76:世代交代

 力堂が考案したバケツリレー式の簡易通信回線は中継役隊員の驚異的な走破能力により、出発から4日後にはゲート村との双方向通信が確立された。力堂から要求された内容のうち中継アンテナ設置については真っ先に承認され、追加増援要請についても即座にゲート機関本部内で検討会議が開かれた。


「さぁーサチ!今回は気合入れて行くよ!」

「はい!師匠!」


 早乙女の師匠である吉田 香(よしだ かおり)は精密機器を運ぶためにサスペンションが付いているリヤカーに中継アンテナ機材を搭載し、早乙女は10人分の座席付きリヤカーに技術者を6人乗せて北北西に向けて爆走した。さらに地形マッピングを専門とするシーカーが電動オフロードバイクで先導した。


 富士山麓ゲート研修センター内は職員総出で大わらわだった。大規模システムチェックが実施されているため職員達はメインのシステムを利用出来ず、全てスタンドアロン端末で作業したり、部署によっては紙と鉛筆を使っての作業や壁一面にコピー用紙を貼り付けての手書き、さらには付箋シールがビッシリ貼られたホワイトボードなどなど、まさにアナログによる手作業が実施されていたのであった。


 かつてこれほど騒然と賑やかだったことがあるだろうか。日本で初めて富士山麓ゲートが発見された当初もひょっとしたらこれくらい活気があったのかもしれない。


 次から次へと歴史的大事件の連続で、普通の処理能力の持ち主ならば神経が擦り切れてしまいそうな状況でも神代は楽しくて仕方がなかった。


 神に竜に世界が繋がってるときた、この必然ともいえる状況ときたらどうだ?冴内君がシーカーとして誕生してからまだひと月程度だぞ?80年感これまで歴史は一体何をやってきたんだっていうくらいのこの大き過ぎて急すぎる展開を一体どう受け止めればいいんだ?これは世界が大きく変わる。一体この先世界はどうなってしまうんだ?冴内君、君は一体この先何を見せてくれるんだい?


 そんな時だった。現、富士山麓ゲート局長が神代の元にやってきた。


「局長?」

「うん、もはや頃合いだろう。神代君、君こそこれからの富士山麓ゲート局長になるべきだ」

「・・・!」

「とはいえ、今すぐ局長になったのでは、今君が処理している作業が滞ってしまうし、君自身自由に身動きが取れなくなってしまう。まずは目下喫緊の課題に全力で集中し、ひと段落した際に改めて正式に君を富士山麓ゲート局長として推薦する」


「以後、君からの承認依頼については余程のことがない限り全て無条件で承認する。神代君、思う存分君の好きにやりたまえ。これまで君がしてきたことは全て見てきた。今やこのスピードの状況変化についていけるのは君ぐらいだ。君の名前に神がついていることもひょっとしたら神のお導きだったのかもしれんな」


「局長!」


「神代さん!局長になって下さい!」

「そうです局長になって下さい!神代さん!」

「「「「神代さん!」」」」


 その場にいる職員達は全員一斉に賛成した。


 現、富士山麓ゲート局長は今から20年程前に当時としては異例の40代前半という若さで抜擢された。元々は力堂のような根っからの冒険家で、富士山麓ゲートに留まらず世界各国のゲートを渡り歩き、世界各国に幅広い人脈を築き上げてきた。また面倒見も良く下の者からの信頼も絶大で、目立つようなカリスマ性はないが、実直素朴な人柄が故に多くの人物から信頼を得た。


 彼自身は冒険家として生涯現役を志していたが、局長になる2年前の長距離遠征探索時の事故により脊髄を損傷し、さらに左足と左腕を失うという大怪我を負った。高級ポーションによる応急処置と驚異的な肉体回復力で、日常生活に困らない程度までにはなったが、過酷な状況下での探索活動は不可能になってしまった。


 その後彼は第一線を退き、後に続くシーカー達の育成に尽力を尽くそうとしたが、多くの上司とさらに先代の局長から、次の局長になることを強く推薦され、友人知人後輩など、彼を取り巻く多くの人間達からも強く熱望されたため、これを受諾した。


 そうした彼だからこそ、ギフトを授からなかった神代の気持ちが良く分かるのだった。神代は自分と違って元からギフトを授けられなかった人間だ。本来ならば自分自身が魅力あふれるゲート世界を探索したかったことだろう。それにも関わらず彼は並みのシーカー以上にゲート内世界と冒険心溢れる気骨あるシーカー達を心から愛しているのが彼の口からではなく、彼の仕事ぶりとその成果から十分分かった。野心や昇進意識など微塵も感じず、ただただ多くのシーカー達から寄せられた情報をひたすら客観的に柔軟に粘り強く解析し分析し思考し検討し続けた結果、数多くの真実に辿り着いてきた。さらに彼には持って生まれた社交性があり、人をひきつけ、人をまとめる能力にも長けていた。


 シーカーにはなれなかったが、人一倍ゲート世界を愛し、純粋な探求心、好奇心、冒険心を持ち合わせながらも一癖も二癖もある世界各国の局長や上位シーカー達とも十分渡り合える社交性と協調性を持つ神代の傑出した能力は、今まさに日本を代表する局長として存在することが必要不可欠だと強く判断したのだ。


 神代も、現局長のことは良く知っている、元が世界をまたにかける大冒険シーカーということで、ドキュメント番組も書籍も数多く見聞して、一番あこがれていたシーカーだといってもよい存在だった。そして神代が情報部員として配属されたときからこれまでずっと目にかけてくれた。ギフトを授けられなかった人間と、ギフトを奪われたといっても良い人間、声や態度には絶対に出さなかった二人だが、心の奥底では深い共感があった。それだけに今回の局長交代の発言には万感の思いが脳裏を駆け巡るのであった。


 そして神代の周りにはそれを快く、力強く後押してくれる仲間達がいる、神代は入社以来初めて人前で誰はばかることなく号泣しそれを受け入れた。


 後に神代は30代後半という若さで局長に就任し、歴代の最年少記録を更新した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る