第8話 コスプレを見て喜ぶ人々

 コスプレのイベントは連休初日から三日間開催されるのだが、僕と森本さんは初日にやって来た。そして、藤堂さんも撮影担当として一緒に来ている。

 明治パークは歴史的な建物を移築した建築物の博物館とも言える場所で、コスプレイヤーにとっては、そんな趣きのある場所で写真撮影が出来る絶好の機会だ。

 イベントのために更衣室とロッカーが設置されているので、僕と森本さんは受け付けを済ませると、そこで着替えることになる。仮設のプレハブだが、細かく部屋が分かれていて、グループごとに使えるようになっている。コスプレのイベントでは大部屋で皆一緒というのが普通らしいので、個室を使えるのは有り難い。

 森本さんは僕の衣装チェンジとメイクを先にやってくれた。ただでさえ実年齢よりも幼く見られがちなのに、アルテミスは12歳ということで、更に童顔メイクをする。ピンクのアイシャドウにタレ目のアイラインといった感じだ。そして特徴的なツインテールに呪文の書かれたリボンを結んで、アニメっぽいボリューム感を出すために前髪には付け毛を足した。


「色白だからファンデーションはピンク系にしたけど、自分でも使ったことないのにホント羨ましいわね」


 森本さんのような美少女が他人を羨しいと思うなんて、何となく不思議だった。周りからは無い物ねだりだと言われそうだから、学校ではダサイ格好をしているのだろうか。


「あと、莉音ちゃんのコスネームを決めないとね」

「芸名みたいなこと?」

「イベントだから、カメコに撮影をお願いされるけど、本名を言ったら身バレしちゃうでしょう」

「じゃあ、ベテルギウスで」

「オリオン座の星ね。莉音でオリオンか。それじゃ私は、シリウスにするわ」


 僕は自分の名前に似ているから知っていただけなのだが、さすがに森本さんは優秀な遺伝子を持っているだけあって知識がある。因みにシリウスは、おおいぬ座の星だ。


「絶対に本名で呼んじゃ駄目よ。藤堂さんのこともね」

「うん、分かった」


 僕のコスプレが完成してから、森本さんは自分のコスプレに取り掛かった。

 森本さんがコスプレをしているヒイラギは金髪のエルフで、腰に剣を下げて丈の短いスカートにニーハイブーツを履いている。見栄えのするデザインで、青い瞳に金髪のウィッグを被っていると、本当に美少女だなと感心してしまう。

 アニメでは小柄な少女なのだが、森本さんは、そこそこ身長がある。でも、アルテミスはもっと小さいので、僕との身長差は丁度良いのかもしれない。


 藤堂さんは外で待っていたので、僕ら二人のコスプレを見た時は興奮気味だった。ミラーレスカメラを自前で持っていて、いきなりパシャパシャと写真を撮っている。


「今年は二人のコスプレが見られるなんて、最高だわ♡」


 藤堂さんがコスプレもしないのに、イベントへ来た理由が分かったような気がする。まるで、専属のカメラ小僧のようだ。

 コスプレの衣装にはスマホを入れておくようなポケットがないし、ポシェットやバッグも持っていない。だから、藤堂さんに預かってもらっていた。葛城さんと酒巻君に本名で呼ばないようにというメールを送るために一旦返してもらい、それが終わると再び預かってもらう。


「これから、どうするの?」


 森本さんは、このイベントが初めてではないのだろう。僕に聞かれて、特に迷う様子はない。


「大聖堂は人気があるから、早めに行って撮影しましょう。何ヶ所か撮影したら、その後は広場で交流会ね」

「分かった」


 コスプレイヤーの主な目的は、歴史的な建築物の中で撮影をすることなので、それだけで満足して帰る人も少なくない。カメラ小僧やコスプレを見に来た一般客も居るので、それらの人々が広場に立ち寄ってくれるように交流会が行われている。コスプレイヤー自身も他のコスプレイヤーを見たいので、双方にメリットがある仕組みだ。

 僕の場合は葛城さんと酒巻君が見に来るので、交流会で合流することになっている。そうでないと、広いパークの中では会えないまま終わってしまう可能性があるからだ。


 大聖堂の中で撮影ポイントが空くのを待っていると、スマホをジンバルに取り付けた若い男性が近寄って来て声を掛けられた。


「ユーチューバーのヒマジンと言います。インタビューさせてもらっていいですか?」

「はい、どうぞ」


 僕の同意を得ずに、森本さんが返事をした。子供のように森本さんの後ろに隠れようとすると、彼女が僕の背中を押して前に出される。


「美少女の二人組を発見しましたよ。お名前、聞かせてもらっていいですか?」

「シリウスです」

「あ、ベテルギウスです」

「この衣装は何のコスプレか、教えてもらっていいですか?」

「俺のカラダを返せ!のヒイラギ、エルフバージョン」

「と?」

「時空のアルテミス」

「この二人って親子の設定なんですよね。正確に言うと元の体に戻ったアリアなんですが、ラストで二人が抱き合ってるシーンは泣けますよね。良かったら再現してもらえませんか?」

「いいですよ」

「え?」


 有無を言わさず僕は森本さんに思い切り抱き締められて、女性特有の柔らかい感触が伝わって来る。体に触られるのは嫌だった筈なのに、何故か抱き締められるのは嫌な感じがしなかった。


「どこへ行ってたの?心配したじゃない」

「ママ…」

「最高だぁ!ありがとうございます」


 そんな感じでインタビューを終えると 、ユーチューバーにチャンネルのタイトルが書かれた名刺を渡された。そして丁寧にお礼を言われると、さっさとどこかへ行ってしまった。

 急に僕は恥ずかしくなって、顔が火照るのを両手で押さえていた。


「僕がコスプレしてユーチューバーにインタビューされるなんて、人生何が起きるか分かんないよね」

「他にもレイヤーは沢山居るのに、みんなスルーしちゃったでしょう。アルテミスが可愛いからよ」

「先輩が美少女だからでしょう」

「もっと自信を持って。可愛いことは自分で分かってるみたいだけど、そんなんじゃ宝の持ち腐れよ」

「そうかな」

「そうよ。だから次のコスプレは『魔法少女が惨殺する』にしよう」

「………」

「私がレニーをやるから、あなたはカノンをやって」

「………」


 僕が流されやすい性格だから、森本さんは上手く乗せようとする。頑なに拒否するほど嫌ではないが、進んでやりたいとも思わない。今ここで返事をする気にならなかっただけだ。

 撮影ポイントが空いたので、僕と森本さんを藤堂さんが撮影する。この場合は藤堂さんに主導権があるようで、指示が飛んで来た。


「ヒイラギがアルテミスの肩に手を乗せて」


 パシャ。


「二人、横に並んで目線はこっち」


 パシャ。


「お互いをチラ見する感じで」


 パシャ。


「ああっ、それいい。その表情、最高よ」


 パシャ。


「私を見て。もっと、こっち見て。もっと!」


 パシャ。


 藤堂さんは、何をそんなに興奮しているのだろうか。撮影している時はモデル気分で悪い気はしないのだが、終わった途端に恥ずかしくなる。

 撮影ポイントを次の人に譲ると、森本さんがカメラの液晶画面で撮った写真をチェックする。以前に藤堂さんが、森本さんと仲が悪い訳ではないと言っていたが、こういう関係性があるからなんだと思う。


「さあ、次行くよ」

「次、行くんだ」

「当然でしょう。レイヤーは見られてナンボよ」


 まだ興奮冷めやらぬ藤堂さんの口調が、ちょっとおかしくなっている。どこで撮影するかは森本さんが決めるので、僕と藤堂さんは付いて行くだけだった。



 何ヶ所かで撮影をした後に広場へ行くと、あちらこちらでカメラ小僧がコスプレイヤーの撮影をしていた。

 藤堂さんがスケッチブックに、作品名やコスネームなどをマジックで書いて地面に立てた状態で置く。これが撮影しても良いという、看板みたいな物らしい。掲載許可については『撮影者のアカウントのみ掲載可』と書いてあるのだが、実際には勝手に投稿したり転載したりということもあるそうだ。


「写真、撮らせてもらっていいですか?」

「どうぞ」


 最初の一人に写真を撮られると、他のカメラ小僧もぞろぞろと集まって来る。コスプレイヤーとは一定の距離を保つのがマナーのようで、僕と森本さんの前には扇形に人が集まっていた。

