【全28話】嘘と誘惑のエクスカベーター

UD

第1話 終わりからの始まり

「もう、終わりなんですね」


「ええ。そうなりますね」


「本当にこれで良かったんでしょうか?」


「それは僕にはわかりません」


 二人の男が夕日を浴びて薄暗くなっている事務所の中で話をしている。

 事務所は閑散としており、いくつかのデスクが並んでいるだけだ。


 男は古ぼけた茶色いスーツを着込み窓から夕日を眺めている。

 若い男の方は濃い紺色のジャケット、黒いパンツ姿で両手に白いシーツを抱えている。


「あの、アダンさん」


「なんですか、コウタロウさん。って名前で呼び合う二人ですけれど、できれば早くここを片付けたいんですが」


「ああ、えーっと、もう少し、もう少しだけ、ここに居るわけにはいかないですかね?」


「え? だってもう誰もいないですし、机にこのシーツ被せたらもう引き払いの準備完了ですよ?」


「ええ、わかってるんです。わかってはいるんですけど。なんかね、こう、思い出してしまって」


「ええ、そうですねえ。って、なに見てるんです?」


「ああ、ここからの夕日をね、眺めているんです。こうしていると、懐かしく思えてくるんですよ、あの時のこと。あそこにギンゾウさんがいて、あっちにはクルミさん。そして地下の部屋にはツワブキさん、ここにはアダンさんがいて」


「あの、長くなります? その話」


「ああ、申し訳ありません。つい話し込んでしまいました。ダメなんですよね、私。こうなんて言うんですか、捨てられない、と言いますか。何でも取っておきたくなるんですよ、思い出とかも大切じゃないですか」


「世に言う思い出オヤジですね。あの、申し訳ないんですけど、ここ、もう片付けちゃいたいんですよ」


「最近はそのように言うんですか、申し訳ありません、時世に疎いものですから」


「言いませんよ、今作ったんです」


「あのお、アダンさん。片付け、私がやりますので、もう少しここに居させてもらっても?」


「ああ、まあいいんじゃないですか? 大事なことですよね、思い出とか伝説とかって」


「ええ、そうですねえ。特に、あんな事があって、ここを引き払う事になるなんて思いもしなかったですしね」


「って、やっぱり長くなるんですか? コウタロウさんの話、長いか泣くかですもんね。もうみんな下で待ってるんですよ、急がないとギンゾウさんがやってきて収拾つかなくなりますよ」


「ああ、それは困りますね。ただ、ただね。しっかりと記憶しておきたいんですよ、ここで起こったことを」


「えーっと、本当に長いですよ、コウタロウさん」


「もう少し。もう少しだけ、思い出しておきたいんです。ここ、モルぺス販売発掘事務所、最後の日のことを」


※始まりました、賢いヒロイン。

ほぼ毎日更新していきます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る