58:サーフィン乗馬

 小高い丘から爆走してくる暴走族じゃなくて暴走馬を見て「いかん!キングが暴走している!英雄が危ない!」と幾人かの馬具職人が気の早いことに冴内を英雄扱いして騒いでいたが、情報部員達もここで冴内の御身になにかあったら切腹打ち首ものだと思いつつも、いやいやお前らサムライじゃねぇだろと書いてる作者は思いつつも、そんな危機的状況に恐怖する心とは裏腹に、もしも彼が本当に英雄だとしたらこの状況を一体どう乗り越えるのだろうかという好奇心が勝ってしまいつい傍観してしまった。


 そうでなくても爆走してくるキングスタリオンの巨躯を見て、あれを止めようとするものなら間違いなく死ぬなと思ったので身動きできなかったわけではあるが・・・


 誰もが驚愕することに、キングスタリオンは勢いそのままに腑抜けた馬達、いや、馬達の名誉のために釈明するがその馬達だってそれはそれは優秀な名馬なのだが、そんな馬達を飛び越えたのだ。


 そして冴内のすぐ目の前でひときわ大きくヒヒィーーン!と嘶き高らかに前脚を大きくかちあげた。


 そしてギョロリと大きく見開いた目で冴内にガンを飛ばしてメンチくれてやった。さすがにガンを飛ばすとかメンチ切るとか、表現としていかがなものかと思わないでもないが、ともあれキングは冴内に「どうだ、このオレの姿にビビったか?」と誰がどうみても威嚇挑発しているかのように見えた。


 さァ~ここで我らが英雄、英雄じゃないけど、ってあっバラしちゃった、冴内君。果たして彼は一体どんなリアクションを見せてくれるのか。


「わぁ!君大きいね!アリオンと違って黒くてカッコイイ!」と言ったと思ったらキングの真正面からジャンプしてキングに飛び乗った。


「えっ?ちょッおまッ?」といった顔でキングは頭ごと目線を下から上にあげたが、その身体的構造上見上げる角度は小さく限界がありキングは正面の冴内を見失った。


 そして自分の背中にほとんど重さを感じない一人の小さな人間が、不思議なことに不快さをまったく感じない一人の人間が乗っていることを認識するのに数秒かかってしまった。


 腑抜けた連中にプーックスクス!見ろよアレ、と笑われた気がしてカァーーーッとキングの顔は赤く高揚し、カウボーイのロデオも真っ青な激しい動きで冴内を振り落としにかかった。しかしアリオンでさんざん鍛えられた冴内にとってはキングがただ嬉しくてはしゃいでるだけにしか思えなかった。


 丸太や壁などの障害物などなんのその、そのうち柵を飛び越え、駐車中の自動車を飛び越え、トラックを飛び越え、建物を飛び越え・・・ることはなかったが、いつしか冴内が「すごいね君!ペガサスになる前のアリオン並みだよ!」と言う頃には既に冴内はキングの背中に立ち乗りを決めていた。


 いつしかキングもようやく自分と一体になって駆け巡ることが出来る相棒に巡り合えた嬉しさに気付き始めた。これまでたった独りで見続けてきた風景、風を切り空気を切り裂く疾走感、躍動感、この素晴らしさを誰かと共有したい思いがあったがこれまで巡り合った人間達は自分を見るやすぐにどこか委縮してしまい、とてもじゃないが自分と価値観を共有するには役不足だった。それが今、この見るからに若い小さき人間は自分のありったけの力で自由自在縦横無尽に駆け巡っても一切怖がることもなく一緒になって喜んでくれる。


 自然界にて生まれ育ったワイルドホースではなくスタリオンとして人の手により生まれ落ちたので、やはり誰かを乗せて一緒に駆け回る喜びを分かち合いたかったのである。


 キングスタリオンはこれまで誰も目にしたことがない程楽しそうに嬉しそうにはしゃいでいる姿を今となっては完全放置で置いてけぼりをくらっているその場にいる関係者達に見せつけた。


 いよいよ乗馬というよりもサーフィンのようにまるで波乗りでもしているかのような様相を呈してきて、殺人的な加速とジャンプを繰り返すキングの背中の上で立ち乗りを決めまくる冴内であった。


 そんな姿を見せつけられた完全放置で完全周回遅れで置いてけぼりをくらっている関係者達。彼等は皆一様に心の中でこうつぶやいた。


「これ・・・馬具とか要らなくね?」

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