 藤堂さんも仲間だからと言って近くに居ると、マナー違反だと思われてしまう。だから他のカメラ小僧と同じように距離を取っていた。


「凄いね…」

「堂々としてないと、却って恥ずかしいわよ」


 逃げ出したい気持ちを抑えてポーズを決めると、カメラ小僧のリクエストが飛んで来る。


「アルテミスさん、目線ください」


 パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。


「ヒイラギさん、笑顔お願いします」


 パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。


 そんな感じだ。

 ふと気付くと、カメラ小僧に紛れて葛城さんと酒巻君の姿もあった。僕達よりも先に広場へ来ていたようだ。

 僕が小さく手を振ると、葛城さんも同じように手を振り返す。酒巻君はそのまま、スマホのカメラで写真を撮っている。


「お友達が来てるの?」


 森本さんと藤堂さんには、同室の友人とそのクラスメイトが来るという話しはしてあった。


「うん」

「それじゃ、早めに切り上げようか」


 まだシャッター音が鳴り響く中、僕と森本さんはスケッチブックを片付けて退場する。カメラ小僧はマナーがしっかりしていて、いつまでもシャッター音が鳴り響くことはなく、ゆっくりと別のコスプレイヤーへと移動して行った。


「4時までに更衣室へ来ればいいからね」

「あ、スマホ渡しとくわ」


 スマホを受け取ると、森本さんと藤堂さんの二人と別れて、葛城さんと酒巻君の二人に合流する。僕としてはみんな一緒でも構わないのだが、森本さんと藤堂さんは女の子が好きなので、あまり一緒には行動したくないらしい。


「り…アルテミス、超、可愛いんだけど!」


 葛城さんは僕が衣装を着ているところを一度見ているのだが、その時と違うのは髪形とメイクの有無だ。酒巻君からも感想と言うか誉め言葉を貰いたかったのに、いつぞやのように無言のまま、じっと僕のことを見ている。


「おーい」

「あ、ごめん。見とれてた」


 学校以外で会う時は毎回、このくだりは必要なんだろうか。


「時空のアルテミスって、どんな話しなの?」


 酒巻君は僕に聞いたのだが、その説明を葛城さんがする。


「崩壊した異世界を修復するために、アルテミスが時空を駆け巡る話しだよ。アルテミスは二つの世界の血を引いてるから、歴史の改変には影響を受けないの」

「へえ、タイムトラベル物か」


 酒巻君は葛城さんの説明を聞いて、改めて僕の衣装を眺める。時代錯誤なデザインに、納得が行った様子だ。


「甘味処があるから、抹茶ソフト食べようよ。カレーパンも買って帰りたいし。お財布ロッカーに入れてるから、コード決済使えるかな」


 衣装を汚さないように、明治パークへ来てからは何も食べていなかった。もう、一通りのことは済んだので、少しくらいは汚しても構わないだろう。


「なんで、それで太らないんだろ」

「胃袋が小さいからでしょ。すぐ一杯になる」

「そうだね。全体的に小さいから」


 はっきりとは言っていないが、葛城さんは身長にコンプレックスがあるらしい。要らないなら、その身長を分けて貰いたいくらいだ。女子は大きくても小さくてもコンプレックスになるのだから面倒臭い。



 明治パークの中で迷わないように、夕方4時前には葛城さんと酒巻君が僕を更衣室まで連れて来てくれた。そこで二人とは別れたのだが、どれだけ頼りないと思われているのだろうか。

 来た時と同じように、僕と森本さんが着替えている間は、藤堂さんが外で待っている。

 コスプレ用のメイクは一般的なメイクとは違うので、ここで全部落としてしまった。でも、カラーコンタクトは僕も森本さんも度が入っているから、わざわざ付け替える必要もなく、そのままにしていた。


「莉音ちゃん、今日はありがとう。凄く楽しかったわよ」

「僕も楽しかったよ。それ以上に恥ずかしかったけど」

「それじゃ私から、ご褒美をあげないとね」

「ご褒美?」


 大して広くもない更衣室で、森本さんが僕の両肩に手を置き壁に押し付けられた。そして彼女の顔が迫って来ると、首を少し傾けて僕と唇を重ねる。軽いキスという感じで、柔らかい唇の感触が伝わって来た。

 森本さんが女性を好きだということは分かっていたけど、僕は完全な女性ではないから、もう恋愛対象から外れているのかもしれない。そんな気がしていただけに、キスをされたこと自体が意外だった。


「これって、セクハラじゃないの?」

「本人が嫌がることをするのがセクハラでしょう?莉音ちゃんは、私にキスされて嫌だった?」

「別に嫌じゃないけど、森本さんの気持ちがよく分からなくて…」


 森本さんからすれば、歯痒いことを言っているのかもしれない。でも優しい彼女は、そんな僕の言葉にもニッコリと微笑んでくれる。


「莉音ちゃんには、まだちょっと早かったかしらね。これから、ゆっくり教えてあげるから」


 何が早いのかよく分からないまま、黙って僕は頷いていた。

 あまり藤堂さんを待たせると気の毒なので、僕と森本さんは衣装を片付けて、キャリーバッグを引きながら更衣室を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る