第4話 無意識に炸裂する妹キャラ

 日曜日に僕は、声優同好会の森本さんと一緒に出掛けた。コスプレ衣装の材料を買うためだ。

 椿が丘学園がある場所は長閑のどかな街なので、専門店へ行くためには結構な距離を電車で移動する。長時間、同じ学校の生徒と行動を共にするなんて、今迄の僕には有り得ないことだった。人見知りという訳ではない。単に友達が居なかっただけだ。

 面識が浅い森本さんと一緒に買い物をする気になったのは、やっぱり彼女の第一印象が良かったからだ。学校で見る森本さんとは打って変わって、眼鏡を掛けていないし、髪もお洒落にアレンジしている。私服を着てメイクもしていると、やっぱり人も羨むような美少女だ。


「莉音ちゃんのお父さんって、何やってる人なの?」


 移動中の電車の中で聞かれた。


「お父さんは建築設計士で、お母さんはインテリアデザイナー」

「マニアックなブランドの服着てるから、お嬢様だと思ったわ」

「へえ、そうなんだ。お母さんが選んだから、よく分かんないけど」

「そういう所が、お嬢様なのよね」


 どちらかと言えば僕は、ファッションには疎い方だ。初めて女の子の服を買ったのは中学生になってからだから、それは仕方がないだろう。

 だから服を買いに行く時は、いつもお母さんと一緒だった。娘が居たら可愛い洋服を着せてみたいというのが、母親としての心情なんだろう。僕が女の子の格好をするようになったことで、それが開花してしまった。ちょっと度が過ぎるような気がしないではないが。


 電車を降りてから更に地下鉄に乗って、繁華街へとやって来た。久し振りに地方都市を歩いて、人の多さに気後れする。

 僕はてっきり布地を買いに行くと思っていたのだが、森本さんに連れて来られたのは、マイナーなファッションブランドを扱うセレクトショップだった。


「アルテミスの衣装は中世ルネサンスのベーシックなデザインだから、現代ならロココスタイルよね。似たような物はここで扱ってるから」

「ロココスタイルって言うんだ。初めて聞いた」

「ゼロから作ってたらイベントに間に合わないから、有る物を使わないと」


 森本さんは初めて来たようで、ここでロココスタイルが買えることを予め調べておいてくれたようだ。彼女は藤堂さんが描いてくれたデザイン画と見比べながら、店の商品を見て行く。


「これ、かなり近いんじゃない」


 そう言って胸元が編み上げになった、ビクトリア朝がどうとかというデザインの、ジャンパースカートを手に取って僕の体に当ててみる。スカートの丈が長いことを除けば、アルテミスの衣装にかなり近い。


「あと、提灯袖ちょうちんそでのブラウスよね」


 もう、完全に森本さんのペースだった。

 選んだのはその二点だけで、安くはないことは見ただけで分かる。勿論、費用は自分持ちだから、僕のことをお嬢様だと言っていたのも、そのことを気にしていたからだろう。

 衣装としては上下が揃っているので、店員に勧められて試着してみることにする。フィッティングルームで着替えてカーテンを開けると、森本さんの目が輝いていた。


「可愛すぎて、卒倒しそうになったわ。その声で、お姉様って呼ばれたら昇天するかも」

「似合ってますか?お姉様」


 上目遣いで、じっと森本さんを見詰めながら言ってみる。どんな反応をするのか見ていたら、胸に手を当てて恍惚の表情を浮かべている。落ち着いた感じの人だが、やっぱり藤堂さんと同類だ。


「はぁ…気が遠くなりそうだった」

「お姉様は、買わなくていいの?」

「もう一軒行くから、私はそっちで買うわ」


 森本さんが昇天しないように、お姉様と呼ぶのは、これくらいでやめておこう。試着したロココスタイルの服から、もう一度私服に着替えて会計を済ませた。

 思ったよりは安く買えたので、値段については特に会話をすることもなく、セレクトショップを後にした。


 セレクトショップを出てから、また地下鉄に乗るために表通りを歩いていると、ピコっとメッセージの着信音が鳴った。僕は歩きながらスマホを手に取った。


「あ、お母さんからメッセージ来た」

「何て?」

「コスプレしたら、写真送りなさいよ」


 コスプレの衣装にお金を使うことは、前もって了承を得ている。カードで買い物をすると、お母さんの所へ通知が行くようになっているので、このタイミングでメッセージが来たのだ。


「何でも好きにやらせてくれるんだ。ほんと、お嬢様ね」

「なんか、ちょー恥ずかしいんだけど」

「私なんか親に、みっともないからやめろって言われてるから羨ましいわよ」


 ああ、そうか。コスプレは万人に理解されるようなことじゃないんだ。人によっては、変態的な趣味だと見下している人も居るだろう。声優同好会でも、コスプレをやっているのは森本さんだけだった。


 観音様がある商店街から、大通りを一本隔てた所に手芸専門店がある。森本さんは何度も来ているのか、今度は最短距離で布地を見に行った。

 前のお店で買った衣装の完成度が高かったので、作り直す部分は最小限で済みそうだ。買い物は全部、森本さんに任せているのだが一応、僕に確認を取っている。


「リボンは無地を買って、模様を書き込めばいいわね」


 アルテミスと言えばツインテールで、左右違う色のリボンを結んでいる。呪文のような文字が書かれているのが特徴で、その文字を藤堂さんが静止画で確認してデザイン画に描き起こしている。自分はコスプレをしないのに、どうしてそこまで出来るのかと思ってしまう。


「あとは靴とカラコンか。それは地元でも買えるから、また今度でいいわね」


 ここで買ったのも僕の物ばかりで、森本さんはついでにボタンを買っただけだ。わざわざ遠出をして材料を買いに来たのは、僕のためだけということになる。そうまでしてコスプレに誘う理由がよく分からない。

 手芸専門店の隣りにある喫茶店で、森本さんが甘い物を奢ってくれると言うので、そこで聞いてみた。


「それは、莉音ちゃんが可愛いからよ」

「見た目の話しなんだ」


 森本さんはショコラケーキを食べながら、僕の顔を見てニコッと微笑んでいる。僕は生クリームが乗ったプリンを食べながら、味覚は女の子だなと自分で思っていた。


「大抵の人は『似合ってるわね、私はやらないけど』みたいな感じよ。でも、莉音ちゃんは戸惑いながらも受け入れてくれたし、ちゃんと約束を守って材料の買い出しにも来てくれたでしょう。そういうところが、たまらなく可愛いって話しよ」


 普段から僕は女子高生のコスプレをしているようなものだから、アニメのコスプレに対しても悪い印象は持っていない。ただ、他人から見られることが前提なので、容姿にはそれなりに自信のある人がすることだろう。そういうところに妬みを感じる人は、必ず居るような気がする。


「逆に莉音ちゃんは、どうしてやる気になったの?」

「やる気になった訳じゃないよ。ただ、誘われたのが嬉しくて、時間を共有したかっただけ」

「押しに弱いってことね」


 ムフッと笑う森本さんを見て、余計なことを言ったと後悔していた。



 帰りは寮に近い駅で森本さんと別れて、僕は買い物の荷物を抱えて歩いて行く。暫く進んで行くと、前方を歩いている二人の姿が見えた。一人は後ろから見ても葛城さんだと分かる。もう一人は同じ学校の生徒だろうか。少数派の男子で、長身の葛城さんよりも更に背が高い。

 最近、葛城さんは気になる男子が居るようだが、彼がそうなのかもしれない。二人の邪魔をしたくないので、僕は一定の距離を保って歩いていた。

 このままの距離で寮まで辿り着こうとしていたのに、曲がり角に差し掛かった所で葛城さんが僕に気付いてしまった。軽く手を振るので、合流しない訳には行かない。

 近くで見ると、男子の方はやっぱり背が高い。自分が小さいせいか、こうなりたかったなと、ちょっと羨ましく思ってしまう。


「同室の一之瀬莉音ちゃんよ。こっちは、同じクラスの酒巻礼司さかまきれいじ君」

「へえ、君みたいな子がトランスジェンダーと同室なんだ」

「そういう言い方、幸ちゃんに失礼じゃない?」

「あ、ごめん。差別するつもりはないんだ。そういうこと何も知らなくて」


 即座に酒巻君は葛城さんに対して謝った。その点では、悪い人ではないようだ。


「全然、気にしてないから」


 それを聞いて酒巻君は、すぐに僕の方へ話しを切り替える。


「荷物、大変そうだね。ついでだから俺が持つよ」

「ありがとう」


 ここで断るのも失礼な気がして、素直に買い物の荷物を持ってもらった。葛城さんの邪魔をするつもりはなかったのに、いつの間にか三人の位置関係も僕が真ん中になっている。こういう時は、どうすれば良いのだろうか。正解が分からないので、そのまま歩いて行くしかなかった。


