57:キングスタリオン

 冴内のアレ危機一髪の夜から一夜明けて、英国式モーニングに舌鼓を打った冴内とその一行は本来の目的通り馬具職人の元へと移動した。


 スケジュールの関係でロンドン市内や有名観光地はサラリとほんの触りだけ車内でチラ見して馬具職人のいる馬術練習場へ向かう。


 都市部を離れて郊外を抜けて田舎の草原地帯へと景色は移ろい、生まれて初めての異国の地、日本の草原やゲートの草原とはまた違った大草原を目にして冴内は感慨深い思いであった。


 途中早めの昼食をはさみ、昼過ぎに目的の馬術練習場に到着した。広大な敷地には馬術競技だけでなく競走馬専用レーンや馬のリハビリ場などもあり、さまざまな種類の馬を沢山目にすることが出来た。


 昔ながらの厩舎と現代的な建物をいくつか素通りし、ほんのり革の匂いが漂う建物に近づいていく。見た目にもいかにも工房といった雰囲気漂う建物内に入っていた。


 エントランスでは様々なトロフィーや記念の盾がズラリと並んでおり、歴史と伝統そして栄誉を誇っていた。恐らく名のある貴重な鞍の数々も展示されており、製作者と思われる写真と説明書きが美しい筆記体で書かれていたが、残念ながら冴内にはところどころの単語は分かるが文章として何が書かれているのか良く分からなかった。


 エントランスを抜けて応接室に入ると、その姿恰好から馬具職人と思われる人達が既に数名待機していた。ゲート外の一般社会なのでやはり何を言っているのか分からないが、さすがにナイストゥミーチューくらいの挨拶は分かるし言える。カタコトの挨拶を交わした後はシーラ嬢が同時通訳してくれた。


 馬具職人達には既に英国情報部からかなり入念な根回しが既に行き届いており、さらに例の冴内動画を何度も見ていたため冴内の驚異的な乗馬能力も熟知している。あんな野生の、それも馬具を一切付けていないはだかの状態のアリオンに乗って縦横無尽に駆け巡り、たまに即死級の落馬もあったが・・・最後には空を駆け巡るという有様なので、馬具職人達は実のところこの日本からやってきた細身のあどけなさが残る少年のような見た目の冴内に対して委縮していたのであった。


 さらに付け加えるとサーの称号を誇る英国ストーンヘンジ・ゲート局長サー・アーサー・ウィリアム3世が直々にやってきて、彼は我々が長年待ち望んでいた【英雄】かもしれないなどと言うもんだから、余計彼等も委縮するというものだ。これについては情報部トップのブレーン達も「おっさん余計なことすんなや」とは思わず「良いこと言った!」と内心ほくそ笑んでいた。


 色々と冴内を囲んであれこれとシーラ嬢を仲介して話していたが、実際に乗馬して冴内の身体の使い方や癖を確認したいということになり、試乗することになった。


 既に厩舎から何頭か引き連れられており、馬術競技で見られる障害物が置かれた練習場前で馬達は冴内を待っていた。


 それらの馬はいずれも由緒ある血統をもつ名馬揃いで、大切に大事に育てられ、当然乗るのも一流の騎手であった。そのため気位が高いという点があったが、それすらもロイヤルの気品ということで美点としてとらえられていた。要するにプライドが高いのである。


 さすがの英国情報部も馬に対しては根回しが通用しないので、そんな気位の高い馬達が遠く東の島国からやってきた小さで華奢な小僧のような冴内を、果たして大人しく自分の背に乗せるだろうかという恐れがあった。


 しかしながらその危惧は全く別の形で現れることになった。


 馬達は冴内を見るや委縮し始めたのである。正確には萎縮というよりも遠慮していた。シーラを含む情報局員は冴内のスペシャル英雄パゥワァーに恐れをなしたのだろうと思ったが、一流の目利きでもある調教師が馬達の目をみて、冴内に恐れているのではなく、遠慮しているのだと説明した。


 そう言われてみればなんとなく馬達はお互いを小突きあい首を振っているように見えた。


「お前行けよ」「あなた行きなさいよ」「いや、オレはいいっすよ」みたいな雰囲気だった。


 そんな腑抜けた様子を高みから見下ろす一頭の大きな馬がいた。


 彼の名はキングスタリオン。スタリオン(stallion)とは競走馬として優秀な成績を残し繁殖価値が認められた馬にのみ与えられる雄の馬の名称だ。


 その中でも彼は競走馬にしてはあまりにも巨躯であった。そして気位が高いというよりも気性が荒く激しく、一流の調教師、一流の騎手がどんなに根気よく彼に接しても決して一度も誰もその背に乗せることはなかった。


 しかしその筋骨隆々な巨体にも関わらず、ダービーで何度も勝利に輝いた競走馬を軽々と抜き去る程の走力があり、あらゆる馬術競技を総なめにした名馬でも成功率が低い障害物をいともたやすくフワリと優雅に飛び越してみせた。


 馬としての驚異的なスペックを持つだけに、これで人が乗れさえすれば英国乗馬史上最高の存在になるであろうことは間違いなく、英国だけでなく全世界に英国最高の乗馬の歴史を刻み込み、永遠に語り継がれるであろうに・・・と、関係者達は一様に残念な思いを抱き続けてきた。


 そんな彼、キングスタリオンは腑抜けた馬どもの目線の先にある冴内を見てとるや一目散に丘を駆け下りた。

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