59:地球上の名馬との別れ

 冴内の脅威というよりもむしろ馬鹿げた乗馬能力を嫌という程ナマでライブで見せつけられたので、正直彼には馬具など必要ないだろうという意見も出たが、彼はゲート内では空を駆けるペガサスに乗るので命綱的なものも含めて一応馬具を作ることになった。


 あのサーフィンのように乗馬することも考慮して動きやすくシンプルに、それでいてこれまでの歴史の中でも英国史上最高のものを作るのだと馬具職人達は大いに奮い立った。なにせ乗り手は「英雄」だ(英雄じゃないんだけど)そして乗るのはペガサスときた。まるで神にも等しい存在に使用された馬具を作ったとなるとそれはもうこの上ない名誉でもありその栄光は未来永劫語り継がれることだろう。


 そんな未来を想像するとそれはもう生半可な気持ちで挑むわけにはいかない。それこそ我が国の至宝「英雄剣」を作った5人の伝説のように例え何年かかろうとも全身全霊を込めて作り上げるぞと馬具職人達は決意をあらわにした。


 それを聞いた情報部員達は「全身全霊を打ち込むのは大いに結構なんですが出来ればその・・・なるはやで・・・」と言って少しだけ場の温度が下がったのであった。


 その日は馬術練習場で一泊し、次はいよいよストーンヘンジ・ゲートに向かうことになった。


 明けて翌日、日の出前の早朝に冴内はキングスタリオンに乗り、馬に関連するありとあらゆる施設がもうけられたこの広大な草原を駆け巡った。はだかの状態のキングスタリオンに乗り、時には立ち乗りで楽しそうに乗馬する冴内は行く先々で驚愕の眼差しで目撃された。当然大勢の人達にスマホで録画され、冴内の知らないところでウィーチューブに配信され、大多数の視聴者からは良く出来たCGだというコメントと共に「イイネ!」がついた。


「楽しかったよ、だけどもう行かなくちゃいけないんだ」と冴内が言うとキングスタリオンは誰はばかることなくボロ泣きして、行かないで!置いてかないで!独りにしないで!と、そのうち服をムシャムシャかじって引き留めたが、冴内がキングの大きな頭を抱きしめて「ごめんよ、だけどもう行かなきゃならないんだ」と言いながら何度も鼻筋を優しくさすり続けるとキングはなんとか心を静めてくれた。


 その後キングスタリオンは考えを改め、これまでずっと拒み続けてきた人間に歩み寄ることになる。キングスタリオンの方から譲歩した形で人間を受け入れることにした。しかし一流騎手と呼ばれる人間を乗せても冴内程ではなく寂しさを感じた。彼等も確かに一流なだけあって腕前は見事なのだが恐らく全力を出すと彼らは壊れてしまうことが本能的に分かったのだ。そのような寂しさを感じ過ごしたが数年後冴内と同じくらいの乗馬能力を持つ乗馬の天才が現われ、キングスタリオンは彼とともに幸せな生涯を送り、彼の血を受け継ぐたくさんの名馬を世に送り、その生涯を幸福なまま終えるのだが、それはこの物語とは全く別のオハナシ。


 ともあれ冴内はキングスタリオンに別れを告げて一路ストーンヘンジ・ゲートに向かうのであったがキングスタリオンに服をムシャムシャされてよだれでベトベトであちこち破れてしまったので「I LOVE LONDON (ハートマーク)! 」と書かれたお土産用に冴内が買ったTシャツを着るハメになった。地元で着るとなかなかにツライものがあった。


 ちなみにムシャムシャされてボロボロになった服はかなり話しに尾ひれがついたかたちで説明文書がかかれ、馬具工房のエントランスに一際目立つかたちで展示されることになるのだが、それは冴内の全く預かり知らないところの話しである。

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