「うちの学校は女子の方が多いから、圧倒されちゃってね。こうやって話しが出来ると、なんだかホッとするよ」

「そうだね、みんな女子校のノリだし」

「女子校のノリって、具体的にはどんな感じなのかな?」

「高校生になったら、急にモテるようになったよ。女の子に」

「ははは、分かるような気がする」

「今、分かるって言った?分かるって言ったよね?」

「あ、声と見た目が妹キャラだなと思って」

「そうか。やっぱり、そうなのか」


 僕と酒巻君ばかりが喋って、女子寮の前へ到着した。門の前で荷物を返してもらうと彼は、じゃあねと手を振って来た道とは反対方向へと歩いて行った。僕達を送るために、ちょっと遠回りをしたという感じだろうか。


「幸ちゃん、ごめんね。邪魔するつもりじゃなかったんだけど」

「全然、そんな関係じゃないから大丈夫。本当は、さっきの曲がり角で別れる筈だったんだけど、莉音のお陰でここまで送ってもらったから」


 送ってもらって、嬉しいと言っているようなものだ。

 僕と葛城さんは門を通って庭を歩いて行き、寮の中へ入る。出入口の近くに事務所があるので、休日は戻ったことを寮長へ知らせるために、挨拶をしてから自分達の部屋へと向かう。

 葛城さんが部屋の鍵を開けて二人で中へ入ると、僕はすぐに荷物を置いた。女子なら買った物をすぐに開けて中を見るんだろうけど、明日、声優同好会の部室へ持って行かなければならないので、そのままにしていた。


「それ、コスプレの衣装?」

「そう、既製品で近いのがあったから買って来た」

「莉音が『時空のアルテミス』のコスプレやるって言うから、アニメを見とこうと思って、全巻レンタルで借りて来たよ」


 そう言って葛城さんは担いでいたリュックを降ろすと、ファスナーを開けて僕に中を見せてくれる。そこにはトールケースに入ったDVDが何枚も入っていた。しかし、部屋にはDVDプレイヤーはおろか、テレビすらない。


「借りて来たはいいけど、どうやって見るの?」

「酒巻君が携帯プレイヤー持ってるって言うから、貸してもらったの」


 葛城さんはリュックの中からトールケースをゴソッと取り出して、中に入っているプレイヤーも見せてくれた。液晶画面が一体になっているタイプで画面は小さいが、これ一台でDVDが見られるようだ。

 これで葛城さんと酒巻君が一緒に歩いていた理由が分かった。葛城さんがどう思っているかは別として、色恋沙汰ではなさそうだ。申し訳ないが先程の酒巻君の話しで、葛城さんのことを女子としては認識していないのは分かる。


「へえ、見返りを求められてる訳じゃないんだ」

「莉音は中学の時、共学でしょう?可愛いから、優しくしてくれた男子とか居なかったの?」

「学校じゃ男子として扱われてたからね。半陰陽もあんまり理解されてなくて、変態だってイジメられてたよ。そんな僕のことを庇ってくれる男子も居たけど、初めてその人の家へ遊びに行った時に、言われたことが印象的でね」

「何て言われたの?」

「お○○こ付いてるんだろう。一発やらせろよって」


 一瞬で葛城さんの表情が凍りついた。こんな話しをするつもりはなかったのに、聞いてくれる人が欲しかったのかもしれない。


「ひどい…」

「友達になってもらう代償なのかなって思ったけど、やっぱり怖くなって逃げたよ。それは今でもトラウマかな」

「それで、私が男子と一緒に居たから、近付いて来なかったんだ」

「それは別の理由もあるけどね。二人きりにされなきゃ大丈夫だよ」

「そうやって明るく話せる莉音が、健気で可愛いよ。頭を撫でてあげたい」


 せっかくだから撫でてもらおうと思い、僕は頭を葛城さんの方へ向ける。彼女はクスッと笑いながら、


「私は莉音が、友達だと思ってくれるだけで嬉しいから」


 そう言って、僕の頭を撫でていた。

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