水鏡に真実を映して 後編

 二月二十五日、早朝六時三十分、黄金町一番の豪邸・清水邸のインターホンを鳴らす者がいた。

 ピンポーン……ピンポーン……ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポ「うるさいっ!!! 誰だ朝っぱらから!!!」あまりにもしつこいピンポンに、清水邸の主人・みずあきひろが顔を真っ赤にして飛び出してきた。

 「あ、清水さんおはーっす」インターホンを鳴らしていたのはジャージ姿の守銭奴探偵・あずまとしゆきだった。

 「東君……こんな朝早くから何の用かね!?」とストレスに顔をゆがませる清水に対し、「え~? 昨日言ったじゃないですか、この時間に来るって」とのほほんと笑っている東がコントラストを生み、朝霧が覆う黄金町の空気を切り裂いていく。

 「あ、ああ……そうだったな。今日ですべて解決するんだってね?」

 「ええ勿論! 娘さんも戻ってくるし、犯人も捕まえちゃいますから!!それじゃ、早速出発しますよ?」

 「何? もう行くのか?」

 「早く早く! もたもたしてると!! それと小包の中身全部持ってきてください!!」東にどやされながら、清水は不機嫌な顔で身支度を始めた。



 東と清水、それから清水邸で使用人として働くよしもとは、黄金市のランドマーク「ゴールドタワー123」の屋上に来ていた。

 季節の変わり目なのか、強い風が吹き荒れ、三人とも吹き飛ばされそうになる。

 「さて、届いた暗号の内容を覚えていますか!!?」風が強いので東は大声をあげて清水に問いかける。

 「ふむ、確か……『竜が二匹現れるとき、六つの角にそびえ立つ塔あり。水鏡を置いて真実を映せ』……だったな!! そうだろう!!? 吉本!!」「え……? あっはいそうでしたね!!」急に主人から話を振られたので、吉本は少し動揺した。

 「そうっすね! では暗号を解説していきまーす!!」ここから東の解説が始まる。


 「まず、『竜が二匹現れるとき』っていうのはですねー!! これは簡単っすー! 『辰二つ』っていう意味なんすよー!!」

 「た、辰二つ!!? 知らんぞなんだそれは!!?」

 「昔の時間の読み方っすよー! 二十四時間を十二等分して、そのうち午前七時から九時までが辰の刻ー! 辰の刻を四つに分けた二つ目、つまり七時半から八時までが辰二つなんすよー!! ちょうど今がそのときっすー!!」

 「な、なるほどー!! そういうことだったのかー!!」なぜ二人の語尾にハイフンがついているのかというと、風でよく声が聞こえないからである。

 「それから『六つの角にそびえたつ塔』っていうのはですねー!! これも簡単っすー!! ちょうどが六つの角にそびえたつ塔ですよー!!」

 「何!!? そうだったのか!!」

 「この『ゴールドタワー123』は、上から見ると六角形の形をしてるんすー! 黄金町に長く住んでるなら簡単にわかると思いますよー!!」

 「知らなかった……この街に五年住んでいたが……」←このセリフは東にも吉本にも聞こえていない。

 「そして最後の『水鏡を置いて真実を映せ』っていうのは、もうねー!! 犯人馬鹿っすよー!! わざわざ大ヒントを送っちゃうなんてー!!」

 「大ヒント!!? それはいったいなんだ……!!?」

 「小包で送られてきたペットボトルを渡してくださーい!!」と東に言われ、清水は犯人から送られてきた水500ml入りペットボトルを東に渡した。

 「これが『水鏡』っすー!! ちょっと見ててくださーい!!」そう言うと東は、なんと風の吹き荒れる中避雷針にかかる梯子を上り始めた。

 「おい待てー!! 危ないぞー!!」清水は恐怖を覚えて必死に東を止めようとするが、東は気にせず昇っていく。

 10mほど登って頂点に到達すると、清水はペットボトルを避雷針の先におき、縄で結び付けて固定した。

 するとどうだろうか、太陽光線がペットボトルを貫き、水入りペットボトルがレンズとなって光を放射状に広げ、タワーから西に数百メートル離れている工場のような建物を映し出したではないか。

 「あれっす!! あそこに小百合さゆりさんが監禁されてるはずっす!!!」梯子を下りながら東は言った。

 「あっ、あの赤い屋根は!! 私の会社の子会社じゃないか!! おい吉本!! 今すぐ行くぞ!!!」清水は目標を確認すると、わき目も降らず走り出した。

 「は、はい!!」吉本も遅れて走り出した。

 「あ、ちょっとー!! 走ったら危ないですよー!!」東も急いで二人の後を追った。



 清水が社長を務める「清水化成工業」は、日本の科学研究の先陣を切る大企業である。

 水鏡に映った赤い屋根の工場は、清水化成工業の子会社「清水薬品」の工場である。

 三人は工場の事務室の玄関まで来ていた。

 この扉の向こうに、清水の娘・小百合がいる。東と清水は、そう確信していた。

 吉本は、なぜか顔色が少し悪かった。

 「良し……今行くぞ小百合!!」清水が冷たいドアノブに手をかけたとき、「待って!」それを制する者がいた。

 「ダメっすよ清水さん。焦ってるでしょ」東ははっちゃけてるように見えて、実は思ったより達観していた。「相手は殺す気っすから、気を抜かずに行きましょう」

 「そ……そうだな」清水は息を整え、再びドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開けた。

 鍵はかかっておらず、キィ……と小さく音を立てて扉は開いた。


 事務所を三手に分けて探索していると、一分程度で「見つけました!! 小百合さんいましたよ!!」と吉本が叫んだ。

 あとの二人が駆け付けると、ガラス戸の向こうに、椅子に縛り付けられている女性がいた。

 しかし、ガラス戸は押しても引いても開く気配がなく、ガラスをたたいても割れない。

 三人が困り果てていると、「そうだ」東が走ってどこかに行ってしまった。

 「おい待てどこへ行く!!?」清水が止めるのも聞かずにどこかに行ったかと思うと、数分後向こうでお湯が沸騰する音が聞こえ、東は右手にやかん、左手にマグカップを持って戻ってきた。

 「ほらほらどいてどいて!! 火傷しますよ!!」そう言いながら二人を扉から引き離すと、東はいきなりやかんの中の熱湯をガラス戸にぶっかけた。

 二人はポカンとして見ていた。

 続いて東は、マグカップの中の氷水をガラス戸に打ち付けた。

 するとどうだろう、さっきまでうんともすんとも言わなかったガラス戸に、ひびが走った。

 物は熱すれば膨張し、冷やせば凝縮する。

 急激な温度の変化に耐えきれなかったガラスは、あっけなく壊れた。

 こうして、三人は無事小百合を救出することができた。



 あれから数日後、主犯格である清水薬品の社長が逮捕された。

 清水薬品は元々清水化成の子会社ではなく、五年前に買収されてブランドを奪われたことを逆恨みして犯行に及んだそうだ。

 そして今日もまた、黄金町の守銭奴探偵・東敏行は、人々の悩みを聞く。

 「え? 不倫現場の調査っすか? 嫌っすよそんな簡単な仕事……200万出すならやってもいいっすけど」


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水鏡に真実を映して(第3回空色杯応募作品) 江葉内斗 @sirimanite

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