第11話 テストが近いから焦る人達
テスト週間は短縮授業になり、放課後に時間的な余裕がある。僕と相原さんと廣田さんの三人は、すぐには帰らずに鞄を持って図書館へ向かった。
放課後に生徒が教室に居残りすることは禁止されている。理由はよく分からないが、多分あちこちの教室に生徒が点々と居たら、教員が管理しきれないからだろう。だから居残りする時は、図書館へ行くのが定番だ。
僕と相原さんは、廣田さんにノートを写させてほしいとお願いされていた。決して彼女が授業中に遊んでいた訳ではないのだが、理数系が得意な僕と文系が得意な相原さんのノートが、試験勉強をするのに分かりやすいということだ。
廣田さんは
図書館に入ると、あちらこちらでテスト勉強をしている生徒が居る。その中に葛城さんの姿もあり、同じクラスなのか女子が三人で固まっている。
葛城さんは真面目な性格だから、勉強もきちんとやっている。だから、こんな時には頼りになる存在なんだろう。女子のクラスメイトとも打ち解けられたようで、ちょっと安心した。
葛城さんは僕に気付くと、挨拶程度に軽く手を上げる。僕もそれに答えて、軽く手を上げた。でも、お互いにクラスメイトと一緒だから、合流したりはしない。僕らは別の場所で席に着いた。
「あの子、明治パークのイベントでアルテミスのコスプレしてた子でしょう。友達なの?」
そんな声が聞こえて来た。イベントの時はユーチューバーにインタビューをされたし、カメラ小僧にも写真を撮られた。それらがネットにアップロードされて、誰でも見られる状況になってしまった。
元々、森本さんは美少女コスプレイヤーとして、ネットで検索すればヒットするくらいの人だったらしい。因みに僕と組む前のコスネームは、百合姫だそうだ。
正体を明かしていないから、知らない人から声を掛けられるような事態にはなっていない。ただし、学校内では森本さんがコスプレイヤーだということを知っている人も居るから、僕の正体もその気になればすぐに分かってしまう。
「ねえ、近くで見たいから話し掛けてよ」
「やることやってからね」
内緒話をしているつもりのようだが、図書館は静かだから全部聞こえている。僕は恥ずかしい気持ちを抑えて、鞄からノートを取り出し廣田さんに渡す。相原さんも同じようにノートを出して、彼女の前に積み上げていた。
「この御恩は一生忘れません」
「忘れてもいいから、さっさとやって」
「申し訳ございません」
廣田さんがノートを写している間、僕と相原さんは遊んでいても仕方がないので、別のノートと教科書を出して、分からない所を教え合っていた。
教室では僕と相原さんは前後の席だが、図書館では横に並んだせいか、相原さんが僕の肩に手を回している。
「それは必要ないでしょ」
複数で勉強をしている生徒からは、ブツブツと何か言っている声は聞こえている。でも、これは勉強とは関係のない話しなので、本当に小さな声で喋っていた。
「莉音が抱っこさせてくれないから」
「抱っこさせたら、次は添い寝とか言い出すでしょ」
「私はただのロリコンだから、変なことはしないよ」
「変なことって何だよ」
「舌を絡め合うとか、乳房をまさぐるとか」
「おととい来やがれ」
僕は相原さんの手を掴んで、元の位置へ戻した。下心があるとは言っても、男子のそれとは違うから許容範囲内だ。
廣田さんが今日の分を写し終わる頃には、葛城さんのクラスメイトの僕に話し掛けてという話しはすっかり忘れていた。鞄に教科書とノートを詰め込んで、僕と相原さんと廣田さんの三人が席を立った時に、葛城さんに声を掛けられた。
「あ、莉音」
本当に真面目な人だ。もう行っちゃった、ゴメンね。くらいのことを言っておけば済む話しなのに。
「ちょっと用事があるから、先に帰って」
そう言って、その場で二人とは別れた。図書館を出て行こうとしていた僕は、向きを変えて葛城さん達の所まで戻って行く。ただ、すぐに終わる話しだと思って椅子には座らずに、そのまま立っていた。
「莉音と一緒に写真、撮りたいんだって」
「へえ」
女の子はやたらと写真を撮りたがるので、特に驚くようなことではない。高校へ入学してから、どれだけ写真を撮ったことか。
