してる分には問題ないです」

「それで構わないわよ。特定の生徒に執心してるのも他の生徒の手前、問題あるものね。それじゃ話しはまとまったみたいだから、一之瀬さんがもう少し現国を頑張ってくれると助かるんだけど」

「はい…期末テストで頑張ります」


 話しが終わって僕は茶封筒に入れた資料を受け取ると、桜井先生に一礼をしてから職員室を出て行った。



 放課後に声優同好会の部室へ、メンバー全員が集まっていた。奥村さんも合わせて6人だ。

 実質的に会長である森本さんの周りを取り囲んで、僕が桜井先生から預かった資料を皆で回し読みしていた。メンバーの数だけ椅子がないので、既に資料を見ている僕と、入ったばかりの奥村さんは自発的に立っていた。


「一人でも反対する人が居たら、この話しは無かったことにするけど、何か意見がある人は居る?」


 皆で顔を見合わせて、誰も反対する人が居ないことを確認する。満場一致でナレーション部へ昇格することが決まった。ただ、僕としてはちょっと微妙な部分もある。僕がレアケースだから、資料として云々という話しだ。そんなことを皆の前で説明する必要もないから、機会があれば僕が半陰陽だということを知っている森本さんや藤堂さんにだけ話せば良いことだ。


「桜井先生には、私から返事をしておくわ。紙芝居もストーリー構成は考えておくけど、絵は藤堂さんが得意だから任せるわね。これを見ると、色々と制約があるみたいだけど」

「そりゃ、幼稚園だもんね」

「LGBTを説明するのって難しいよね」

「雰囲気でいいんじゃない」


 皆がそんな話しをしている中で、藤堂さんは少し下がった所へ僕を引っ張って行く。皆一様に部活に昇格できることを喜んでいるけど、言い出したのは藤堂さんだし、その思いが一番強かったと思う。


「莉音ちゃんのお陰で、部活になれるのね。ありがとう」


 僕の耳元でそう言って、頭をナデナデする。

 僕としては棚から牡丹餅感は否めないし、森本さんの行動が桜井先生の目にとまったから話しが良い方向へ進んだということもある。そのことは森本さんも分かっているのだろう。僕の方を見て、ニコッと微笑んでいた。

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