11、パテのサンドイッチ
夜になり、激しい風ががたがたとシトリン亭のドアをふるわせる。
窓ガラスにも、水の塊をぶつけたように雨があたっているし。二階の屋根を叩きつける雨の音も、海岸通りの並木がざわめく音も気になってしかたがない。
扉がバンッ、と開いたとおもうと勢いよく雨が吹きこんできた。
びしょぬれの黒い塊が飛びこんでくる。
「きゃあっ。ブルーノなの?」
店内でぶるぶると体をふるわせるものだから、ミリアムにも水が飛んでくる。
「こら、ブルーノ。よさないか。ストランド男爵令嬢まで濡れてしまうだろ」
続いて入ってきたのはレオン。雨用の外套をきて、フードを頭にかぶっている。
ぽたぽたと床に落ちるしずく。
「たいへん。はやく着替えを」
ミリアムはタオルを手にレオンの元へと向かう。もう一枚はブルーノにかける。
レオンのそばによると、ひんやりとした冷たさを感じた。
「すごい嵐ですね」
「ああ、海も荒れている。誰も外を歩いていないな。まだ落ち葉の季節ではないから、溝もつまっていない。水があふれて店が浸水することはないだろう」
外套を脱ぐと、水が落ちるというよりも床にながれた。
ミリアムは濡れたレオンの顔をふくために、背伸びをした。
「無理をしなくとも」
「いいえ。お兄さまはお外の確認をなさっていたんですもの。すこしくらいお役に立たせてください」
「ありがとう」
レオンは基本的には前髪をあげているが、今日は濡れてしまったせいで茶色い髪がひたいをかくしている。
ふだんよりも大人っぽさのないレオンは、ミリアムには新鮮だった。
「晩ごはんを作ったんです。といってもサンドイッチですけど」
「それは助かるな」
お昼に食べたひき肉のパテがまだ残っていたので、それを切って、かたく茶色いパンにはさんでいる。やわらかくしたバターをたっぷりとパンに塗って、それからひき肉のパテ。ちいさなきゅうりのピクルスもいれて。
ほんとうはスライスした玉ねぎをいれてもいいのだけれど。
シトリン亭にはその日に使わない食材は置いてない。
玉ねぎが入っていないぶん、サンドイッチは、ぴりりと刺すような刺激はすくない。
ブルーノは自分の分が運ばれてくるのを、お座りをして待っている。
エシャロットを刻んでいれてあるし、スパイスもはいっているから犬にはパテはあげられない。
ミリアムは濃い黄色のチーズをナイフでぶあつく削り、それにパンを添えてブルーノ専用のお皿に入れる。
「わふっ」と喜んだ声をあげて、ブルーノは食べはじめた。
「サンドイッチのお味見をしていないから、不安なんですけど」
「ストランド男爵令嬢は味覚音痴ではないだろう? ただナイフの扱いが苦手なだけで」
タオルを頭にのせたままのレオンが、テーブルにつく。
ちらちらと揺れる蝋燭の灯り。
レオンがひとくち、サンドイッチをかじる。咀嚼する。もぐもぐ、ごっくん。という音は聞こえないけれど。
ミリアムは、その様子をじいーっと見つめていた。
「そんなに凝視されると、食べにくいな」
「お気になさらず」
「大丈夫だ。ちゃんとおいしいから」
そういわれても、お世辞じゃないかとか気になってしまう。
ミリアムもサンドイッチを口にはこぶ。
「あ、おいしい」
「だろう?」
パテはお酒にもあうように、ナツメグにシナモン、クローブ、コショウといった四種類のスパイスが使われている。しかもレバーも刻んではいっているので、パテ自体の味も濃い。
「そのままでパテを食べると、なんというか、こう難しい味なんですけど」
「まぁ、子どもには難しいな」
(まぁ、失礼ね)
ミリアムはくちびるを尖らせる。
そんな彼女を、向かいの席にすわったレオンはおもしろそうに眺めている。
「ストランド男爵令嬢が一緒だと、店に泊まりになっても退屈しないな」
「あんまり褒めてもらっているようには聞こえません」
「まぁまぁ」
不思議なもので、さっきまで気になっていた外の音が静かになったように思えた。
雨はかわらず降っているし、風だって強い。蝋燭の炎はちらちらと心もとないのに。
(レオンお兄さまとご一緒なら、不安だって飛んでいってしまうんだわ)
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