「ネットでコスプレ写真を見たけど、素もめっちゃ可愛いよね」
先程、僕を近くで見たいと言っていた方の女子だ。僕のコスプレ写真を見られていると思うと赤面しそうだ。
「別に構わないけど、インスタにアップとかやめてよ」
「やだぁ、顔だけじゃなくて声も可愛い!」
彼女が自分でスマホを持って腕を伸ばし、静かな図書館で気を使いながらツーショット写真を撮った。その写真をチェックする時に、ついでに彼女の部屋の写真を僕に見せてくれた。
アニメのフィギュアが棚に並べて置いてあり、それだけでもうアニメヲタクだと分かる。その中には、綺麗にカラーリングされたアルテミスのフィギュアもあった。どうやら、これを見せたかったようだ。
そして後ろの棚には、イベントの時に森本さんが言っていた『魔法少女が惨殺する』に登場するレニーのフィギュアが、チラッと見えている。
「レニーがある」
「そうなの!カノンもあるよ」
コスプレと同様に他人には、なかなか理解されない趣味だから、分かってくれる人が居て嬉しかったのだろう。喜々として、レニーとカノンのフィギュアが写った写真を見せられた。
余談だが『魔法少女が惨殺する』は、魔法少女が殺人魔法を使って殺人犯を抹殺するというアニメだ。ただし、一人でも殺してしまった時点で、その魔法少女も殺人犯として他の魔法少女から命を狙われることになる。それでも殺してしまいたいほど恨みを持つ相手が居るから魔法少女になったという、ダークサイドなストーリーだ。
森本さんが僕にコスプレしてほしいと言っていたカノンはゴスロリ少女で、劇中でも無表情で佇む姿が人形のようだと言われている。
「あ、もし良かったら、ラインを交換しない?」
「ラインはやってないけど、シグナルなら入ってるよ」
「え、そんなのがあるの?」
「お母さんが仕事柄、セキュリティがしっかりしたアプリしか使わないんだよね」
「ちょっと待ってて、ダウンロードするから」
彼女はその場でスマホを操作して、アプリをダウンロードする。初期設定を完了すると、僕もスマホを出して、お互いの名前と番号を交換していた。
「奥村渚ちゃんね。可愛い名前」
電話番号がIDになっているアプリなので、電話帳にも登録者の名前が一人増えた。今迄、登録者は殆ど居なかったから、少しずつ増えて行く名前を見ていると何となく嬉しかった。
放課後の図書館通いも三日目になると、僕らが来ることは予想できたようだ。葛城さんと奥村さん、そしてもう一人のクラスメイトが軽く挨拶をする。その挨拶のし方は三者三様で、軽く手を上げたり首を傾けたりニッコリ微笑んだりだ。
そして少し離れた所に、酒巻君が一人で座っている。葛城さんとは明治パークまで一緒に行くくらいだから、図書館で同席するくらいのことは出来る筈だ。でも、他の二人も居るから、女子の中に入って一緒に勉強したいとまでは思っていないのだろうか。図書館に来るのは複数の生徒が一緒に勉強をするためで、一人なら家に帰った方が効率が良いと思うのだが。
僕は親愛の意味を込めて会釈をすると、酒巻君も同じような仕草を返して来る。彼の気を引こうというつもりはない。ただ、普通に友達でいたいだけだ。
挨拶はそれだけで、前日、前々日と同じように僕らは席に着いて、ノートを廣田さんへ渡した。
「今日中に残りの科目を写し終わらないと、大変なことになるよ」
いつもの淡々とした口調で相原さんが言うと、妙に迫力がある。
「大変なことって?」
「莉音がキレる」
「もうキレてるよ。このメス豚!」
「申し訳ありません、お嬢様♡」
いつまでも廣田さんに構ってられないので強めの口調で言うと、彼女は嬉しそうにノートを書き写している。全く、ドMには困ったものだ。
順調に進めば、図書館通いも今日で終わる予定だ。廣田さんがノートを写し終わったら先に二人を帰して、葛城さんと一緒に寮へ帰ろうかと思っていた。上手く行けば、酒巻君も一緒に帰れる筈だ。
廣田さんがノートを写し終わっても、葛城さんとクラスメイトの二人はまだテスト勉強をしている。相原さんと廣田さんは先に帰り、僕はそのまま図書館に残っていた。
すぐに酒巻君が席を立って、僕の所までやって来た。やっぱり、他の二人が一緒だから声を掛けられなかったようだ。
