70:プロポーズ失敗
英国では新鮮な魚介類をたらふく堪能したので久しぶりに肉料理を食べることにした。今日の日替わりランチはシシ肉と熊肉のミックスハンバーグだったのでそれを食べたのだが、互いの肉の長所が活かされていて大変美味だった。ここの食堂のコックさんは実は、かなりすごい人なんじゃないだろうか。
そうして十分満足した冴内は相変わらずその一方で自身の身に関わる重要なことが起きていることなど微塵も感じず中会議室に向かっていった。英国内で起きた様々なイベントについて一通りのヒアリングを終える頃には辺りはすっかり日も落ちていた。
自分では大したことはしてないつもりだったのだが第三者の視点で撮影された動画を見ると、何か壮大なスペクタクル映画のようなシーンに見えて、これCGですか?ここまでじゃなかったような気がするなぁと、実にいけしゃあしゃあとほざく冴内であった。GOD!GOD!とか騒ぎ立てる英国人を見てはいやいやオーバーですよこんなの、とか言うのだがまるで説得力がないことに冴内ただ一人だけが気付いていないのだった。
今晩はこのまま研修センターで一泊するように勧められたので昼食に続き夜食も研修センター内食堂でとることにした。券売機を見るとツノウサギのシチューセットというのがあった。以前草原エリアCでツノウサギの肉を確保したときに良野さんに頼むから全部ゆずってくれと強く懇願されたことを思い出したので余程美味しいのだろうと思って注文したのだがこれがもうすこぶる美味だった。素材自体もかなり美味しい肉なのだろうけど、やっぱりここのコックさんの腕前は一級品なんじゃないだろうか。野外食堂もいいけど、これからは定期的に研修センター食堂も利用しようと思った。
その後は研修センター大浴場で広い湯舟に足を延ばして浸かり、ジェット水流を首の付け根に当ててほぐし、ゆっくりと久しぶりの入浴を楽しんだ。
入浴後の冷たいアイスも食べて、研修センターの宿泊もいいもんだなぁと、つくづくゲートシーカーの福利厚生の充実さに感謝しつつ、しっかり歯を磨いた後で寝ることにした。まだ寝るには早い時間だが、もうこの時間になると自然に眠くなってしまう体質になってしまった。
そうして冴内は深い深い眠りについていった。
寝始めてからどれくらいたっただろうか。
『ダーリン起きて起きて』という声と共に身体が揺さぶられる。続いて『うむ、いきなりダーリンはアレじゃったか』という声で覚醒し「うーん・・・」と起きた冴内であったがどうにも周りの様子がおかしいことに気が付いた。
「あれ?ここはどこだ?」
『おっ、起きられたかムコ殿』
「・・・ムコ殿?って、えっ?何?誰?自分?」
『お初にお目にかかる、それがし・・・いや、これじゃいかん』
『えーと・・・えーと・・・ヤバイ!練習したのにすっかり忘れてしもうた!最高にろまんちっくなセリフを考えたのに・・・』
『昔からこういう本番に弱いのが我ながらほんとに情けないのう・・・』
「あぁ分かる、分かりますその気持。ホント自分もそうなんですよ。つくづく嫌になるときあります」
『おお!ムコ殿もそうなのか!?』
「ムコ殿かどうかは分かりませんが、本番に弱いというのは自分もです」
「ところであなたはどちら様ですか?まぶしくて全く姿が見えないのですが」
『おおすまんかった、少しぱうわぁーを弱に設定するので待たれよ』
なるほど明るさ設定できるんだ、明るさ調整機能付きLEDライトみたいだなと冴内は感心。すると驚きの光景が映し出されてきた。
『今のわしの姿はこうなっておる』
目の前には氷かクリスタルのようなすごく綺麗に透き通った何かの大きな塊のなかでとても美しい銀髪の少女が静かに目を閉じて眠っているかのような姿が映し出されていた。
『かれこれもう800年以上程この状態なのじゃ』
「800年!?」
『うむ、昔ちょっとしたその・・・なんだ・・・いたずらをしてしまってのう』
『それでこっぴどく叱られてこの中でしばらく反省しろと言われて以来ずっとこうしておったのじゃ』
『いつかすっかり反省して心を入れ替えたときに、わしを解放してくれるすてきなおムコさんが現われるだろうと言われて以来、ずーーっと待ち続けていてようやくムコ殿、いや、お前様が現われてくれたのじゃ』
一体どんないたずらをすれば800年もこんな状況になるのだろうか、と、ついそっちの方に考えがいってしまう冴内だった。
冴内、違う、そこじゃない。
お前が考えるべきはそこじゃない。
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