80:飛行登山

 飛行登山準備を終えた冴内は早速アリオンに乗ろうとしたが、さすがに装備重量があるのでいつものように飛び乗ることはせず、農作業シーカー達がつけてくれた簡易馬具についてる綱を使って危なげなく乗ることにした。


 そうして力堂達が見守るなかアリオンは少しづつ加速して空を舞い上がっていった。見る見るうちに飛行高度をあげていき、人間なら数日かけても到達できるかどうかの高さをわずか数十秒で飛び超え、人間を拒絶するかのような険しい山をいとも簡単にすいすいと昇って行った。


 その光景についついずっと見とれてしまいそうになるがそれでもしっかりとサポートメンバー達は飛行高度、移動距離、風速、バイタルチェックなどしっかり計測しており、また、冴内のヘルメットに装着したアクションカメラからの映像も逐一チェックし続けた。


 やがて肉眼では捉えるのが難しい程に冴内を乗せたアリオンは上昇移動していった。高度はなんと3千メートルを超えた。登山の素人で、しかもありえない程の急な上昇スピードなので、確実に高山病になるとサポートメンバーは悲鳴を上げたが、絶えずインカムで話しかけている冴内のしっかりした受け答えの様子とバイタルチェックの数値は信じられない程平常だった。冴内の身体能力が異常なのか、ゲート世界が異常なのか、それともそれこそ神がかった外部要因のせいなのか、現時点では全く分からなかった。


 一方の冴内の方はというと、目の前に映る周りの風景が与える印象は確かにあらゆる生物を死に至らしめる程の殺人的寒さを感じさせるヴィジュアルなのだが思ったほど寒くなく、むしろ防寒具を着込んでいるせいで暑いくらいだった。そして酸素マスクをしているがまるで息苦しくなくてマスクは口元から外していた。また、山特有の強い風や乱気流に煽られることもなかった。力堂と絶えず状況を説明しながら飛んでいたので孤独や恐怖も和らぎ、適度に緊張感を保ったまま移動することが出来た。


 時折太陽の光が差してクリスタルガラスのような氷の山の岩肌が照らされると得も言われぬ幻想的な美しさで息をのむ程だった。液晶モニタ越しに同じ光景を見つめる力堂達もこれまで見たことがない映像に心奪われる程だった。


 飛行開始から10分もたたずにいよいよ山頂付近が見えてきた。山頂といってもいくつかギザギザな三角形があり、富士山のようにただ一つの大きな三角形があるのではない。それら山頂の周りをゆっくり旋回し始めた。するといくつかある三角形の中でも一際大きい三角形が三つあり、その三つの大きな山で囲まれた中央部分の窪みに広場のような平面地帯があるのが確認された。そしてその平面地帯には小さな影があった。目を凝らしてみるとまさしくそれはドラゴンだった。


 アリオンはゆっくり下降していきドラゴンに少しづつ近づいていった。

「アリオン、怖いと思うけど、出来るだけでいいからあれに近づいてくれるかい?」冴内がアリオンの首筋をさすりながらそう尋ねると、アリオンはヒヒィーンと了解の合図をする。


 アリオンは高度を下げながら少しづつドラゴンに接近していく。するとみるみるうちにドラゴンのシルエットが大きくなっていく。ドラゴンはのんびり漂っている感じで、警戒心や殺意などは今の所感じない。そうはいってもさすがに近づくにつれてやはり恐ろしさを感じてきた。とにかく見た目のインパクトと大きさが凄まじく、以前冴内もハマった携帯型ゲーム機の大ヒット作「モンスター・ハンティング」に出てくるドラゴンそっくりの凶悪なヴィジュアルで、それが今現実に目の前に、その息吹を感じる生きている生命体として存在しているのだ。


 ドラゴンは頭の先から尻尾の先まで30メートルくらいはありそうな大きさだった。その巨体の割に翼はそれほど大きくなく、アリオンもそうなのだが翼をバサバサ振って推進力や揚力を得ているようには全く見えず、重力や物理法則を完全に無視しているかのようにゆっくりとほとんど音も出さずに浮遊していた。それはまるで飛行船か気球のようだった。


 アリオンは特に恐怖に震えることもなく徐々にドラゴンに近づいていった。ドラゴンの大きさで距離感がいまいち狂ってしまうがとりあえず冴内はドラゴンに大声で呼びかけ始めた。


「おぉーい!おぉーい!」

「そこのドラゴーン!」

「そこの君ー!」

「そこのりゅうくーん!」

「おぉーい!おぉーい!」




「えっ?うわあ誰ぇ?ボクを呼んだの誰ぇ?」


 驚くべきことにドラゴンは普通に日本語をしゃべってきた。しかもかなり天然系のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る