「一之瀬さん、まだ帰らないの?」
「幸ちゃんと一緒に帰ろうと思って」
予想通りといった表情で、酒巻君は僕の向かい側へ座った。そこへ、ピコッと僕のスマホにメッセージの着信が入る。ふと葛城さん達の方へ目をやると、奥村さんがスマホを操作していた。
『教室で幸ちゃんと、今日も莉音ちゃんは図書館に来るのかなって話ししてたの。クラスの男子に聞かれてたみたいだけど、鬱陶しかったら追っ払ってあげるよ』
酒巻君は僕の向かい側に座っているので、スマホの画面は見えていない。その場で僕は返信する。
『酒巻君でしょ。前から知ってるから大丈夫』
『そうなんだ。言い寄られてるのかと思って心配したよ』
放課後に一人で図書館に来て、別のクラスの女子に声を掛けたら、そう思われても仕方がないだろう。酒巻君には奥村さんからのメッセージだとは言わずに、そのままスマホを鞄の中へ仕舞った。
「俺ももう帰るところだから、寮まで送ろうか?」
「危ない奴が現れたら盾にして逃げるけど、それでもいい?」
「それで俺のこと、信頼してもらえるなら」
以前、僕が男子と一対一になるのが嫌だと言っていたことを気にしているようだ。その理由までは説明していないから、信頼度の問題だと思ったのかもしれない。
男子との距離感は難しい問題だ。いくら僕が内面的には男寄りでも、相手が女子として見ている限り、いつ態度が豹変するか分からない。でも、信頼できるような関係になった時に、きっと友達以上を望んでしまうんだろうなという気がする。
葛城さんと打ち合わせをした訳ではないのに、状況を察したのか他の二人を先に帰して、彼女は鞄を持って僕の所までやって来た。
「莉音、一緒に帰ろうか」
「帰り道で危ない奴が現れたら、酒巻君が犠牲になってくれるって」
「へえ、そうなんだ」
葛城さんは酒巻君の顔を見て、クスッと笑う。僕のこういうところが妹キャラなのかなと思いつつ、三人で図書館を出て行った。
校門を出るまでは、先に図書館を出た二人が前方を歩くのが見えていたが、そこから先は別々の方向へと進む。
確か酒巻君の帰り道は途中までは同じで、以前は遠回りをして寮の前まで送り届けてくれた。学校から寮へ帰るまでの間に事件に巻き込まれるとは思えないのだが、それが彼の優しさだと思うことにしよう。
「俺も『時空のアルテミス』を見ようと思って一巻から順番に借りてるんだけど、なかなか進まなくてね。師匠の魔道士も転生するんだよね」
「世界が崩壊したのは、魔道士の弟子達が未来を作り変えるために、師匠を裏切って転生したことが原因だからね。世界を修復するには、歴史から弟子達を排除しないといけないんだよ」
「ああ、アルテミスが時空を転移する時に歴史書を開くのって、そういうことなんだ。じゃあ、そもそも世界が崩壊したのは、アルテミスが神話の時代に歴史書を持ち込んだことが発端てこと?」
「まあ、そういうことだね」
「それじゃ、最終的には師匠と対決するのかな?」
「教えない。自分で見てみ」
「そこを何とか。時短になるから」
「時短するくらいなら、見なくていいよ。そんなに興味、ないんでしょ?」
「そんなことはないけど…」
共通の話題が欲しくて酒巻君が『時空のアルテミス』を見始めたのは、何となく察しがついていた。そんな理由で最後まで見るのは、退屈だろうと思って言ったことだ。
僕の態度が冷たく感じたのか、葛城さんはハラハラした様子だ。
「テストが終わったら時間あるから、ゆっくり見れるよね」
そんなことを言っている。ここは葛城さんのためにも、フォローしておいた方が良いかもしれない。
「僕だって、アニメなら何でも好きって訳じゃないからね。興味があるのだけ見ればいいと思うし」
「そうだよね。実はファンタジーは、あんまり得意じゃなくて」
そんな話しをしながら女子寮の前まで来ると、酒巻君はじゃあねと手を振って別の方向へと歩いて行く。僕と葛城さんは、木が植えられた寮の庭の中を歩いて行った。
「ありがとう、莉音」
ボソッと葛城さんが呟いた。その言葉を聞いて僕は内心、こんなことはいつまでも続かないだろうなと思っていた。
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