69:神は電車とバスで戻ってきた
翌朝5時前に国際空港に到着した冴内は始発電車に乗ってそのまま富士山麓ゲートへと直行した。
まだ正式ゲートシーカーになってひと月も経っていないので実家への郷愁を感じることもなく、今回の英国行きは急に決まった弾丸視察ツアーだったのでゆっくり土産を買ってるようなヒマなど1ミリもなかったからである。そんな時間が1ミリでもあるんだったら全てシーラ嬢と親睦を深める時間に使っていたことだろう。また、例の海割りチョップで神になってしまったもんだからストーンヘンジ・ゲートを出た瞬間に富士山麓ゲート研修センターから一刻も早く報告に来てくれという要請メールがじゃんじゃん届いていたのだ。
ちなみに土産と言えば、以前キングスタリオンに服をムシャムシャされた時に着替えた「I LOVE LONDON (ハート) !」Tシャツは渡英時最初に宿泊したホテルの売店でなんとなく買ったものである。少しでもシーラ嬢との会話を作ろうとして買ったという今となってはなかなかにしょっぱい思い出のアイテムとなった。
さておきこれが英国だったら超VIP待遇で高級車が迎えに来ていたであろうが、なんと日本では神であっても迎えはなく一般人が利用する電車とバスで本人自身が移動するという有様だった。
しかしかえってこれは冴内的には好都合で、ついこないだまでそれこそ普通の冴えない一般人だったので、急に重要人物扱いされるよりもずっと気楽なのである。久しぶりに食べた駅のホームにある立ち食いソバは美味しかったし自販機で買った甘い缶コーヒーも美味しかった。後は足を延ばして入れるちょっと熱めの風呂に入れば完璧だ。やっぱり自分は日本人なんだなぁとしみじみ実感したのであった。
そうして昼前にはホームの富士山麓ゲートに戻ってきたのであった。
すぐにでもゲート入場してアリオンと再会したかったが、研修センター職員に渡英期間中での出来事を報告するよう強く懇願されていたので、研修センターの中会議室に向かう。これまで富士山麓ゲート内でヒアリングを受けた時と違って、中会議室には神代含め多くの職員がいた。冴内自身は特に大きなトピックスはないと思うが、どうしてこんなに人が集まってるんだろうと不思議に思った。(ハッ!もしかしてやっぱり最終日の大祝賀会の場で酔った勢いで何かシーラ嬢にとんでもないことをして機関からクレームが入ったのだろうか)と、豊かな想像力を全く見当違いな方向に働かせて一気に不安な気持ちになった。
冴内の「大きなトピックスはない」という認識とそれ以外のほぼ全員の事実認識には大きなズレがあることを冴内は全く自覚することが出来なかった。冴内にとっては前に河が割れたんだから海も割れんだろぐらいの極めて軽い見解であり、神のチョップという称号についても、漠然と強さを表すだけのものでそこに大した意味はないという認識だった。
冴内君、それ、正解です。ただ、今現在その正解を知っているのは君と自称「神の中の神」だけです。
お昼時間に近かったので、職員からは今日のヒアリングの進行スケジュールやレジュメを聞いたところでいったん終了し、午後から本格的にヒアリングを開始することになった。
冴内が研修センター内食堂にて、今日は何を食べようかと思案している一方、神代達は頭を悩ませていた。例の自称「神の中の神」が冴内との結婚を望んでいる件について冴内に話すかどうかである。
英国からの報告資料は既に日本のシーカー公式サイトでも公開されており正式シーカーならば誰でも閲覧できる。しかし冴内の様子からはどうもまだそのことについて知らないように見える。或いは知ってはいるが敢えて口にしない理由があるのか。自称「神の中の神」が冴内個人に接触している可能性だって十分あり得る。何せ冴内の1億万倍以上という良く分からない単位の強さを誇る存在なのだ。下手をすると地球が崩壊しかねない。
職員一同一体どうすればいいのか考えあぐねていたのだが、英国機関が既に発表していることでもあるし、冴内の周辺人物が既に報告結果を閲覧し知っている可能性もある。だから我々が話しても問題ないのではないかという意見でまとまりつつあった。
確かにそうだ、もしも自称「神の中の神」の怒りに触れるならば、英国機関が発表した段階で何かしらのリアクションがあったはずだ。今の所それには静観しているようだし大丈夫かもしれない。
「よし、そうだな、では今日のヒアリングの最後にその件を冴内君には話すとし・・・」
『すまんが、だまっててくれるかのう』
神代が言い終える前に自称「神の中の神」が「VOICE ONLY」として登場した。
英国でだいぶ無理をして力を使ったので、今回は冴内のアレの危機もないので「VOICE ONLY」で失礼すると、すぐには理解不能の前口上で自称「神の中の神」はその場にいる全員に語り始めた。
『せっかくの ぷろぽーず じゃから、あやつにはわしの口から言いたいんじゃよ』
『すてきに、げきてきに、ろまんちっくに、めらんこりっくに、ぐらんでぃおーそに、かっこよくキメたいんじゃ』
『なにせ800年以上もまちのぞんでいたおムコさんじゃからのう』
『今日の夜に、あやつにぷろぽーずするから、今日のところはだまっててくれ、たのむ』
英国の時と違い今回は金縛りにあうこともなく、神代達は自由に動けたので、この様子は当然映像として記録している。
とはいえ、空間に「VOICE ONLY」と表示されたフキダシのようなものがしゃべる度に動くだけのまるでアニメのような映像だったが・・・
「分かりました、私達の口からはその件に触れることは致しません」
『すまんのう、それではこれで失礼する、なにせ今晩はわしのすべてをかけた大事な日じゃからの。今から力をたくわえて、あっぷしておかないといかんのじゃ』
といって、「VOICE ONLY」と書かれた、見ようによっては可愛らしいフキダシのようなものは消失した。
後に残された神代達は昼食をとるどころじゃなかった・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます